ことのは年代記

稲盛和夫(いなもりかずお)

いなもり かずお/Kazuo Inamori

1932–2022/近現代の経営者

  • 実業家
  • 技術者

動機(どうき)は善(ぜん)か、と自分(じぶん)に問(と)うた経営者(けいえいしゃ)

京セラ(きょうせら)を創業(そうぎょう)し、通信会社(つうしんかいしゃ)を興(おこ)し、経営破綻(けいえいはたん)した航空会社(こうくうかいしゃ)を立て直(たてなお)した経営者(けいえいしゃ)です。判断(はんだん)の前(まえ)に動機(どうき)を確(たし)かめる方法(ほうほう)を説(と)きました。

言葉

動機善(どうきぜん)なりや、私心(ししん)なかりしか

読み・現代語:その動機(どうき)は善(よ)いものか。そこに自分(じぶん)の欲(よく)は混(ま)じっていないか。

通信事業(つうしんじぎょう)へ参入(さんにゅう)するかどうかを決(き)める前(まえ)、半年(はんとし)にわたって自分(じぶん)に問(と)い続(つづ)けたという言葉(ことば)です。成功(せいこう)するかではなく、なぜやるのかを先(さき)に確(たし)かめました。大(おお)きな決断(けつだん)の前(まえ)に置(お)く、自分(じぶん)への二(ふた)つの質問(しつもん)です。

ことばの意味

私心(ししん)
:自分だけが得をしたいという気持ちのこと。

出典:稲盛和夫(いなもりかずお)『生き方(いきかた)』ほか出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です

人生(じんせい)・仕事(しごと)の結果(けっか)=考え方(かんがえかた)×熱意(ねつい)×能力(のうりょく)

読み・現代語:人生(じんせい)や仕事(しごと)の結果(けっか)は、考え方(かんがえかた)と熱意(ねつい)と能力(のうりょく)の掛け算(かけざん)で決(き)まる。

結果(けっか)を三(みっ)つの要素(ようそ)の掛け算(かけざん)で説明(せつめい)した式(しき)です。能力(のうりょく)や熱意(ねつい)は0から100ですが、考え方(かんがえかた)だけはマイナスにもなる。方向(ほうこう)が間違(まちが)っていれば、力(ちから)があるほど悪(わる)い結果(けっか)になるという意味(いみ)が込(こ)められています。

出典:稲盛和夫(いなもりかずお)『生き方(いきかた)』ほか出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です

この人の歩み

1932年(ねん)、鹿児島(かごしま)に生(う)まれました。志望(しぼう)した大学(だいがく)や就職(しゅうしょく)に相次(あいつ)いで失敗(しっぱい)し、入(はい)った会社(かいしゃ)は給料(きゅうりょう)の遅配(ちはい)が続(つづ)く状態(じょうたい)でした。そこでセラミックスの研究(けんきゅう)に打ち込(うちこ)み、成果(せいか)を出(だ)します。1959年(ねん)、二十七歳(にじゅうななさい)で仲間(なかま)とともに京都(きょうと)セラミツク(現在(げんざい)の京セラ(きょうせら))を創業(そうぎょう)しました。

創業(そうぎょう)まもない時期(じき)、社員(しゃいん)から将来(しょうらい)の保証(ほしょう)を求(もと)められた経験(けいけん)が、経営(けいえい)の考え方(かんがえかた)を決(き)めます。会社(かいしゃ)は自分(じぶん)の技術(ぎじゅつ)を試(ため)す場(ば)ではなく、社員(しゃいん)とその家族(かぞく)の生活(せいかつ)を預(あず)かる場(ば)だと考(かんが)えるようになりました。組織(そしき)を小(ちい)さな採算単位(さいさんたんい)に分(わ)け、それぞれが数字(すうじ)を持(も)つアメーバ経営(けいえい)を作(つく)ります。1984年(ねん)には通信自由化(つうしんじゆうか)に合(あ)わせて第二電電(だいにでんでん)を設立(せつりつ)しました。巨大(きょだい)な既存企業(きそんきぎょう)に挑(いど)む決断(けつだん)の前(まえ)、半年(はんとし)にわたって自分(じぶん)に問(と)い続(つづ)けたと語(かた)っています。動機(どうき)は善(よ)いか、私心(ししん)はないか、という問(と)いです。2010年(ねん)、七十八歳(ななじゅうはちさい)で経営破綻(けいえいはたん)した日本航空(にほんこうくう)の会長(かいちょう)を無報酬(むほうしゅう)で引(ひ)き受(う)け、二年余(にねんあま)りで再上場(さいじょうじょう)まで導(みちび)きました。

2022年(ねん)に亡(な)くなりました。技術者(ぎじゅつしゃ)、経営者(けいえいしゃ)、そして自(みずか)らの経営哲学(けいえいてつがく)を書(か)いた著者(ちょしゃ)として知(し)られます。

この言葉が映すもの

  • 誠(言と行を一致させる)言と行を一致させる

    決断(けつだん)の前(まえ)に自分(じぶん)の動機(どうき)を疑(うたが)う手順(てじゅん)を、繰り返(くりかえ)し実行(じっこう)しています。

  • 経営破綻(けいえいはたん)した航空会社(こうくうかいしゃ)の再建(さいけん)を、無報酬(むほうしゅう)で引(ひ)き受(う)けました。

  • 粘(諦めず積み上げる)諦めず積み上げる

    受験(うしるし)も就職(しゅうしょく)も失敗(しっぱい)した状態(じょうたい)から、目(め)の前(まえ)の研究(けんきゅう)に打ち込(うちこ)んで結果(けっか)を出(だ)しています。

関わりのある人

近い言葉の人

  • 田中正造の肖像

    田中正造(たなかしょうぞう)

    たなか しょうぞう/1841–1913/明治

    公害(こうがい)に生涯(しょうがい)を使(つか)った代議士(だいぎし)

    足尾銅山(あしおどうざん)の鉱毒被害(こうどくひがい)を訴(うった)え続(つづ)けた政治家(せいじか)です。議員(ぎいん)の職(しょく)を辞(じ)し、天皇(てんのう)へ直訴(じきそ)し、最後(さいご)は廃村(はいそん)にされる被害地(ひがいち)の村(むら)へ自(みずか)ら移り住(うつりす)みました。

  • 安藤百福(あんどうももふく)

    あんどう ももふく/1910–2007/近現代の経営者

    四十八歳(よんじゅうはちさい)から、即席麺(そくせきめん)を作(つく)った人(ひと)

    事業(じぎょう)に失敗(しっぱい)して無一文(むいちもん)になったあと、自宅(じたく)の小屋(こや)で即席麺(そくせきめん)を発明(はつめい)した実業家(じつぎょうか)です。食(しょく)が足(た)りてこそ世(よ)は平(たい)らかになると説(と)きました。

  • 宮沢賢治の肖像

    宮沢賢治(みやざわけんじ)

    みやざわ けんじ/1896–1933/大正・昭和(文化・学術)

    ほとんど読(よ)まれずに書(か)き続(つづ)けた人(ひと)

    岩手(いわて)で農業(のうぎょう)を教(おし)えながら詩(し)と童話(どうわ)を書(か)いた人(ひと)です。生前(せいぜん)に世(よ)へ出(で)た作品(さくひん)はごくわずかで、手帳(てちょう)や原稿(げんこう)が見(み)つかった死後(しご)に読者(どくしゃ)が広(ひろ)がりました。

同じ時代の人:広岡浅子、豊田佐吉、小林一三、出光佐三

出典

肖像:利用条件を満たす画像が確認できなかったため、掲載していません。代わりに、この人物の軸の色でつくった模様を表示しています。

本文は上記を参照して編者が要約・再構成したものです。原文の転載ではありません。