
松尾芭蕉
まつお ばしょう/Basho Matsuo
1644–1694/江戸
- 俳人
- 紀行作家
十七音を、文学にした人
言葉遊びだった俳諧を、風景と心を写す文学に変えた俳人です。旅を続けながら句を作り、紀行文『おくのほそ道』を残しました。
言葉
古池や 蛙飛びこむ 水の音
読み・現代語:古池(ふるいけ)に、蛙(かわず)が飛びこむ。その水の音。
芭蕉の代表作として最も知られる句です。蛙が飛び込む音を置いただけで、その前後の静けさが浮かびます。感想を書かずに、事実だけで場を伝える。芭蕉が俳諧に持ち込んだ方法が、この十七音に表れています。
出典:松尾芭蕉の句(『蛙合』ほかに所収)出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です
月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也
読み・現代語:月日は永遠に旅を続ける旅人であり、来ては去る年もまた旅人だ。
『おくのほそ道』の書き出しです。時間そのものを旅人と見ることで、自分の旅も特別ではなくなります。人生を長い移動の一部として置く見方が、最初の一行で示されました。旅立ちの前に置かれた宣言です。
ことばの意味
- 過客
- :通り過ぎていく旅人のこと。
- 百代
- :とても長い年月のこと。「永遠」に近い意味です。
出典:松尾芭蕉『おくのほそ道』出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です
松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ
読み・現代語:松のことは松から、竹のことは竹から学びなさい。
弟子の服部土芳が書き残した芭蕉の教えです。自分の思いつきを対象に当てはめるのではなく、対象をよく見て、そこから受け取れというもの。観察が先で、表現は後という順番を、短く言い切っています。
出典:服部土芳『三冊子』出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です
この人の歩み
1644年、伊賀(いまの三重県)に生まれました。若いころ主家に仕えて俳諧に触れ、主人の死をきっかけに江戸へ出ます。当時の俳諧は、機知や言葉遊びを競う座の文芸でした。芭蕉は点者として身を立てますが、次第にその流行から離れていきます。
深川の草庵に移り、庭の芭蕉の株から号を取りました。1684年以降、たびたび旅に出ます。『野ざらし紀行』『笈の小文』を経て、1689年には弟子の曾良と東北・北陸を回り、後に『おくのほそ道』としてまとめました。芭蕉が求めたのは、その場の景色を借りて心の動きを写すことです。作者の感想を先に述べるのではなく、事実を置いて読み手に渡す。この方法によって、十七音の短い形が文学として成立しました。「不易流行」、つまり変わらないものと移り変わるものを両方見る考え方も、この時期に示されています。
1694年、旅の途中の大坂で亡くなりました。門下から多くの俳人が出て、その方法は現在の俳句へ受け継がれています。
この言葉が映すもの
- 美(簡素・余白・見立て)簡素・余白・見立て
説明を削り、余白と音だけで場面を立ち上げる書き方を確立しました。
- 匠(手仕事を極める、細部への敬意)手仕事を極める、細部への敬意
十七音という制約のなかで語の順序を練り上げ、推敲を重ねています。
- 学(学び続ける、外から学ぶ柔軟さ)学び続ける、外から学ぶ柔軟さ
対象から学べと説き、旅先で見たものに合わせて自分の作風を変え続けました。
つながる人
関わりのある人
近い言葉の人
出典
- ウィキペディア日本語版「松尾芭蕉」(CC BY-SA 4.0)
- ウィキペディア日本語版「おくのほそ道」(CC BY-SA 4.0)
- ウィキペディア日本語版「三冊子」(CC BY-SA 4.0)
肖像:Morikawa Kyoriku (1656-1715)/http://www.sonic.net/~tabine/SAABasho_etc_Spring_2005/basho_folder/SAASpring2005_Basho_01.html/Public domain/出典ページ
本文は上記を参照して編者が要約・再構成したものです。原文の転載ではありません。

