ことのは年代記

大野耐一(おおのたいいち)

おおの たいいち/Taiichi Ohno

1912–1990/大正・昭和(文化・学術)

  • 技術者
  • 生産管理

なぜを五回(ごかい)、繰り返(くりかえ)させた人(ひと)

トヨタ生産方式(せいさんほうしき)をまとめた技術者(ぎじゅつしゃ)です。現場(げんば)に立(た)って無駄(むだ)を数(かぞ)え、原因(げんいん)を五回(ごかい)さかのぼって突き止(つきと)める方法(ほうほう)を定着(ていちゃく)させました。

言葉

なぜを五回(ごかい)繰り返(くりかえ)せ

読み・現代語:「なぜ」という問(と)いを五回(ごかい)くり返(かえ)して、本当(ほんとう)の原因(げんいん)まで下(お)りていきなさい。

原因(げんいん)を探(さぐ)るときの手順(てじゅん)として定着(ていちゃく)させた言葉(ことば)です。一回目(いちかいめ)の答(こた)えは、たいてい表面(ひょうめん)の症状(しょうじょう)にすぎません。五回下(ごかいお)りると設計(せっけい)や仕組(しく)みに行き着(いきつ)きます。人(ひと)を責(せ)める場所(ばしょ)から、直(なお)せる場所(ばしょ)へ移(うつ)すための手順(てじゅん)でもあります。

出典:大野耐一(おおのたいいち)『トヨタ生産方式(せいさんほうしき)』出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です

動(うご)いていることと、働(はたら)いていることは違(ちが)う

読み・現代語:体(からだ)や機械(きかい)が動(うご)いていることと、価値(かち)を生(う)んでいることは同(おな)じではない。

忙(いそが)しく見(み)える作業(さぎょう)のうち、実際(じっさい)に価値(かち)を生(う)んでいる部分(ぶぶん)を切り分(きりわ)ける考え方(かんがえかた)です。運搬(うんぱん)や手直(てなお)しは動(うご)きであって働(はたら)きではない、と区別(くべつ)しました。忙(いそが)しさを成果(せいか)と取り違(とりちが)えないための、現場(げんば)の物差(ものさ)しです。

出典:大野耐一(おおのたいいち)『トヨタ生産方式(せいさんほうしき)』の考え方(かんがえかた)出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります

この人の歩み

1912年(ねん)、中国(ちゅうごく)の大連(たいれん)に生(う)まれました。名古屋高等工業学校(なごやこうとうこうぎょうがっこう)を出(で)て豊田紡織(とよだぼうしょく)に入(はい)り、戦後(せんご)にトヨタ自動車(とよたじどうしゃ)工業(こうぎょう)へ移(うつ)ります。当時(とうじ)の日本(にっぽん)の自動車生産(じどうしゃせいさん)は、米国(べいこく)の会社(かいしゃ)との差(さ)が大(おお)きく開(ひら)いていました。同(おな)じ設備(せつび)を買(か)う資金(しきん)はありません。大野(おおの)が取り組(とりく)んだのは、設備(せつび)ではなく流(なが)し方(かた)を変(か)えることでした。

豊田喜一郎(とよだきいちろう)が唱(とな)えたジャスト・イン・タイムを、現場(げんば)で動(うご)く形(かたち)にしていきます。後(ご)の工程(こうてい)が使(つか)った分(ぶん)だけ前(まえ)の工程(こうてい)が作(つく)る「かんばん」、一人(いちにん)が複数(ふくすう)の機械(きかい)を見(み)る多台持(ただいも)ち、異常(いじょう)があれば誰(だれ)でもラインを止(と)められる仕組(しく)み。作(つく)りすぎ、手待(てま)ち、運搬(うんぱん)など、無駄(むだ)を種類(しゅるい)ごとに数え上(かぞえあ)げて減(へ)らしました。原因(げんいん)を探(さぐ)るときは、なぜを五回(ごかい)繰り返(くりかえ)させます。表面(ひょうめん)の対処(たいしょ)で終(お)わらせないためです。この方法(ほうほう)は1978年(ねん)の著書(ちょしょ)『トヨタ生産方式(せいさんほうしき)』でまとめられ、各国(かっこく)の製造業(せいぞうぎょう)に広(ひろ)がりました。現場(げんば)に立(た)ち、床(ゆか)に円(えん)を描(えが)いてそこから一日中(いちにちちゅう)ラインを見(み)させる指導(しどう)でも知(し)られます。

1990年(ねん)に亡(な)くなりました。設備投資(せつびとうし)ではなく段取(だんど)りで差(さ)をつけた例(れい)として語(かた)られます。

この言葉が映すもの

  • 匠(手仕事を極める、細部への敬意)手仕事を極める、細部への敬意

    現場(げんば)に立(た)って作業(さぎょう)を数(かぞ)え、段取(だんど)りそのものを設計(せっけい)し直(なお)しました。

  • 学(学び続ける、外から学ぶ柔軟さ)学び続ける、外から学ぶ柔軟さ

    原因(げんいん)を五回(ごかい)さかのぼるという、学(まな)び方(かた)の手順(てじゅん)を組織(そしき)に組み込(くみこ)んでいます。

  • 粘(諦めず積み上げる)諦めず積み上げる

    設備(せつび)を買(か)う資金(しきん)がない条件(じょうけん)のまま、流(なが)し方(かた)の改善(かいぜん)を何十年(なんじゅうねん)も積み上(つみあ)げました。

関わりのある人

  • 豊田喜一郎(とよだきいちろう)

    とよだ きいちろう/1894–1952/近現代の経営者

    織機(しょっき)の会社(かいしゃ)で、車(くるま)を作(つく)り始(はじ)めた人(ひと)

    織機(しょっき)メーカーの中(なか)に自動車部門(じどうしゃぶもん)を立(た)ち上(あ)げた技術者(ぎじゅつしゃ)です。必要(ひつよう)なものを必要(ひつよう)なときに必要(ひつよう)なだけ流(なが)す考え方(かんがえかた)を持ち込(もちこ)み、のちの生産方式(せいさんほうしき)のもとをつくりました。

  • 豊田佐吉の肖像

    豊田佐吉(とよださきち)

    とよだ さきち/1867–1930/近現代の経営者

    機械(きかい)が自分(じぶん)で異常(いじょう)に気(き)づく仕組(しく)みを作(つく)った人(ひと)

    大工(だいく)の家(いえ)に生(う)まれ、独学(どくがく)で自動織機(じどうしょっき)を発明(はつめい)した人(ひと)です。糸(いと)が切(き)れたら機械(きかい)が自分(じぶん)で止(と)まる仕組(しく)みは、いまも生産現場(せいさんげんば)の考え方(かんがえかた)のもとになっています。

  • 西堀栄三郎(にしぼりえいざぶろう)

    にしぼり えいざぶろう/1903–1989/大正・昭和(文化・学術)

    石橋(いしばし)は叩(たた)いても渡(わた)れないと言(い)った人(ひと)

    真空管(しんくうかん)の国産化(こくさんか)や品質管理(ひんしつかんり)の普及(ふきゅう)に関(かか)わった技術者(ぎじゅつしゃ)です。南極観測隊(なんきょくかんそくたい)の第一次越冬隊長(だいいちじえっとうたいちょう)も務(つと)め、新(あたら)しいことの始(はじ)め方(かた)を書き残(かきのこ)しました。

近い言葉の人

同じ時代の人:牧野富太郎、樋口一葉、与謝野晶子、平塚らいてう

出典

肖像:利用条件を満たす画像が確認できなかったため、掲載していません。代わりに、この人物の軸の色でつくった模様を表示しています。

本文は上記を参照して編者が要約・再構成したものです。原文の転載ではありません。