
勝海舟
かつ かいしゅう/Kaishu Katsu
1823–1899/幕末・維新
- 幕臣
- 政治家
- 海軍
負ける側の、後始末をした人
幕府の海軍を育てた幕臣です。自分が仕える体制の敗北を早くから見通し、西郷隆盛との会談で江戸を戦火から救う道をまとめました。
言葉
処世の秘訣は誠の一字だ
読み・現代語:世の中を渡っていく秘訣は、誠の一字に尽きる。
晩年の談話集『氷川清話』にある言葉です。この前には、後世の評価が狂人と呼ぼうが賊と呼ぼうが構わない、と続けています。評価を気にせず、目の前に誠実に応じる。敗者側で交渉をまとめた人の結論でした。
出典:勝海舟『氷川清話』出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です
学者になる学問は容易なるも、無学になる学問は困難なり
読み・現代語:物知りになる勉強はたやすいが、知識を捨てられるようになるのは難しい。
覚えた知識にしがみつくと、目の前の状況が見えなくなるという指摘です。勝は蘭学も航海術も学びましたが、前例や理屈より現場の判断を優先しました。学んだ人ほど耳が痛い、学びについての言葉です。
出典:『勝海舟全集』出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です
この人の歩み
1823年、江戸の貧しい旗本の家に生まれました。蘭学を独学で修め、高価な辞書を借りて二部を写し、一部を売って生活費にしたという逸話が残ります。1860年、咸臨丸で太平洋を渡り、アメリカを実際に見ました。帰国後、身分制の強い社会と、能力で人を使う社会の違いをはっきり語っています。
幕府の海軍操練所を率い、身分を問わずに人を集めました。坂本龍馬もその一人です。1868年、新政府軍が江戸へ迫ると、幕府側の代表として西郷隆盛と会談します。江戸城を明け渡し、市街での戦闘を避ける合意をまとめました。百万人が住む都市を焼かずに済ませた判断は、双方の決断によるものです。維新後は新政府に招かれて海軍卿などを務めますが、旧幕臣の生活の面倒を見ることに多くの時間を使いました。
1899年に亡くなりました。晩年の談話をまとめた『氷川清話』では、明治政府にも辛口の批評を残しています。勝った側にも負けた側にも距離を置いた立ち位置が、この人の言葉を独特のものにしています。
この言葉が映すもの
- 和(対立を調停し、場を保つ)対立を調停し、場を保つ
自分の側が負ける局面で交渉に立ち、江戸での市街戦を避ける形をまとめました。
- 学(学び続ける、外から学ぶ柔軟さ)学び続ける、外から学ぶ柔軟さ
貧しい家から蘭学を独学し、辞書を書き写して知識を手に入れています。
- 誠(言と行を一致させる)言と行を一致させる
維新後も旧幕臣の生活を引き受け、勝った側に取り入りませんでした。
つながる人
関わりのある人

西郷隆盛
さいごう たかもり/1828–1877/幕末・維新
維新を進め、維新に反した人
薩摩藩を代表する立場で新政府をつくった中心人物です。のちに政府と対立して郷里へ戻り、西南戦争で敗れて生涯を終えました。

坂本龍馬
さかもと りょうま/1836–1867/幕末・維新
敵同士を、引き合わせた人
土佐藩を脱藩し、海運と貿易の結社を興した志士です。対立していた薩摩と長州を結ぶ役目を果たし、新しい政治体制の案も示しました。

福沢諭吉
ふくざわ ゆきち/1835–1901/明治
学ぶことを、独立の条件にした人
西洋の制度と考え方を紹介し、慶應義塾を開いた思想家です。身分ではなく学問が人の立場を決めると説き、その本は当時の大ベストセラーになりました。
近い言葉の人

吉田松陰
よしだ しょういん/1830–1859/幕末・維新
二年足らずで、次の世代を育てた人
長州の兵学者です。密航に失敗して幽閉されたのち、松下村塾で教えた期間はごく短いものでしたが、そこから明治維新を動かす人が多く出ました。

緒方洪庵
おがた こうあん/1810–1863/幕末・維新
医は自分のためではないと書いた人
大坂で適塾を開いた蘭方医です。天然痘の予防に取り組み、医師の心得を訳して残しました。福沢諭吉ら多くの人材が学んでいます。

内村鑑三
うちむら かんぞう/1861–1930/明治
後世に何を残すかを問うた人
教会に属さない信仰を説いた思想家です。教育勅語への敬礼をめぐって職を失い、開戦論が大勢を占めるなかで日露戦争にも反対し続けました。
出典
- ウィキペディア日本語版「勝海舟」(CC BY-SA 4.0)
- ウィキクォート日本語版「勝海舟」(CC BY-SA 4.0)
- ウィキペディア日本語版「江戸開城」(CC BY-SA 4.0)
肖像:published by 東洋文化協會 (The Eastern Culture Association)/(1) The Japanese book "幕末・明治・大正 回顧八十年史" (Memories for 80 years, Bakumatsu, Meiji, Taisho). (2) Newton.com.tw [1]/Public domain/出典ページ
本文は上記を参照して編者が要約・再構成したものです。原文の転載ではありません。