ことのは年代記
宮本武蔵の肖像

宮本武蔵(みやもとむさし)

みやもと むさし/Musashi Miyamoto

1584–1645/江戸

  • 剣術家
  • 兵法家
  • 画家

勝(か)ち方(かた)を、言葉(ことば)にした剣客(けんきゃく)

六十回(ろくじゅうかい)を超(こ)える勝負(しょうぶ)に生き残(いきのこ)ったと伝(つた)えられる剣術家(けんじゅつか)です。晩年(ばんねん)に兵法書(へいほうしょ)『五輪書(ごりんのしょ)』を書(か)き、水墨画(すいぼくが)にも優(すぐ)れた作品(さくひん)を残(のこ)しました。

言葉

我事(わがごと)において後悔(こうかい)をせず

読み・現代語:自分(じぶん)のしたことについて、あとから悔(く)やまない。

自分(じぶん)への戒(いまし)めを並(なら)べた『独行道(どっこうどう)』の一条(いちじょう)です。反省(はんせい)しないという意味(いみ)ではなく、決(き)めた以上(もっうえ)は引(ひ)きずらないという構(かま)えを指(さ)します。次(つぎ)の一手(いって)が必要(ひつよう)な場面(ばめん)で、過去(かこ)に気(き)を取(と)られない。勝負(しょうぶ)を続(つづ)ける人(ひと)の姿勢(しせい)です。

出典:宮本武蔵(みやもとむさし)『独行道(どっこうどう)』出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です

千日(せんにち)の稽古(けいこ)を鍛(たん)とし、万日(まんにち)の稽古(けいこ)を練(れん)とす

読み・現代語:千日(せんにち)の稽古(けいこ)を「鍛(たん)」と呼(よ)び、一万日(いちまんにち)の稽古(けいこ)を「練(れん)」と呼(よ)ぶ。

『五輪書(ごりんのしょ)』にある言葉(ことば)です。千日(せんにち)はおよそ三年(さんねん)、一万日(いちまんにち)は約二十七年(やくにじゅうななねん)。上達(じょうたつ)に必要(ひつよう)な時間(じかん)を、日数(にっすう)で具体的(ぐたいてき)に示(しめ)しました。才能(さいのう)の話(はなし)に逃(に)げず、まず日数(にっすう)を数(かぞ)える。稽古(けいこ)の量(りょう)を見積(みつ)もるための物差(ものさ)しです。

ことばの意味

鍛(たん)
:千日、つまり約三年の稽古のこと。武蔵が決めた稽古の単位です。
練(れん)
:一万日、つまり約二十七年の稽古のこと。

出典:宮本武蔵(みやもとむさし)『五輪書(ごりんのしょ)』出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です

観(かん)の目(め)つよく、見(み)の目(め)よわく

読み・現代語:全体(ぜんたい)を見通(みとお)す目(め)を強(つよ)く働(はたら)かせ、目(め)に映(うつ)るものを追(お)う目(め)は弱(よわ)くしておく。

『五輪書(ごりんのしょ)』水之巻(みずのまき)で説(と)いた観察(かんさつ)のしかたです。相手(あいて)の刀先(かたなさき)ばかり見(み)ると全体(ぜんたい)を見失(みうしな)う、という警告(けいこく)になっています。細部(さいぶ)に引(ひ)きずられず場(ば)を見(み)る。試合(しあい)に限(かぎ)らず、物事(ものごと)の見方(みかた)として広(ひろ)く読(よ)まれてきました。

ことばの意味

観の目(かんのめ)
:全体を見わたす目のこと。宮本武蔵は、これを強く働かせよと説きました。
見の目(けんのめ)
:目に映るものを追いかける目のこと。武蔵は、こちらは弱くしておけと説きました。

出典:宮本武蔵(みやもとむさし)『五輪書(ごりんのしょ)』水之巻(みずのまき)出典の確度:確実。本人の著作や記録で確認できる言葉です

この人の歩み

1584年(ねん)ごろに生(う)まれました。出身地(しゅっしんち)には播磨(はりま)とも美作(みまさか)とも説(せつ)があります。十三歳(じゅうさんさい)で初(はじ)めて勝負(しょうぶ)をしたと自(みずか)ら記(しる)しており、若(わか)いころから諸国(しょこく)を回(まわ)って腕(うで)を試(ため)しました。京(きょう)の吉岡一門(よしおかいちもん)との対決(たいけつ)や、巌流島(がんりゅうじま)での佐々木小次郎(ささきこじろう)との勝負(しょうぶ)が広(ひろ)く知(し)られていますが、細部(さいぶ)は後世(こうせい)の物語(ものがたり)で膨(ふく)らんだ部分(ぶぶん)も多(おお)いとされます。

武蔵(むさし)の特徴(とくちょう)は、勝(か)った経験(けいけん)を型(かた)として書き残(かきのこ)した点(てん)にあります。両手(りょうて)に刀(かたな)を持(も)つ二天一流(にてんいちりゅう)を編み出(あみだ)し、晩年(ばんねん)は熊本(くまもと)の細川家(ほそかわか)に客分(きゃくぶん)として迎(むか)えられました。1643年(ねん)から翌年(よくねん)にかけて、洞窟(どうくつ)にこもって『五輪書(ごりんのしょ)』を書(か)きます。地(ち)・水(みず)・火(ひ)・風(かぜ)・空(そら)の五巻(ごかん)からなり、構(かま)えや間合い(まあい)だけでなく、相手(あいて)をどう観察(かんさつ)するか、日々(ひび)どう稽古(けいこ)するかまで具体的(ぐたいてき)に述(の)べています。同(おな)じころ書(か)いた『独行道(どっこうどう)』は、自分(じぶん)に課(か)した二十一(にじゅういち)の戒(いまし)めを並(なら)べたものです。水墨画(すいぼくが)では「枯木鳴鵙図(かれきなもずず)」などが伝(つた)わり、剣以外(けんもっそと)の分野(ぶんや)でも評価(ひょうか)されています。

1645年(ねん)に亡(な)くなりました。『五輪書(ごりんのしょ)』はいまも複数(ふくすう)の言語(げんご)に訳(やく)され、勝負(しょうぶ)の考え方(かんがえかた)を書(か)いた本(ほん)として読(よ)まれ続(つづ)けています。

この言葉が映すもの

  • 匠(手仕事を極める、細部への敬意)手仕事を極める、細部への敬意

    構(かま)えや間合い(まあい)を言葉(ことば)にし、他人(たにん)が再現(さいげん)できる形(かたち)にまで落とし込(おとしこ)みました。

  • 粘(諦めず積み上げる)諦めず積み上げる

    上達(じょうたつ)に必要(ひつよう)な時間(じかん)を日数(にっすう)で数(かぞ)え、二十年(にじゅうねん)を超(こ)える稽古(けいこ)を前提(ぜんてい)としています。

  • 学(学び続ける、外から学ぶ柔軟さ)学び続ける、外から学ぶ柔軟さ

    剣(けん)のほかに書画(しょが)にも取り組(とりく)み、別(べつ)の分野(ぶんや)の目(め)で自分(じぶん)の技(わざ)を見直(みなお)しました。

関わりのある人

近い言葉の人

同じ時代の人:貝原益軒、松尾芭蕉、近松門左衛門、石田梅岩

出典

肖像:Miyamoto Musashi/島田美術館所蔵/Public domain/出典ページ

本文は上記を参照して編者が要約・再構成したものです。原文の転載ではありません。