ことのは年代記

近松門左衛門ちかまつもんざえもん

ちかまつ もんざえもん/Monzaemon Chikamatsu

1653–1725/江戸

  • 劇作家

実際じっさい事件じけんを、そのつき芝居しばいにしたひと

人形浄瑠璃にんぎょうじょうるり歌舞伎かぶき作者さくしゃです。実際じっさいきた心中事件しんじゅうじけん短期間たんきかん舞台ぶたいにかけ、庶民しょみんらしと義理ぎり板挟いたばさみをえがきました。

言葉

げいといふものは実と虚じつときょとの皮膜ひにくにあるものなり

読み・現代語:げいというものは、本当ほんとううそのあいだの、うすまくのようなところにある。

近松ちかまつかたった芸論げいろんとして、弟子筋でしすじ書物しょもつ記録きろくされたものです。事実じじつをそのままうつしても、作り物つくりものせすぎてもとどかない。その境目さかいめねらえという指示しじになっています。表現ひょうげん設計せっけいについての古典的こてんてき基準きじゅんです。

ことばの意味

皮膜ひにく
:うすい膜のこと。ここでは本当と嘘のあいだのきわどい境目を指します。

出典:穂積以貫ほづみもっぬき難波土産なにわみやげ』にしるされた近松ちかまつだん出典の確度:諸説あり。本人の言葉とされますが、表現や場面に諸説あります

こののなごり、よるもなごり、ににをたとふれば

読み・現代語:このとのわかれ、よるとのわかれ。にに自分じぶんをたとえるなら。

曽根崎心中そねざきしんじゅう』の道行みちゆき場面ばめん書き出かきだしです。実際じっさい事件じけんからいちげつかれました。おなまちきるひとを、うつくしい言葉ことば置き換おきかえて舞台ぶたいせる。当時とうじとしてはあたらしい題材だいざいあつかかたでした。

出典:近松門左衛門ちかまつもんざえもん曽根崎心中そねざきしんじゅう道行みちゆき出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です

この人の歩み

1653ねん武士ぶしいえまれたとされます。きょう公家くげつかえたのち、浄瑠璃じょうるり作者さくしゃになりました。当時とうじ芝居しばい主流しゅりゅうは、歴史れきし伝説でんせつあつか時代物じだいものです。近松ちかまつもその分野ぶんや成功せいこうしますが、あたらしい領域りょういきひらきます。

1703ねん大坂おおさか実際じっさいきた心中事件しんじゅうじけん題材だいざいに『曽根崎心中そねざきしんじゅう』をきました。事件じけんからいちげつほどで上演じょうえんされています。登場とうじょうするのは、醤油屋しょうゆや手代てだい遊女ゆうじょという、客席きゃくせきにいるひとおな身分みぶん人物じんぶつでした。武将ぶしょう貴族きぞくではなく、となりにいそうなひと物語ものがたり舞台ぶたいせたことになります。以後もっご、『心中天網島しんじゅうてんもうとう』『冥途めいど飛脚ひきゃく』など、義理ぎり人情にんじょう板挟いたばさみで身動みうごきがれなくなる人々ひとびとつづけました。作品数さくひんすう百三十ひゃくさんじゅうえます。げいについての考え方かんがえかた弟子筋でしすじ書き残かきのこしており、そこでは、げい本当ほんとううそ境目さかいめにあるとべられています。写実しゃじつだけでも作り物つくりものだけでも、ひとこころうごかないという主張しゅちょうです。

1725ねんくなりました。同時代どうじだい事件じけん同時代どうじだい言葉ことば舞台ぶたいにする方法ほうほうは、その演劇えんげきがれています。

この言葉が映すもの

  • (手仕事を極める、細部への敬意)手仕事を極める、細部への敬意

    本当ほんとううそ境目さかいめという基準きじゅんち、台詞だいし言葉ことばづかいまでつくみました。

  • (簡素・余白・見立て)簡素・余白・見立て

    悲惨ひさん事件じけんを、そのままではなくいん言葉ことば置き換おきかえて舞台ぶたいせています。

  • 英雄えいゆうではなく、客席きゃくせきおな身分みぶん人物じんぶつ主人公しゅじんこうにするかたちひらきました。

関わりのある人

近い言葉の人

同じ時代の人:宮本武蔵貝原益軒松尾芭蕉石田梅岩

出典

肖像:利用条件を満たす画像が確認できなかったため、掲載していません。代わりに、この人物の軸の色でつくった模様を表示しています。

本文は上記を参照して編者が要約・再構成したものです。原文の転載ではありません。