柿本人麻呂
かきのもと の ひとまろ/Kakinomoto no Hitomaro
生没年不詳/古代・飛鳥奈良
- 歌人
- 官人
歌の型をつくった人
万葉集を代表する歌人です。長歌の構成と対句の使い方を整え、後の和歌が使える型をつくった人として、のちに歌聖と呼ばれました。
言葉
東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ
読み・現代語:東の野に夜明けの光が立つのが見えて、振り返ると、西の空で月が傾いていた。
夜明けの一瞬を、東と西を見比べるだけで描いた歌です。感想はひと言も入っていません。視線を動かすことで時間が動いて見える。説明せずに伝える方法が、はっきり形になっています。
ことばの意味
- かぎろひ
- :夜明けに東の空が明るくなること。日の出の前の光のこと。
出典:『万葉集』巻一出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です
敷島の大和の国は言霊の幸はふ国ぞま幸くありこそ
読み・現代語:この国は、言葉の力が幸いをもたらす国だ。どうか無事でいてください。
旅立つ人へ贈られた歌です。言葉そのものに力が宿るという古い考え方が、はっきり言われています。声に出した願いが相手に届くという前提で、送る側ができることをした一首として読めます。
ことばの意味
- 敷島
- :「大和(日本)」の前に置く飾りの言葉。
- 言霊
- :口に出した言葉には力が宿るという昔からの考え方のこと。
出典:『万葉集』巻十三(人麻呂歌集に伝わる歌)出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります
この人の歩み
生没年は分かっていません。七世紀の終わりから八世紀の初めにかけて、持統天皇の時代を中心に活躍しました。官人としての位はさほど高くなかったと考えられていますが、宮廷の行事で歌を詠む役を務めています。
人麻呂の特徴は、歌に構造を持ち込んだ点にあります。長歌では、情景を積み上げてから主題に入り、最後に短い反歌で締めるという型を確立しました。対句を重ねて調子を作る手法も多用しています。皇子の死を悼む挽歌では、亡くなった人の生前を長く描いてから、いま目の前にある不在を置くという運び方をとりました。読み手の感情を、構成そのもので動かす方法です。旅の歌、別れの歌、宮廷を讃える歌と、扱った題材も幅広く残っています。夜明けの野で、東に日の光が立ち、振り返れば西に月が傾いているという一首は、視線の移動だけで時間の推移を見せた例として知られます。
没後、歌の名手として神格化され、後世には歌聖と呼ばれました。作品は『万葉集』に長歌・短歌あわせて数百首が伝わります。
この言葉が映すもの
- 匠(手仕事を極める、細部への敬意)手仕事を極める、細部への敬意
長歌の構成と対句の使い方を整え、後の歌人が使える型として残しました。
- 美(簡素・余白・見立て)簡素・余白・見立て
感想を書かず、視線の移動と情景だけで時間や感情を見せています。
つながる人
関わりのある人
額田王
ぬかた の おおきみ/生没年不詳/古代・飛鳥奈良
国の場面で歌を詠んだ女性
万葉集を代表する女性歌人です。船出や狩りといった公の場面で、その場を代表して歌を詠む役を担いながら、隠しきれない私的な感情の歌も残しました。

大伴家持
おおとも の やかもち/718–785/古代・飛鳥奈良
万葉集をまとめたとされる歌人
万葉集に最も多くの歌を残し、その編纂に深く関わったとされる官人です。農民や防人など、名も身分も分からない人の歌を同じ本に収めました。
近い言葉の人
出典
- ウィキペディア日本語版「柿本人麻呂」(CC BY-SA 4.0)
- ウィキペディア日本語版「万葉集」(CC BY-SA 4.0)
肖像:利用条件を満たす画像が確認できなかったため、掲載していません。代わりに、この人物の軸の色でつくった模様を表示しています。
本文は上記を参照して編者が要約・再構成したものです。原文の転載ではありません。

