名言一覧
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和をもって貴しと為し、忤ふること無きを宗とせよ
聖徳太子/話し合いを、国のきまりに書いた人 十七条憲法の第一条として『日本書紀』に収められた言葉です。仲良くせよという意味ではなく、対立を持ち込まずに話し合いで決めよ、という役人への指示でした。会議の心得として読むと、いまも実務的です。
出典:『日本書紀』所収「十七条憲法」第一条
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります和学利他われ必ずしも聖にあらず、彼必ずしも愚にあらず、共にこれ凡夫のみ
聖徳太子/話し合いを、国のきまりに書いた人 十七条憲法の第十条にある一節です。意見が食い違ったとき、自分の側を正解と決めてかかるなと戒めています。相手を言い負かす前に、自分も間違えうると認める。議論の入口に置かれた条件です。
出典:『日本書紀』所収「十七条憲法」第十条
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります和学利他世間虚仮、唯仏是真
聖徳太子/話し合いを、国のきまりに書いた人 太子の言葉として、妃が作らせた天寿国繡帳の銘文に伝えられています。現世を軽んじる響きもありますが、目の前の権力争いを絶対視しない視点でもあります。何を仮のものと見るかを問う言葉です。
出典:天寿国繡帳銘(太子の言葉として伝わる)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません和学利他法華経を わが得しことは 薪こり 菜つみ水くみ 仕へてぞ得し
行基/橋と池をつくった、歩く僧 行基の作として勅撰和歌集に伝わる歌です。経典は机の上だけで身につくのではなく、日々の労働のなかで理解されると詠んでいます。学びと手仕事を分けなかったこの人の生き方が、そのまま出ています。
出典:『拾遺和歌集』(行基作として伝わる歌)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません利他粘匠山鳥の ほろほろと鳴く 声聞けば 父かとぞ思ふ 母かとぞ思ふ
行基/橋と池をつくった、歩く僧 こちらも行基の作として伝えられる歌です。生きものの声に亡くなった親を重ねています。すべての命はどこかでつながっているという仏教の見方を、説明ではなく情景で示した一首として読まれてきました。
出典:『玉葉和歌集』(行基作として伝わる歌)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません利他粘匠新しき年の始めの初春の今日降る雪のいや重け吉事
大伴家持/万葉集をまとめたとされる歌人 『万葉集』全二十巻の最後に置かれた歌です。降り積もる雪に、良いことが重なるようにと願いを重ねました。四千五百首を締めくくる位置に、静かな祝いの一首を置いた選び方に、編む人の考えが見えます。
出典:『万葉集』巻二十(集の最後の歌)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美利他粘うらうらに照れる春日に雲雀上がり心悲しも独りし思へば
大伴家持/万葉集をまとめたとされる歌人 良い天気であることと、心が晴れないことを並べただけの歌です。理由は書かれていません。景色と気持ちが一致しない状態を、そのまま置いた歌として、千二百年後にも通じる形になっています。
出典:『万葉集』巻十九
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美利他粘物の興廃は必ず人に由る、人の昇沈は定めて道に在り
空海/学びを、誰にでも開こうとした人 庶民にも開いた学校、綜芸種智院の設立趣意書に記した言葉です。制度や建物ではなく人が決め、その人を決めるのは教育だと言い切っています。学校をつくる理由を、これ以上短く言うのは難しい一文です。
出典:空海「綜芸種智院式并序」(『性霊集』所収)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学利他匠医王の目には途に触れて皆薬なり、解宝の人は鉱石を宝と見る
空海/学びを、誰にでも開こうとした人 『般若心経秘鍵』の一節です。同じ景色でも、見る力のある人にはそこに使えるものが見えると説いています。役に立つものを外から探す前に、自分の見る目を鍛えよ、という順番の話として読めます。
出典:空海『般若心経秘鍵』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学利他匠虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きなん
空海/学びを、誰にでも開こうとした人 空海の願文として伝わる一節です。裏を返せば、世界がある限り願いは終わらないという宣言になります。目標に期限を切らず、続く限り続けると決めた人の言い方として、いまも引用されます。
出典:空海の願文(『性霊集』などに伝わる)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学利他匠東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな
菅原道真/学問で昇り、政争で流された人 大宰府へ流される直前、屋敷の梅に向けて詠んだ歌と伝えられます。恨みごとではなく、残していくものへの呼びかけになっているのが特徴です。去る側が最後に何を言うかで、その人が見えてきます。
出典:『拾遺和歌集』ほか(結句を「春な忘れそ」とする本もあります)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学誠美和魂漢才
菅原道真/学問で昇り、政争で流された人 道真の言葉として広まった四字ですが、本人の著作にあるとは確認されていません。外から学んだ知識を、自分の土台の上に置く姿勢を指します。後の時代の「士魂商才」など、同じ形の言い方を生みました。
出典:後世に道真の語として伝えられたもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません学誠美やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける
紀貫之/和歌は心から生まれると書いた人 『古今和歌集』仮名序の冒頭です。歌を、決まりごとの集まりではなく心から育つものと定義しました。作品を評価する基準を、技術の外側に置いた宣言でもあります。日本語で書かれた最初期の文学論です。
出典:紀貫之『古今和歌集』仮名序
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美学進取男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり
紀貫之/和歌は心から生まれると書いた人 『土佐日記』の書き出しです。男性である貫之が、女性のふりをして書き始めました。当時、仮名で書くには必要な設定でしたが、そのおかげで日々の心の動きを書く形が生まれています。
出典:紀貫之『土佐日記』冒頭
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美学進取ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず
鴨長明/災害の記録を、書き残した人 『方丈記』の書き出しです。同じに見えるものの中身が入れ替わり続けている、という観察を、川の一行で示しました。この後に、都の家と人も同じだと続きます。理屈の前に、まず見た事実を置く書き方です。
出典:鴨長明『方丈記』冒頭
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美誠粘その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず
鴨長明/災害の記録を、書き残した人 家と住人のどちらが先になくなるか分からない、という観察です。災害を続けて見てきた人の実感でした。持ち家を前提にしない生き方へ進む理由が、ここで先に示されています。
出典:鴨長明『方丈記』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美誠粘その恩既に山岳よりも高く、溟渤よりも深し
北条政子/御家人の前で、演説をした人 承久の乱の直前、動揺する御家人を集めて語った演説の一節です。理屈でも命令でもなく、受けた恩の大きさを思い出させました。何のために戦うのかを、その場で作り直した言葉として知られます。
出典:『吾妻鏡』承久三年(1221年)の記事
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です和粘誠名を惜しむ族は、早く秀康・胤義らを討ち取り、三代将軍の遺跡を全うすべし
北条政子/御家人の前で、演説をした人 同じ演説の結びです。逃げてもよいと選択肢を示したうえで、残る者に何をすべきかを具体的に指示しました。感情に訴えたあと、行動を一つに絞る。演説の組み立てとして完成されています。
出典:『吾妻鏡』承久三年(1221年)の記事
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です和粘誠善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや
親鸞/自分を善人の側に置かなかった僧 弟子が記録した『歎異抄』の一節です。普通の順序を逆にしています。自分は善い人間だと思える人より、そう思えない人のほうが、はじめから救いを必要としている。人の格付けをひっくり返した言葉です。
出典:『歎異抄』第三条
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠利他弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり
親鸞/自分を善人の側に置かなかった僧 同じ『歎異抄』にある述懐です。すべての人を救う願いを、自分ひとりのためと受け取りました。全体に向けられた言葉を自分事として引き受ける。信じるとはどういうことかを、一人称で言い切っています。
出典:『歎異抄』後序
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠利他仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするるなり
道元/ただ坐ることに、答えを置いた人 『正法眼蔵』現成公案の一節です。自分を深く見ていくと、最後には自分へのこだわりが薄れる、という順序を示しています。自分探しの答えが自分の外にある、という逆向きの見方を教えてくれます。
出典:道元『正法眼蔵』現成公案
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です粘誠匠後日を待って行道せんと思ふことなかれ。ただ今日今時を過ごさずして、日々時々を勤むべし
道元/ただ坐ることに、答えを置いた人 弟子が道元の言葉を書きとめた『正法眼蔵随聞記』にある教えです。準備が整ってから始めるのではなく、今日の分をやることが修行だと説いています。先延ばしを戒める言葉として、いまも引かれます。
出典:『正法眼蔵随聞記』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です粘誠匠一切衆生の異の苦を受くるは、悉く是れ日蓮一人の苦なり
日蓮/国に向かって諫言した僧 他人の苦しみを、自分の苦しみとして引き受けると宣言した言葉です。同情ではなく、自分の問題として抱え込みました。流罪や襲撃を受けても主張を変えなかった理由が、この引き受け方に表れています。
出典:日蓮『諫暁八幡抄』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠粘汝、早く信仰の寸心を改めよ
日蓮/国に向かって諫言した僧 『立正安国論』で、時の権力に向けて書いた言葉です。相手は自分を罰することのできる立場でした。それでも要求を下げていません。言う相手を選ばないという姿勢が、その後の生涯をそのまま決めました。
出典:日蓮『立正安国論』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠粘秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず
世阿弥/芸の秘密を、文章で残した人 『風姿花伝』の一節です。手の内をすべて見せると、観客の驚きは消えてしまうという演出論でした。もったいぶれという意味ではなく、効果は情報の出し方で決まるという指摘です。見せ方を考える場面で効きます。
出典:世阿弥『風姿花伝』別紙口伝
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠美学初心忘るべからず
世阿弥/芸の秘密を、文章で残した人 『花鏡』にある言葉です。よく「最初のやる気を保て」と読まれますが、世阿弥の意味は違います。下手だったころの自分を覚えておけば、いまの位置がわかる。上達したあとにこそ効く戒めです。
出典:世阿弥『花鏡』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠美学離見の見
世阿弥/芸の秘密を、文章で残した人 『花鏡』で説いた考え方です。役者は自分の見たい姿ではなく、客席から見えている姿を知らなければならない、という要求でした。発表や仕事の見直しにそのまま使える、視点の切り替え方です。
出典:世阿弥『花鏡』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠美学門松は 冥途の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし
一休宗純/建前を、笑いで崩した僧 正月に詠んだ狂歌として伝えられています。新年を祝う場で、それは死に一年近づいた印でもあると言ってのけました。水を差す言葉ですが、めでたさを否定はしていません。両方あると認める言い方です。
出典:一休の作として伝わる狂歌
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません誠進取有漏路より 無漏路へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け
一休宗純/建前を、笑いで崩した僧 一休という名の由来として伝わる歌です。人生を、目的地の間の短い休憩と見ています。だから途中の天気に腹を立てても仕方がない。うまくいかない時期の受け止め方として読める一首です。
出典:一休の作として伝わる歌(名の由来として語られます)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません誠進取人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり
武田信玄/国を、人と堤でつくった人 信玄の歌として伝えられてきた言葉です。石を積むより人を育てるほうが守りになる、という組織の見方を示しています。実際、信玄は堤や法度など、人が働きやすい条件を整えることに時間をかけました。
出典:信玄の作として伝わる歌(『甲陽軍鑑』などに関連する記述)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません利他粘疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し
武田信玄/国を、人と堤でつくった人 旗印に掲げた「風林火山」のもとになった句で、もともとは中国の兵法書『孫子』の一節です。速さと静けさを同じ組織に持たせる考え方が、そのまま部隊の運用に使われました。借りた言葉を看板にした例です。
出典:『孫子』軍争篇(信玄が旗印に用いたとされます)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります利他粘茶の湯とは ただ湯をわかし茶をたてて 飲むばかりなる事と知るべし
千利休/引くことで、豊かさを見せた人 利休の教えを弟子がまとめたとされる歌の一つです。作法や道具の格を競うより、目の前の一杯を丁寧にすることが本体だと説いています。手順が増えて目的を見失いかけたとき、戻る場所を示してくれます。
出典:利休道歌(『南方録』などに収録。成立には諸説あります)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります美匠和一期に一度の会
千利休/引くことで、豊かさを見せた人 弟子の山上宗二が、師の心得として書き残した言葉です。同じ顔ぶれ、同じ季節の茶会は二度と来ないと考え、その一回に手を尽くす。のちに「一期一会」として広まりました。相手と過ごす時間の数え方を変える言葉です。
出典:山上宗二『山上宗二記』
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります美匠和茶は服のよきように点て、炭は湯の沸くように置き
千利休/引くことで、豊かさを見せた人 「利休七則」として伝わる心得の書き出しです。答えは相手と目的の側にあり、決まった正解を覚えることではないと示しています。当たり前すぎて拍子抜けしますが、そこを外さないことが難しいという教えです。
出典:利休七則(後世に伝えられた教え)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません美匠和四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒
上杉謙信/領土より、筋を選んだ武将 謙信の辞世として伝わる漢詩です。戦い続けた生涯を、夢と酒にたとえて締めくくっています。手にしたものを誇らずに終える言い方は、土地を取ることに執着しなかったと語られる人物像と重なります。
出典:謙信の辞世として伝わる漢詩
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません誠粘運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり
上杉謙信/領土より、筋を選んだ武将 謙信の言葉として伝えられてきたものです。運と、備えと、自分で動く部分を分けて考えています。どうにもならないことに悩む時間を減らし、動かせるところに力を使う。整理のしかたとして役に立ちます。
出典:謙信の語として伝わるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません誠粘是非に及ばず
織田信長/古い仕組みを、壊してつくり直した人 本能寺で襲撃を受け、相手が明智光秀だと知った場面の言葉として『信長公記』に記されています。理由を問うより、いまやることを決める、という意味に読めます。判断の時間が尽きたときの、最後の一言です。
出典:太田牛一『信長公記』
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取粘人間五十年、下天のうちを較ぶれば、夢幻の如くなり
織田信長/古い仕組みを、壊してつくり直した人 信長が好んで舞ったと伝わる幸若舞『敦盛』の一節で、信長自身が作った言葉ではありません。短いと知ったうえで何をするかを問う調子があります。持ち時間を数える視点は、いまも変わらず効きます。
出典:幸若舞『敦盛』(信長が好んだと『信長公記』に記される)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取粘露と落ち 露と消えにし わが身かな 浪速のことも 夢のまた夢
豊臣秀吉/身分の壁を、自分でこえた人 秀吉の辞世として伝わる歌です。天下を取った人が、最後に自分の一生を露にたとえました。手に入れたものの大きさと、それを持っていられる時間の短さが、同じ一首に並んでいます。
出典:秀吉の辞世として伝わる歌
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取粘鳴かぬなら 鳴かせてみせよう 時鳥
豊臣秀吉/身分の壁を、自分でこえた人 江戸時代の随筆『甲子夜話』が、信長・秀吉・家康の性格を句で言い分けたものです。本人の言葉ではありません。それでも、人を動かして事を進める型として、秀吉の仕事のしかたをよく言い当てています。
出典:松浦静山『甲子夜話』(後世に作られた句)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取粘人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず
徳川家康/待つことで、二百六十年を用意した人 東照宮御遺訓として伝わる言葉の書き出しですが、後世にまとめられたものとされます。長い道のりを前提にすれば、急がないことが合理的になる。待つ時間の長かったこの人の像とよく重なります。
出典:「東照宮御遺訓」(後世の編とされます)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません粘和勝つことばかりを知りて負くることを知らざれば、害その身に至る
徳川家康/待つことで、二百六十年を用意した人 同じ御遺訓のなかの一節です。負け方を知らない人は、一度の失敗で崩れるという指摘になっています。若いころに何度も退いた経験のある人物に、後の世が重ねて語り継いだ言葉と読めます。
出典:「東照宮御遺訓」(後世の編とされます)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません粘和馬上少年過ぐ 世は平かにして白髪多し 残軀は天の赦す所 楽しまずして是を如何せん
伊達政宗/生まれるのが遅かった、と言われた大名 晩年に自ら詠んだ漢詩です。戦う場が終わったことを認めたうえで、残りの時間の使い道を自分で決めています。過去を惜しむのではなく、次の楽しみ方に切り替えた宣言として読めます。
出典:伊達政宗の漢詩「酔余口号」
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取粘仁に過ぐれば弱くなる、義に過ぐれば固くなる
伊達政宗/生まれるのが遅かった、と言われた大名 政宗の教えとして伝わる「五常訓」の一節です。徳とされるものにも、行き過ぎがあると言っています。良いとされることを最大化しない。組織を預かる側の、実務的なさじ加減の話です。
出典:伊達政宗の「五常訓」として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取粘我事において後悔をせず
宮本武蔵/勝ち方を、言葉にした剣客 自分への戒めを並べた『独行道』の一条です。反省しないという意味ではなく、決めた以上は引きずらないという構えを指します。次の一手が必要な場面で、過去に気を取られない。勝負を続ける人の姿勢です。
出典:宮本武蔵『独行道』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠粘学千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす
宮本武蔵/勝ち方を、言葉にした剣客 『五輪書』にある言葉です。千日はおよそ三年、一万日は約二十七年。上達に必要な時間を、日数で具体的に示しました。才能の話に逃げず、まず日数を数える。稽古の量を見積もるための物差しです。
出典:宮本武蔵『五輪書』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠粘学観の目つよく、見の目よわく
宮本武蔵/勝ち方を、言葉にした剣客 『五輪書』水之巻で説いた観察のしかたです。相手の刀先ばかり見ると全体を見失う、という警告になっています。細部に引きずられず場を見る。試合に限らず、物事の見方として広く読まれてきました。
出典:宮本武蔵『五輪書』水之巻
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠粘学人の身は父母を本とし、天地を初とす
貝原益軒/健康の作法を、庶民の言葉で書いた人 『養生訓』の冒頭です。自分の体は自分だけのものではない、という前提を最初に置きました。だから大切に使え、という話につながります。健康法の理由を、個人の得ではないところに置いた書き出しです。
出典:貝原益軒『養生訓』巻第一
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学利他粘腹八分に食して、飲食を節すべし
貝原益軒/健康の作法を、庶民の言葉で書いた人 『養生訓』の実践項目の一つです。三百年前に書かれ、いまも同じ言い方で使われています。難しい理屈ではなく、その日から実行できる形に落として書いたことが、長く残った理由と考えられます。
出典:貝原益軒『養生訓』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学利他粘古池や 蛙飛びこむ 水の音
松尾芭蕉/十七音を、文学にした人 芭蕉の代表作として最も知られる句です。蛙が飛び込む音を置いただけで、その前後の静けさが浮かびます。感想を書かずに、事実だけで場を伝える。芭蕉が俳諧に持ち込んだ方法が、この十七音に表れています。
出典:松尾芭蕉の句(『蛙合』ほかに所収)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美匠学月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也
松尾芭蕉/十七音を、文学にした人 『おくのほそ道』の書き出しです。時間そのものを旅人と見ることで、自分の旅も特別ではなくなります。人生を長い移動の一部として置く見方が、最初の一行で示されました。旅立ちの前に置かれた宣言です。
出典:松尾芭蕉『おくのほそ道』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美匠学松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ
松尾芭蕉/十七音を、文学にした人 弟子の服部土芳が書き残した芭蕉の教えです。自分の思いつきを対象に当てはめるのではなく、対象をよく見て、そこから受け取れというもの。観察が先で、表現は後という順番を、短く言い切っています。
出典:服部土芳『三冊子』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美匠学芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也
近松門左衛門/実際の事件を、その月に芝居にした人 近松が語った芸論として、弟子筋の書物に記録されたものです。事実をそのまま写しても、作り物に寄せすぎても届かない。その境目を狙えという指示になっています。表現の設計についての古典的な基準です。
出典:穂積以貫『難波土産』に記された近松の談
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠美進取この世のなごり、夜もなごり、死にに行く身をたとふれば
近松門左衛門/実際の事件を、その月に芝居にした人 『曽根崎心中』の道行の場面の書き出しです。実際の事件から一か月で書かれました。同じ町に生きる人の死を、美しい言葉に置き換えて舞台に載せる。当時としては新しい題材の扱い方でした。
出典:近松門左衛門『曽根崎心中』道行
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠美進取商人の買利は士の禄に同じ
石田梅岩/商いを、堂々と肯定した人 主著『都鄙問答』で示した考えです。商人がもうけるのは卑しいという当時の見方に、仕事に対する正当な報酬だと答えました。働きに応じて受け取るという当たり前を、身分の壁をこえて言い切った一文です。
出典:石田梅岩『都鄙問答』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠学利他実の商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり
石田梅岩/商いを、堂々と肯定した人 同じ『都鄙問答』の一節です。利益を認めたうえで、条件をここに置きました。相手を損させて得た利は続かない。売り手と買い手のどちらかが我慢する取引を、商いと呼ばないという線引きです。
出典:石田梅岩『都鄙問答』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠学利他敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花
本居宣長/三十五年かけて古事記を読み解いた人 自画像に添えて詠んだ歌です。理屈で定義せず、朝の光に照らされた桜の情景に置き換えて答えました。後の時代に別の意味で使われた歌でもあり、いまは元の文脈に戻して読む必要があります。
出典:本居宣長の自画像自賛の歌
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です粘学美物のあはれを知る
本居宣長/三十五年かけて古事記を読み解いた人 『源氏物語』の読み方として示した考え方です。教訓を取り出すのではなく、心が動くこと自体を文学の値打ちとしました。作品から役に立つ何かを探しがちなときに、思い出したい基準です。
出典:本居宣長『源氏物語玉の小櫛』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です粘学美誠に艫舵なき船の大海に乗り出せしが如く
杉田玄白/辞書なしで、西洋の本を訳した人 辞書も文法書もないままオランダ語の翻訳に取りかかった状況を、後に振り返った一節です。無謀さを認めています。それでも始めた。始めてから道具を作る仕事の記録として読める言葉です。
出典:杉田玄白『蘭学事始』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学粘進取翌日、また集まり、前日の如く数行の文をも読み得ず
杉田玄白/辞書なしで、西洋の本を訳した人 翻訳作業の進み具合を書いた一節です。三年半かけて一冊を訳した過程は、この繰り返しでした。成果の大きさより、進まない日の積み重ねを書き残したところに、この記録の値打ちがあります。
出典:杉田玄白『蘭学事始』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学粘進取私がここまでくることができたのは高橋至時先生のおかげであるから、死んだあとは先生のそばで眠りたい
伊能忠敬/五十歳から、日本を歩いて測った人 晩年に遺したと伝えられる言葉です。至時は十九歳年下で、先に亡くなっていました。年齢や立場ではなく、教えてくれた人を師と呼ぶ。五十歳で学び直した人の、学びへの向き合い方がそのまま出ています。
出典:忠敬の遺言として伝えられるもの(墓所は師の隣にあります)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学粘進取目あきというものは不自由なものじゃ
塙保己一/目が見えないまま、六百冊を編んだ人 講義の最中に灯が消え、弟子たちが慌てたときの言葉として伝えられています。自分は明かりが要らないと言っています。不足を嘆く言い方ではなく、条件が違うだけだという受け止め方が表れた一言です。
出典:講義中の逸話として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません粘利他学この事業は、我一代にて成らずとも苦しからず
塙保己一/目が見えないまま、六百冊を編んだ人 四十年かかった編纂事業について語ったとされる言葉です。完成を自分の生涯の内側に置いていません。次の代に渡すことを前提に規格をそろえた仕事のしかたと、そのまま重なります。
出典:群書類従の編纂について語ったとして伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません粘利他学災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬる時節には死ぬがよく候
良寛/何も持たずに、子どもと遊んだ僧 三条地震のあと、被災した知人へ送った手紙の一節です。突き放して見えますが、良寛自身も同じ災害のなかにいました。避けられないものを避けようとして苦しむより、受け取ってしまう。慰め方の一つの形です。
出典:良寛の書簡(山田杜皋宛、三条地震の後)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美誠利他形見とて 何か残さん 春は花 夏ほととぎす 秋はもみぢ葉
良寛/何も持たずに、子どもと遊んだ僧 良寛の辞世として伝えられる歌です。自分の持ち物ではなく、毎年めぐってくる季節を形見として差し出しています。何も所有しなかった人が、最後に季節を残していく。持たない暮らしの締めくくり方です。
出典:良寛の辞世として伝わる歌
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません美誠利他七十三才にして稍禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり
葛飾北斎/九十歳でまだ足りないと書いた絵師 七十五歳のときに書いた振り返りの一節です。名声を得たあとで、やっと分かりかけたと書いています。上達を過去形で語らず、途中経過として報告する。技を磨く人の時間感覚がよく出ています。
出典:葛飾北斎『富嶽百景』跋文
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠粘学天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし
葛飾北斎/九十歳でまだ足りないと書いた絵師 臨終の際の言葉として伝えられています。八十九歳で三万点を描いた人が、まだ本物ではないと言いました。到達点を自分で下げない姿勢が、生涯にわたる作風の変化そのものと重なります。
出典:臨終の言葉として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません匠粘学積小為大
二宮尊徳/小さな積み上げで、村を建て直した人 尊徳の教えを弟子が記録した『二宮翁夜話』にある言葉です。大きな計画を先に立てるのではなく、今日できる小さな仕事を確実に足していく。荒れ地を一枚ずつ耕して家を再興した本人の方法そのものです。
出典:『二宮翁夜話』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です粘利他学遠きをはかる者は富み、近きをはかる者は貧す
二宮尊徳/小さな積み上げで、村を建て直した人 同じ『二宮翁夜話』に伝えられる言葉です。百年先を見て木を植える者と、今年の収穫だけを数える者を対比しています。目先の損得と長期の計画のどちらを基準に置くか。村の再建で実際に使われた判断でした。
出典:『二宮翁夜話』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です粘利他学道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である
二宮尊徳/小さな積み上げで、村を建て直した人 尊徳の考えを後の人が要約した言い方として広まったもので、本人の記録にこの通りの文はありません。それでも、道理と採算を両方欠かさないという教えの中心は、確かにこの人のものです。要約の出どころに注意して読む例です。
出典:後世に尊徳の教えを要約した言い方として広まったもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません粘利他学知識は失敗より学ぶ。事を成就するには、志があり、忍耐があり、勇気があり、失敗があり、その後に、成就があるのである
田中久重/からくり人形から蒸気機関まで作った人 久重の言葉として伝えられています。成功の前に失敗を並べているところが、試作を重ねる人らしい順番です。うまくいった話だけを残さない。手を動かして覚えた人の書き方になっています。
出典:田中久重の語として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠進取粘医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらずといふことを其業の本旨とす
緒方洪庵/医は自分のためではないと書いた人 西洋の医師の心得を訳し、適塾に掲げた文章の冒頭です。名声も利益も目的にするなと言い切っています。種痘の無料接種や、流行病の治療法を無償で配った行動と、そのままつながっています。
出典:緒方洪庵『扶氏医戒之略』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です利他学誠病者に対しては唯病者を視るべし。貴賤貧富を顧みることなかれ
緒方洪庵/医は自分のためではないと書いた人 同じ心得のなかの一条です。誰を先に診るかという、現場で毎日発生する判断についての指示になっています。塾でも身分ではなく実力で席を決めており、同じ考え方が教育の側にも表れています。
出典:緒方洪庵『扶氏医戒之略』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です利他学誠東洋道徳、西洋芸術
佐久間象山/道徳は東洋、技術は西洋と言った人 西洋の技術を学ぶことは、自分たちの価値観を捨てることではないと示した言い方です。芸術はここでは技術を指します。何を取り入れ、何を保つかを分けて考える。近代化の設計図になった一句です。
出典:佐久間象山の語として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学進取以て我が国の恥を雪ぐに足る
佐久間象山/道徳は東洋、技術は西洋と言った人 西洋の兵学や技術を修めることの目的として語った言葉です。追いつくためではなく、対等に立つためだと位置づけました。学ぶ理由を、劣等感ではなく目的の側に置いた説明として読めます。
出典:佐久間象山『省諐録』の趣旨として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学進取処世の秘訣は誠の一字だ
勝海舟/負ける側の、後始末をした人 晩年の談話集『氷川清話』にある言葉です。この前には、後世の評価が狂人と呼ぼうが賊と呼ぼうが構わない、と続けています。評価を気にせず、目の前に誠実に応じる。敗者側で交渉をまとめた人の結論でした。
出典:勝海舟『氷川清話』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です和学誠学者になる学問は容易なるも、無学になる学問は困難なり
勝海舟/負ける側の、後始末をした人 覚えた知識にしがみつくと、目の前の状況が見えなくなるという指摘です。勝は蘭学も航海術も学びましたが、前例や理屈より現場の判断を優先しました。学んだ人ほど耳が痛い、学びについての言葉です。
出典:『勝海舟全集』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です和学誠敬天愛人
西郷隆盛/維新を進め、維新に反した人 西郷の考えを門人がまとめた『南洲翁遺訓』にある四字です。人を相手にせず天を相手にせよ、という文脈で語られました。人からどう見られるかではなく、筋が通っているかを基準にするという判断の置き方です。
出典:『南洲翁遺訓』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠利他命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也
西郷隆盛/維新を進め、維新に反した人 『南洲翁遺訓』の一節で、この後に「そういう人でなければ大事は成せない」と続きます。取引の材料を持たない相手は動かせない。誉め言葉と困りごとを同時に言っている、独特の人物評です。
出典:『南洲翁遺訓』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠利他身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂
吉田松陰/二年足らずで、次の世代を育てた人 処刑を前に、門下生へ宛てた『留魂録』の冒頭に置かれた歌です。自分の命が終わることを前提に、残すものを名指ししています。何を引き継いでほしいかを最後に書き置いた、教える人の文章です。
出典:吉田松陰『留魂録』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠学粘学は人たる所以を学ぶなり
吉田松陰/二年足らずで、次の世代を育てた人 若い日に自分への指針として書いた『士規七則』の一節です。試験や出世のためではなく、人としてどうあるかを学ぶのが学問だと定めています。何のために学ぶのかを、最初に決めておくための一文です。
出典:吉田松陰『士規七則』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠学粘至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり
吉田松陰/二年足らずで、次の世代を育てた人 もとは中国の古典『孟子』の言葉で、松陰が繰り返し引き、座右としました。才ではなく本気が人を動かすという考え方です。うまくやる方法を探す前に、まず本気かを問う。教育の場で使われ続けた基準でした。
出典:『孟子』離婁上(松陰が座右としたもの)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠学粘天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり
福沢諭吉/学ぶことを、独立の条件にした人 『学問のすゝめ』の冒頭です。「と言えり」と伝聞の形で書かれている点が重要で、この後に、現実には差があるのはなぜかと問いが続きます。平等を宣言するのではなく、考える出発点として置かれた一文です。
出典:福沢諭吉『学問のすゝめ』初編
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学進取一身独立して一国独立す
福沢諭吉/学ぶことを、独立の条件にした人 同じ『学問のすゝめ』の言葉です。国の独立を先に唱えるのではなく、まず個人が自分で判断し生計を立てられることだと順序を示しました。大きな主語で語りたくなるときに、順番を思い出させる一文です。
出典:福沢諭吉『学問のすゝめ』三編
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学進取専ら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり
福沢諭吉/学ぶことを、独立の条件にした人 難しい漢字を知ることではなく、読み書き算盤や地理、物理など日々使える学問を先にせよという主張です。学問を一部の人のものから外そうとしました。何を学ぶかを選ぶときの、はっきりした基準になります。
出典:福沢諭吉『学問のすゝめ』初編
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学進取日本を今一度せんたくいたし申候
坂本龍馬/敵同士を、引き合わせた人 姉の乙女へ宛てた手紙にある一文です。壊すでも倒すでもなく「洗濯」と書いたところに、この人の言葉の選び方が出ています。汚れを落として使い続ける、という感覚が、その後の動き方とも重なります。
出典:坂本龍馬 書簡(姉・乙女宛、1863年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取和世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る
坂本龍馬/敵同士を、引き合わせた人 龍馬の作として伝えられてきた歌です。脱藩という重い決断をした人の立場に、後の世が重ねてきました。理解されないまま進む時期の支えとして読まれますが、本人の作という確証はありません。
出典:龍馬の作として伝わる歌
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取和おもしろきこともなき世をおもしろく
高杉晋作/身分を問わない軍隊をつくった人 辞世として伝えられる句です。下の句は残されておらず、看病していた人が付けたという説があります。世の中が面白くないのは前提として、それをどうするかを自分の側に引き受けた言い方になっています。
出典:高杉晋作の辞世の句
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取粘三千世界の鴉を殺し、ぬしと朝寝をしてみたい
高杉晋作/身分を問わない軍隊をつくった人 高杉が好んだ都々逸として伝えられています。夜明けを告げるカラスがいなければ朝が来ない、という理屈です。命がけの活動を続けた人が、同時にこういう戯れ歌を残していた、という記録として読めます。
出典:高杉晋作が詠んだとして伝わる都々逸
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取粘富をなす根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ
渋沢栄一/日本資本主義の父 著書『論語と算盤』で述べた考えです。もうけること自体を否定せず、道理に合わない稼ぎ方は続かないと言い切っています。短期の利益と長く続く信用は別物だという指摘は、いまの仕事にもそのまま当てはまります。
出典:渋沢栄一『論語と算盤』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です利他学進取士魂商才
渋沢栄一/日本資本主義の父 『論語と算盤』で示した四字です。菅原道真の「和魂漢才」をふまえ、志だけでも算盤だけでも足りないと説きました。理想を語る人と数字を扱う人が別々になりがちな場面で、両方を一人が持てという求めです。
出典:渋沢栄一『論語と算盤』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です利他学進取論語と算盤は、はなはだ遠くて近いもの
渋沢栄一/日本資本主義の父 道徳の書である論語と、利益を数える算盤は、遠く見えて実は近い、という考え方です。両立できないと決めつけるところから、渋沢は一歩踏み出しました。対立する二つを並べて考える練習として読めます。
出典:渋沢栄一『論語と算盤』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です利他学進取真の文明は山を荒さず川を荒さず村を破らず人を殺さざるべし
田中正造/公害に生涯を使った代議士 日記に記した言葉です。産業が伸びることを文明と呼んでいた時代に、別の基準を示しました。何を犠牲にして得た豊かさなのかを問う視点は、公害や開発の議論でいまも引かれ続けています。
出典:田中正造の日記
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠利他粘民を殺すは国家を殺すなり
田中正造/公害に生涯を使った代議士 鉱毒被害の放置を批判した言葉です。国益のために住民の犠牲はやむを得ない、という論法に正面から反論しています。何のための国かという順序を、被害の現場から問い直した一文です。
出典:田中正造の演説・書簡に伝えられる言葉
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります誠利他粘九転十起
広岡浅子/炭鉱に入り、銀行を興した人 浅子の座右の言葉として伝えられています。七転び八起きより一回多い数え方です。家業の破綻、炭鉱の難事、病と、立ち上がり直す場面が実際に何度もありました。回数を先に決めておく、という構えの言葉です。
出典:広岡浅子の座右の語として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取粘学婦人の教育をおろそかにする国は栄えない
広岡浅子/炭鉱に入り、銀行を興した人 女子高等教育の必要を説いて回ったときの主張として伝えられています。自分が読書を禁じられた経験が背景にありました。学びを断たれた人が、次の世代の学ぶ場をつくる側に回った例として読めます。
出典:広岡浅子が女子教育を説いた際の言葉として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取粘学医者の使命は病気を予防することにある
北里柴三郎/治すより、防ぐを先に置いた医師 北里の考えを表す言葉として伝えられています。目の前の患者を治すことを否定せず、その手前で止めるほうが大きいと言い切りました。細菌学を選び、伝染病研究所を作った理由が、この一行に収まっています。
出典:北里柴三郎の語録
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学利他粘情を忘れたるものに非ず。私情を制したるものなり
北里柴三郎/治すより、防ぐを先に置いた医師 厳しい態度を取る理由として語られた言葉です。冷たいのではなく、公の仕事のために自分の感情を後ろに置いている、という説明になっています。人に厳しく当たらざるを得ない立場の人の、自分への説明でもあります。
出典:北里柴三郎の語録
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学利他粘後世への最大遺物は勇ましい高尚なる生涯である
内村鑑三/後世に何を残すかを問うた人 講演をまとめた同名の本の結論です。金も事業も思想も残せない人がいる、しかし生き方だけは誰でも残せる、という順序で語られました。実績の話をした最後に、実績が無くてもよいと言っています。
出典:内村鑑三『後世への最大遺物』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠粘学余は日露非開戦論者である。戦争絶対的廃止論者である
内村鑑三/後世に何を残すかを問うた人 開戦を求める声が大勢を占めていた時期に、新聞に書いた文章です。所属していた新聞社を去ってまで主張を続けました。多数と違う位置に立つことの費用を、実際に払った例として読めます。
出典:内村鑑三の非戦論(1903年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠粘学日本には植物学者が少ないのだから、植物学を志す者にはできるだけ便宜を与え、先輩が後進を引き立ててくださるのが道だろうと思う
牧野富太郎/小学校を中退した植物学者 学歴のない自分が研究の場から締め出されかけたときの言葉として伝えられています。恨みではなく、分野を育てる話に置き換えているのが特徴です。人手の足りない領域では、門を狭くする理由がないという指摘になっています。
出典:牧野富太郎の言葉として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学粘匠私は植物の精である
牧野富太郎/小学校を中退した植物学者 自分を語るときに使ったとされる言い方です。研究対象を仕事の材料とせず、暮らしそのものにしていた人でした。九十歳を過ぎても採集に出かけています。好きであることを隠さないほうが続く、という例でもあります。
出典:牧野富太郎の言葉として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません学粘匠われ太平洋の橋とならん
新渡戸稲造/太平洋の橋になろうとした人 学生時代、なぜ学ぶのかを問われて答えたと伝えられる言葉です。どちらかの側に立って主張するのではなく、間に立って通れるようにする役を選びました。国際連盟での仕事は、その延長線上にあります。
出典:新渡戸稲造の語として伝わるもの(札幌農学校時代)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります和学利他勇気が人の精神に宿っている姿は、沈着、すなわち心の落ち着きとしてあらわれる
新渡戸稲造/太平洋の橋になろうとした人 『武士道』で勇気を論じた部分の言葉です。勇ましく振る舞うことではなく、静かでいられることが勇気の形だと述べました。危機のときに声を荒らげない人を思い浮かべると、この定義は腑に落ちます。
出典:新渡戸稲造『武士道』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です和学利他とかく物事には明暗の両方面がある。私は光明の方面から見たい
新渡戸稲造/太平洋の橋になろうとした人 新渡戸の言葉として伝えられているものです。楽観をすすめているというより、同じ事実のどちら側を見るかは選べる、という指摘になっています。国際交渉という、うまくいかないことの多い仕事を続けた人の構えです。
出典:新渡戸稲造の語として伝わるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります和学利他茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある
岡倉天心/捨てられかけた日本美術を残した人 英語で書かれた『茶の本』の冒頭近くにある一文です。整いきったものではなく、欠けたものに価値を置く。西洋の読者に向けて、日本の美意識の中心を一行で示しました。訳文には複数の版があります。
出典:岡倉天心『茶の本』(英語で執筆、日本語訳による)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります美学利他われわれの日常の些事のなかに美を見いだす
岡倉天心/捨てられかけた日本美術を残した人 『茶の本』が繰り返し述べている考え方です。美術館に飾るものだけが美ではなく、湯を沸かし茶を出す動作のなかにあると説きました。柳宗悦の民藝や利休の茶と、同じ方向を向いた見方です。
出典:岡倉天心『茶の本』の趣旨(日本語訳による)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります美学利他新しい苗木が芽生えるためには、ひと粒の種子が砕け散らねばならないのだ
津田梅子/六歳で渡米し、女子教育を始めた人 自分と塾について書き残した言葉として伝えられています。自分の仕事は次に芽が出るための一粒でしかない、という位置づけです。成果を自分の代で見ようとしない考え方が、女子教育という長い仕事を支えました。
出典:津田梅子の語録(津田塾大学に伝わるもの)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学進取粘自分自身のことをいつまでも思い煩うまい
津田梅子/六歳で渡米し、女子教育を始めた人 同じ文章のなかにある言葉です。自分の評価や立場を気にする時間を切り上げ、仕事のほうへ戻る。留学から帰って居場所のなかった時期を通り抜けた人の、実際的な区切りのつけ方として読めます。
出典:津田梅子の語録(津田塾大学に伝わるもの)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学進取粘柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
正岡子規/寝たきりのまま俳句を作り直した人 子規の代表句です。柿を食べたことと鐘が鳴ったことを、ただ並べただけの句になっています。意味づけをしないという方針そのものが作品になった例で、写生という方法を最も短く示しています。
出典:正岡子規の句(1895年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠粘進取悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた
正岡子規/寝たきりのまま俳句を作り直した人 『病牀六尺』の一節です。死を覚悟することが悟りだと考えていたが、痛みのなかで生き続けることのほうだと気づいた、という文脈で書かれました。寝返りも打てない状態から出てきた結論です。
出典:正岡子規『病牀六尺』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠粘進取智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい
夏目漱石/近代人の居心地の悪さを書いた人 『草枕』の冒頭です。理屈でも情でも意地でも、どれを選んでも具合が悪いと並べています。答えを出さずに、生きにくさをそのまま書き留めた一節で、漱石の小説全体の入口のようになっています。
出典:夏目漱石『草枕』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠学美自己本位
夏目漱石/近代人の居心地の悪さを書いた人 講演『私の個人主義』で説明した言葉です。わがままの意味ではありません。他人の評価を借りて物事を決めるのをやめ、自分の判断の土台を作るということです。留学中に行き詰まった経験から出てきた考えでした。
出典:夏目漱石『私の個人主義』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠学美障子を開けてみよ、外は広いぞ
豊田佐吉/機械が自分で異常に気づく仕組みを作った人 佐吉の言葉として伝えられ、豊田グループで語り継がれてきました。手元の作業に閉じこもるなという意味です。国内の織機で満足せず、海外の技術と市場を見て回った本人の行動と重なります。
出典:豊田佐吉の語として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取匠粘俺は織機をやったから、お前は自動車をやれ
豊田佐吉/機械が自分で異常に気づく仕組みを作った人 息子の喜一郎に語ったとされる言葉です。自分の事業を継がせるのではなく、次の分野へ行けと言いました。守るより移れという判断が、結果として自動車産業への転換を生んでいます。
出典:息子・喜一郎に語ったとされる言葉
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取匠粘廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く
樋口一葉/十四か月で書ききった作家 『たけくらべ』の書き出しです。遊郭の外側から、その中の音と灯りだけを描いています。善悪を言わずに場所を立ち上げるこの入り方が、そこで育つ子どもたちの物語をよく支えています。
出典:樋口一葉『たけくらべ』冒頭
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠粘美われは女なりけるものを
樋口一葉/十四か月で書ききった作家 日記に書きつけた言葉として伝えられています。嘆きとも、確認ともとれる一行です。書きたいものがあっても、家を背負う立場と女であることが常に前に立った。その位置から書き続けた人の言葉です。
出典:樋口一葉の日記に記された言葉として伝わるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠粘美下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ
小林一三/何も無い沿線に、暮らしを作った人 若い社員に語ったとされる言葉です。任された仕事が小さいと感じたときに、まずその中で一番になれと言っています。仕事を選び直す前に、いまの持ち場で結果を出すという順番の話として読めます。
出典:小林一三が社員に語ったとされる言葉
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取利他乗る人がいないなら、住む人をつくればよい
小林一三/何も無い沿線に、暮らしを作った人 田畑ばかりの沿線に鉄道を通すときの考え方を、後の人がこう要約しています。需要が足りないという前提を、条件のほうを変えて崩しました。住宅地・遊園地・劇場は、すべてこの発想から出ています。
出典:沿線開発の考え方として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取利他志を得ざれば再び此の地を踏まず
野口英世/手の火傷から医学へ進んだ人 上京する際、実家の柱に刻んだ言葉として伝えられています。退路を断つ宣言です。実際には後に一度だけ帰郷しました。若い決意の記録として、そのまま柱に残っているところに意味があります。
出典:上京の際に実家の柱に刻んだとされる言葉
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります粘学忍耐は苦い。しかし、その実は甘い
野口英世/手の火傷から医学へ進んだ人 野口の言葉として伝えられていますが、もとはフランスの格言だとされます。本人が好んで引いたものです。自分の言葉かどうかより、どんな言葉を支えにしていたかが分かる例として収めています。
出典:野口英世が好んで引いた言葉(もとはフランスの格言)
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません粘学あゝをとうとよ君を泣く 君死にたまふことなかれ
与謝野晶子/言ってはいけないことを歌にした人 日露戦争に出征した弟へ向けて、1904年の雑誌に発表した詩の冒頭です。戦争のさなかに公にしたため強い非難を受けました。国の大きな話より、目の前の一人の命を先に置いた言葉として読まれています。
出典:与謝野晶子「君死にたまふこと勿れ」(『明星』1904年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取誠美やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
与謝野晶子/言ってはいけないことを歌にした人 歌集『みだれ髪』の一首です。生きている体を差し置いて理屈だけを語る相手に、静かに問い返しています。当時としては露骨だと言われました。感じていることを隠さない、という選択がここにあります。
出典:与謝野晶子『みだれ髪』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取誠美山の動く日来る
与謝野晶子/言ってはいけないことを歌にした人 1911年、女性たちの雑誌『青鞜』の創刊号に寄せた詩の冒頭です。長く眠っていたものが動き出す、という宣言でした。声を上げにくい場所にいる人へ向けた、短くて強い一行として引かれ続けています。
出典:与謝野晶子「そぞろごと」(『青鞜』創刊号 1911年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取誠美黄金の奴隷たるなかれ
出光佐三/社員を解雇しなかった経営者 出光が繰り返し説いた言葉として伝えられています。もうけを否定したのではなく、金額を判断の最上位に置くなという意味でした。敗戦後に社員を解雇しなかった選択が、この言葉と実際につながっています。
出典:出光佐三の語として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります誠利他進取一人もクビにしてはならん
出光佐三/社員を解雇しなかった経営者 1945年、海外の資産をすべて失った直後の判断として伝えられています。事業の見通しが立たない状態での決定でした。守るものを先に決めてから方法を探す、という順番がここに表れています。
出典:敗戦直後の発言として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません誠利他進取元始、女性は実に太陽であつた
平塚らいてう/女性は太陽であったと書いた人 1911年、『青鞜』創刊号に寄せた文章の冒頭です。いまは他人の光で光る月になっている、と続きます。権利を要求する言葉から始めず、もとの姿を思い出させる形で始めたところに特徴があります。
出典:平塚らいてう「元始、女性は太陽であつた」(『青鞜』創刊号 1911年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取誠利他私どもは隠された我が太陽を、潜める天才を発現せねばならぬ
平塚らいてう/女性は太陽であったと書いた人 同じ創刊の文章にある一節です。誰かに認めてもらう話ではなく、自分で出すという言い方になっています。書く場が無いなら雑誌を作る、という行動と、この一文はそのまま対応しています。
出典:平塚らいてう「元始、女性は太陽であつた」(『青鞜』創刊号 1911年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取誠利他用と美が結ばれるものが工芸である
柳宗悦/無名の職人の器に美を見た人 民藝を説明するときの中心の一文です。飾りのために作られた品ではなく、使うために作られた品のなかに美を探しました。何のために作られたかを、美しさの外に置かない。ものの見方をひっくり返す定義です。
出典:柳宗悦『工藝の道』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美匠利他反抗する彼らよりも一層愚かなのは、圧迫する我々である
柳宗悦/無名の職人の器に美を見た人 1919年、朝鮮での運動が弾圧された直後に発表した文章の一節です。取り締まる側にいる自国に向けて書かれました。美を語る人が、同じ筆で政治について書いた例として、いまも読まれています。
出典:柳宗悦「朝鮮の友に贈る書」(1919年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美匠利他松下電器は人をつくるところです。あわせて電気器具もつくっております
松下幸之助/物より先に、人を作ると言った人 社員に、会社は何をする場所かと聞かれたときの答えとして伝えられています。製品より人が先だという順番を、冗談のような形で言い切りました。育てることを本業の側に置く、という宣言になっています。
出典:松下幸之助が社員に語ったとされる言葉
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります利他学粘雨が降れば傘をさす
松下幸之助/物より先に、人を作ると言った人 商売の心得として繰り返し語った言葉です。当たり前のことを当たり前にやる、という意味でした。特別な策を探す前に、集金する、在庫を確かめる、約束を守る。基本の動作を落とさないという指示です。
出典:松下幸之助が商売の心得として語ったとされる言葉
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります利他学粘素直な心になりましょう
松下幸之助/物より先に、人を作ると言った人 晩年に説き続けた考え方で、著書の題にもなっています。人の話をよく聞くという意味にとどまらず、事実をゆがめずに見る態度を指しました。自分の思い込みを先に置かない、という実務的な戒めです。
出典:松下幸之助『素直な心になるために』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です利他学粘必要なものを、必要なときに、必要なだけ
豊田喜一郎/織機の会社で、車を作り始めた人 喜一郎が自動車の生産に持ち込んだ考え方で、ジャスト・イン・タイムと呼ばれます。作り置きをやめる代わりに、工程どうしを合わせる必要が出ます。無駄を減らすとは何かを、三つの条件で言い切った言葉です。
出典:豊田喜一郎が唱えたジャスト・イン・タイムの考え方
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠進取日本人の頭と腕で自動車をつくる
豊田喜一郎/織機の会社で、車を作り始めた人 輸入車ばかりだった時代に、国産化を目指した理由として伝えられている言葉です。技術を買うのではなく身につける、という選択でした。分解して調べ、鋳造から覚え直した現場の作業が、この一行の中身です。
出典:自動車の国産化を志した際の言葉として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません匠進取わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です
宮沢賢治/ほとんど読まれずに書き続けた人 詩集『春と修羅』の序の一節です。自分を物ではなく、一時的に点いている明かりのような現象だと言っています。理科の言葉で自分を書いた珍しい一行で、賢治の世界の入口になっています。
出典:宮沢賢治『春と修羅』序
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です利他粘美みんなのほんたうの幸福を求めてなら私たちはこのまゝこのまっくらな海に封ぜられても悔いてはいけない
宮沢賢治/ほとんど読まれずに書き続けた人 『春と修羅』補遺の「宗谷挽歌」にある言葉です。自分だけの幸せを外して考える、という賢治の一貫した姿勢が出ています。農民と暮らし、作品が売れないままだった時期の生き方とそのまま重なります。
出典:宮沢賢治『春と修羅』補遺「宗谷挽歌」
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です利他粘美雨ニモマケズ 風ニモマケズ
宮沢賢治/ほとんど読まれずに書き続けた人 死後、手帳に書きつけられた形で見つかった詩の冒頭です。発表するつもりのない自分への覚え書きでした。理想を人に説く言葉ではなく、こうなりたいと自分に書いた記録として読むと、印象が変わります。
出典:宮沢賢治の手帳(没後に発見)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です利他粘美石橋を叩けば渡れない
西堀栄三郎/石橋は叩いても渡れないと言った人 自著の題です。新しいことには、事前に確かめられない部分が必ず残ります。全部を確かめてから動くという条件は、実際には動かないことと同じになる。南極とものづくりの両方を経験した人の結論です。
出典:西堀栄三郎『石橋を叩けば渡れない』(1970年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取学和異質のものが集まらないと、新しいものは生まれない
西堀栄三郎/石橋は叩いても渡れないと言った人 越冬隊の編成や技術者の育成について語った考え方として伝えられています。同じ得意分野の人だけを集めると、見落としも同じになる。誰と組むかを設計の一部として扱う、という見方です。
出典:西堀栄三郎が創造性について語った考え方として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取学和私の現在が成功と言われるなら、私の過去は失敗の連続であった
本田宗一郎/失敗の数を隠さなかった技術者 自分の歩みを振り返って語った言葉です。ピストンリングの失敗、資金繰り、レースでの敗北と、実際に数え切れない失敗がありました。結果だけを見せず、途中も見せる。技術者らしい報告のしかたです。
出典:本田宗一郎の語として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取粘匠人間は失敗する権利を持っている。しかし失敗には反省という義務がつく
本田宗一郎/失敗の数を隠さなかった技術者 挑戦を認めたうえで、条件を一つ付けています。失敗そのものは責めないが、そのままにするのは許さないという線引きです。試作と実験を繰り返す現場で、実際に機能した基準として語られてきました。
出典:本田宗一郎の語として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取粘匠まがつびよ ふたたびここにくるなかれ 平和をいのる人のみぞここは
湯川秀樹/日本人初のノーベル賞、その後に平和運動 原爆で失われた人々を思って詠んだ歌です。物理学の最前線にいた人が、その研究の先で起きたことに向き合いました。学問と、それが世に出たあとの結果を切り離さない姿勢が、この一首に表れています。
出典:湯川秀樹の歌(広島に歌碑があります)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です学進取利他一日生きることは、一歩進むことでありたい
湯川秀樹/日本人初のノーベル賞、その後に平和運動 色紙などに書いた言葉として広く知られています。成果が出ない年月の長かった人の言い方です。大きく前進しなくてよい、今日の一歩でよい。研究に限らず、続けることを前提にした目標の置き方になっています。
出典:湯川秀樹が揮毫した言葉として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります学進取利他真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設
井深大/愉快な理想工場を、設立趣意書に書いた人 1946年の設立趣意書で、会社の目的の第一に置かれた一文です。何を作るかではなく、どんな場を作るかから書き始めました。働く条件のほうを先に設計する、という会社の作り方の例です。
出典:井深大「東京通信工業株式会社 設立趣意書」(1946年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取匠和他社のまねはやるまい
井深大/愉快な理想工場を、設立趣意書に書いた人 設立当初からの方針として伝えられています。同じものを安く作る競争に入らず、まだ無いものを出す道を選びました。トランジスタをラジオに使う判断も、この方針の延長にあります。何をやらないかを決めた例です。
出典:創業期の方針として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取匠和食足世平
安藤百福/四十八歳から、即席麺を作った人 会社の理念として掲げた四字です。闇市で麺を待つ行列を見た経験が背景にあります。食品を作る理由を、商売の外側の言葉で置きました。何のための事業かを、短く言い切った例です。
出典:安藤百福が掲げた理念(日清食品の社是)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取粘利他人生に遅すぎるということはない
安藤百福/四十八歳から、即席麺を作った人 無一文になった四十七歳から研究を始め、四十八歳で製品を出した人の言葉として語られています。実際の年齢が根拠になっているぶん、励ましというより事実の報告に近く聞こえます。
出典:安藤百福の語として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取粘利他監督になるにはシナリオを書け
黒澤明/何度でも撮り直した監督 若い人に向けて繰り返し語ったとされる助言です。演出の技術より先に、話を組み立てられるかを問いました。自身も助監督時代に脚本を書き続けています。順番を間違えるなという、実務的な指示です。
出典:黒澤明が若手に語ったとされる言葉
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠粘人間は、自分自身については正直に語れない
黒澤明/何度でも撮り直した監督 『羅生門』の主題について語った言葉として伝えられています。同じ事件を四人が食い違って語る映画でした。嘘つきを描いたのではなく、自分を語るときの避けがたい歪みを描いた、という説明になっています。
出典:自伝『蝦蟇の油』などで語られた『羅生門』についての説明
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠粘芸術は爆発だ
岡本太郎/調和より、ぶつかることを選んだ人 本人の言葉として最も知られている一言です。派手にやれという意味ではなく、内側にたまったものが外へ出る状態を指しています。作品も発言も、整えるより先に出す。その姿勢がそのまま短くなった言葉です。
出典:岡本太郎の発言として広く知られるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取美「形」でない形、「色」でない色をうち出すべきだ
岡本太郎/調和より、ぶつかることを選んだ人 既にある形式に当てはめて作ることへの拒否です。うまく整った絵ではなく、まだ名前のついていないものを出そうとしました。真似ることから始める学び方とは、逆側にある考え方として読めます。
出典:岡本太郎の言葉として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取美逆転の発想
糸川英夫/長さ二十三センチから始めた宇宙開発 自身の著書の題であり、仕事のしかたそのものを表す言葉です。垂直に打ち上げられないなら水平に飛ばして測ればよい。制約を嘆かずに、測り方の側を変えました。条件が足りない場面で効く考え方です。
出典:糸川英夫『逆転の発想』(1974年)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です進取学匠ジェット機で他国の後を追うよりも、ロケットで先へ出たい
糸川英夫/長さ二十三センチから始めた宇宙開発 航空機の分野で欧米に追いつく道より、まだ誰も先に進んでいない分野を選んだ理由として伝えられています。追いかける競争から降りて、別の土俵を選ぶ。資源が限られている側の戦い方です。
出典:ロケット研究を始めた理由として伝えられる発言
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取学匠なぜを五回繰り返せ
大野耐一/なぜを五回、繰り返させた人 原因を探るときの手順として定着させた言葉です。一回目の答えは、たいてい表面の症状にすぎません。五回下りると設計や仕組みに行き着きます。人を責める場所から、直せる場所へ移すための手順でもあります。
出典:大野耐一『トヨタ生産方式』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠学粘動いていることと、働いていることは違う
大野耐一/なぜを五回、繰り返させた人 忙しく見える作業のうち、実際に価値を生んでいる部分を切り分ける考え方です。運搬や手直しは動きであって働きではない、と区別しました。忙しさを成果と取り違えないための、現場の物差しです。
出典:大野耐一『トヨタ生産方式』の考え方
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠学粘消費者は、何が可能かを知らない。我々は知っている
盛田昭夫/自分たちの名前で世界へ売った人 調査で需要が見えないまま、持ち歩ける音楽機器を出したときの考え方として伝えられています。傲慢にも聞こえますが、まだ無いものは尋ねても答えが返らない、という実務的な指摘でもあります。
出典:盛田昭夫の語として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取学自分の名前で売れないなら、いつまでも下請けだ
盛田昭夫/自分たちの名前で世界へ売った人 創業まもない時期に、相手先の名前で作る大量注文を断ったときの判断として語られています。目先の売上より、名前を残せる立場を選びました。何を取って何を捨てるかが、はっきり出ている例です。
出典:創業期の判断として伝えられるもの
出典の確度:伝承。後世に語り伝えられてきた言葉で、本人の発言とは確認できていません進取学頼むから、仕事をさせてくれ
手塚治虫/描く速さより、描く量で道を作った人 最期の言葉として伝えられているものです。病床でも複数の連載を抱えていました。責任感とも執着ともとれますが、描くこと自体が生活そのものだった人の言い方として受け取るのが自然です。
出典:最期の言葉として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取粘アイディアだけは、もうバーゲンセールしてもいいぐらいあるんだ
手塚治虫/描く速さより、描く量で道を作った人 晩年のインタビューで語ったとされる言葉です。あと四十年は描けると続けています。量を描き続けた人ほど、次に描きたいものが減らない。手を動かす人の側から見た、発想についての実感です。
出典:晩年のインタビューでの発言として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります進取粘動機善なりや、私心なかりしか
稲盛和夫/動機は善か、と自分に問うた経営者 通信事業へ参入するかどうかを決める前、半年にわたって自分に問い続けたという言葉です。成功するかではなく、なぜやるのかを先に確かめました。大きな決断の前に置く、自分への二つの質問です。
出典:稲盛和夫『生き方』ほか
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠利他粘人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力
稲盛和夫/動機は善か、と自分に問うた経営者 結果を三つの要素の掛け算で説明した式です。能力や熱意は0から100ですが、考え方だけはマイナスにもなる。方向が間違っていれば、力があるほど悪い結果になるという意味が込められています。
出典:稲盛和夫『生き方』ほか
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です誠利他粘名刺の上では、私は会社の社長です。頭の中では、ゲーム開発者です。しかし心の中では、私はゲーマーです
岩田聡/社長になってもプログラマだった人 2005年、海外の開発者会議での講演の冒頭で述べた自己紹介です。三つの立場を並べ、最後に遊ぶ側を置きました。誰のために作っているかを、自分の位置の話として言い切った一言です。
出典:2005年 ゲーム開発者会議での講演
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠利他和手直ししていく方法だと二年かかります。イチからつくり直していいのであれば、半年でやります
岩田聡/社長になってもプログラマだった人 開発が行き詰まっていた作品を引き受けたときの発言として伝えられています。直すより作り直すほうが速い場合がある、という技術者の見積もりです。工数を正面から示して選ばせる、という交渉のしかたでもあります。
出典:開発中の作品を引き受けた際の発言として伝えられるもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠利他和Ruby言語の開発で飽きたり、辛く感じたりすることはなかった
まつもとゆきひろ/楽しさを設計目標に置いた言語作者 三十年以上ひとつの言語を作り続けている人の言葉です。続いた理由を、意志の強さではなく面白さで説明しています。長く続く仕事の条件を、根性の側に置かなかった点が特徴です。
出典:まつもとゆきひろのインタビューでの発言
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠利他進取書く人が楽しいことを、いちばん大事にした
まつもとゆきひろ/楽しさを設計目標に置いた言語作者 Rubyの設計方針として繰り返し語られてきた考え方です。速さや理論より、書き手の感じ方を上に置きました。道具を作る人が、使う人の気分を仕様に含めた例として読めます。
出典:Rubyの設計方針として語られてきたもの
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠利他進取東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ
柿本人麻呂/歌の型をつくった人 夜明けの一瞬を、東と西を見比べるだけで描いた歌です。感想はひと言も入っていません。視線を動かすことで時間が動いて見える。説明せずに伝える方法が、はっきり形になっています。
出典:『万葉集』巻一
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です匠美敷島の大和の国は言霊の幸はふ国ぞま幸くありこそ
柿本人麻呂/歌の型をつくった人 旅立つ人へ贈られた歌です。言葉そのものに力が宿るという古い考え方が、はっきり言われています。声に出した願いが相手に届くという前提で、送る側ができることをした一首として読めます。
出典:『万葉集』巻十三(人麻呂歌集に伝わる歌)
出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります匠美めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな
紫式部/人の心の動きを、初めて長編にした人 幼なじみと再会し、すぐに別れた場面を詠んだ歌で、百人一首にも入っています。人と会える時間の短さを、月にたとえて書きとめました。惜しむ気持ちを、責めずに情景だけで伝えるやり方が見えます。
出典:『紫式部集』『新古今和歌集』(百人一首 五十七番)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美学匠日本紀などはただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ
紫式部/人の心の動きを、初めて長編にした人 『源氏物語』蛍の巻で、物語の値打ちを論じた場面の言葉です。作り話は嘘だという見方に対し、人の心は物語のほうが正確に書けると答えています。フィクションの役割を千年前に言い当てた一節です。
出典:紫式部『源氏物語』蛍
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美学匠熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
額田王/国の場面で歌を詠んだ女性 船団の出発にあたって詠まれた歌です。待っていた条件がそろった、という報告がそのまま号令になっています。命令の言葉ではなく、状況の描写で人を動かす。公の場で歌が果たしていた役割がよく分かります。
出典:『万葉集』巻一
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美誠あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
額田王/国の場面で歌を詠んだ女性 薬狩りの場で、かつて縁のあった相手が袖を振るのをたしなめた歌です。叱っているようで、うれしさも隠れています。公の行事の場に私的な感情が差し込む瞬間を、そのまま一首に収めました。
出典:『万葉集』巻一
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美誠花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに
小野小町/衰えを、花の色で書いた歌人 花の色あせと自分の容色、長雨と物思いを、掛詞で二重に重ねた歌です。嘆きの言葉は一つも使っていません。過ぎた時間の量だけを示して、失ったものを読み手に計算させる作りになっています。
出典:『古今和歌集』(百人一首 九番)
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美誠思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを
小野小町/衰えを、花の色で書いた歌人 会えない相手に、夢のなかでだけ会えたという歌です。目が覚めたことを悔やんでいます。現実で手に入らないものが夢に出るという、いまも変わらない仕組みを、千百年前の言葉で書きとめました。
出典:『古今和歌集』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美誠春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて
清少納言/良いものを、良いと書き切った人 『枕草子』の書き出しです。なぜ良いのかは書かれていません。良いと決めて、その情景だけを置きます。理由を説明せずに断定するこの書き方が、そのまま作品全体の調子になっています。
出典:清少納言『枕草子』第一段
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美学御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ
清少納言/良いものを、良いと書き切った人 香炉峰の雪はどうか、と問われた場面です。答えを言葉で返さず、漢詩の一節どおりに簾を上げてみせました。知っていることを説明せずに行動で示す。宮中の機知の応酬がどんなものだったかが分かります。
出典:清少納言『枕草子』
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美学つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて
吉田兼好/満開でないものを、良いと言った人 『徒然草』の書き出しです。目的があって書いたのではない、と最初に断っています。思いついたことを順に書くという形を先に宣言することで、話題が飛んでも構わない自由な書物になりました。
出典:吉田兼好『徒然草』序段
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美学花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは
吉田兼好/満開でないものを、良いと言った人 最も良い状態だけを価値あるものとする見方への問いです。咲く前の枝や、雨で見えない月にも見どころがあると続けます。欠けているものを積極的に選ぶという日本の美意識を、はっきり言葉にした一節です。
出典:吉田兼好『徒然草』第百三十七段
出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です美学
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