ことのは年代記
小野小町の肖像

小野小町おののこまち

おの の こまち/Ono no Komachi

生没年不詳/平安

  • 歌人

おとろえを、はないろいた歌人かじん

六歌仙ろっかせんかぞえられる女性歌人じょせいかじんです。こいときうつろいを掛詞かけことばかさねたうたのこし、その生涯しょうがいには後世こうせいおおくの伝説でんせつ積み重つみかさなりました。

言葉

はないろうつりにけりないたづらに我が身わがみにふるながめせしまに

読み・現代語:はないろはすっかりあせてしまった。むなしく、わたし長雨ながあめをながめ、物思ものおもいにふけっているうちに。

はないろあせと自分じぶん容色ようしょく長雨ながあめ物思ものおもいを、掛詞かけことば二重にじゅうかさねたうたです。なげきの言葉ことばひとつも使つかっていません。ぎた時間じかんりょうだけをしめして、うしなったものを読み手よみて計算けいさんさせるつくりになっています。

ことばの意味

いたづらにいたずらに
:何の役にも立たないまま、むだに、という意味。
ながめながめ
:ぼんやり物思いにふけること。「長雨」の意味もかけています。

出典:『古今和歌集こきんわかしゅう』(百人一首ひゃくにんいちしゅ 九番きゅうばん出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です

おもひつつればやひとえつらむゆめりせばめざらましを

読み・現代語:おもいながらねむったから、あのひとゆめてきたのだろうか。ゆめっていたら、めないでいたのに。

えない相手あいてに、ゆめのなかでだけえたといううたです。めたことをやんでいます。現実げんじつはいらないものがゆめるという、いまもわらない仕組しくみを、千百年前せんひゃくねんまえ言葉ことばきとめました。

出典:『古今和歌集こきんわかしゅう出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です

この人の歩み

生没年なまぼつねん出自しゅつじかっていません。九世紀きゅうせいきなかば、仁明天皇にんみょうてんのうころ宮廷きゅうてい活躍かつやくしたとかんがえられています。『古今和歌集こきんわかしゅう』の序文じょぶんで、紀貫之きのつらゆき小町こまちうたを、身分みぶんたか女性じょせいなやみをかかえているようなおもむきがあるとひょうしました。

のこされたうたおおくはこいうたです。ただし、相手あいてへのうったえというより、時間じかんぎることそのものをつめたうた目立めだちます。長雨ながあめ物思ものおもい、はないろ自分じぶん容色ようしょく掛け合かけあわせた一首いちしゅは、掛詞かけことば幾重いくえにもかさねながら、意味いみにごらずにとおります。ゆめのなかでひとうたおおのこしました。えない相手あいてゆめでだけえるという状況じょうきょうを、繰り返くりかえんでいます。技法ぎほう複雑ふくざつですが、あつかっている感情かんじょう単純たんじゅんで、そこがながまれてきた理由りゆうとされます。

没後ぼつご絶世ぜっせい美人びじんであったという伝説でんせつひろがりました。年老としおいてちぶれた姿すがたえがのう説話せつわつくられ、実像じつぞうとはかけはなれた物語ものがたり積み重つみかさなっています。たしかにのこっているのは、二十首足にじゅうしゅたらずのうただけです。名前なまえのこふる時代じだい女性じょせいほど、後世こうせい物語ものがたりおおわれやすいことをしめれいでもあります。

この言葉が映すもの

  • (簡素・余白・見立て)簡素・余白・見立て

    なげきの言葉ことば使つかわず、はな長雨ながあめ置き換おきかえて時間じかん経過けいかせました。

  • (言と行を一致させる)言と行を一致させる

    えない、めてしまったという事実じじつを、かざらずにそのままうたにしています。

関わりのある人

近い言葉の人

  • 額田王ぬかたのおおきみ

    ぬかた の おおきみ/生没年不詳/古代・飛鳥奈良

    くに場面ばめんうたんだ女性じょせい

    万葉集まんようしゅう代表だいひょうする女性歌人じょせいかじんです。船出ふなでりといったおおやけ場面ばめんで、その代表だいひょうしてうたやくにないながら、かくしきれない私的してき感情かんじょううたのこしました。

  • 菅原道真の肖像

    菅原道真すがわらのみちざね

    すがわら の みちざね/845–903/平安

    学問がくもんのぼり、政争せいあらそながされたひと

    学者がくしゃいえまれ、右大臣うだいじんまでのぼった文人ぶんじんです。政争せいあらそやぶれて大宰府だざいふながされ、のちに学問がくもんかみとしてまつられるようになりました。

  • 鴨長明の肖像

    鴨長明かものちょうめい

    かもの ちょうめい/1155–1216/鎌倉・室町

    災害さいがい記録きろくを、書き残かきのこしたひと

    方丈記ほうじょうき』をいた随筆家ずいひつかです。おそった火災かさい飢饉ききん地震じしん具体的ぐたいてき記録きろくし、ちいさな組み立くみたしきあん晩年ばんねんごしました。

同じ時代の人:空海菅原道真紀貫之紫式部

出典

肖像:Suzuki Harunobu/Art Institute of Chicago [1]/Public domain/出典ページ

本文は上記を参照して編者が要約・再構成したものです。原文の転載ではありません。