行基
ぎょうき/668–749/古代・飛鳥奈良
橋と池をつくった、歩く僧
都の外へ出て民衆に教えを説きながら、橋や池、道や宿を各地につくった僧です。国に禁じられても活動を続け、のちに大仏造立を任されました。
諦めず積み上げる
一日で終わらないことを、何十年も続けた人がいます。その時間そのものが言葉になっています。
ぎょうき/668–749/古代・飛鳥奈良
橋と池をつくった、歩く僧
都の外へ出て民衆に教えを説きながら、橋や池、道や宿を各地につくった僧です。国に禁じられても活動を続け、のちに大仏造立を任されました。

おおとも の やかもち/718–785/古代・飛鳥奈良
万葉集をまとめたとされる歌人
万葉集に最も多くの歌を残し、その編纂に深く関わったとされる官人です。農民や防人など、名も身分も分からない人の歌を同じ本に収めました。


どうげん/1200–1253/鎌倉・室町
ただ坐ることに、答えを置いた人
宋で学び、日本に曹洞宗を伝えた僧です。悟りを求めて坐るのではなく、坐ること自体が仏の姿だと説き、生活の細部まで修行として書き残しました。


たけだ しんげん/1521–1573/戦国・安土桃山
国を、人と堤でつくった人
甲斐を治めた戦国大名です。戦の強さで知られる一方、治水や法度、金山の経営など、領地の中を整える仕事に力を注ぎました。

うえすぎ けんしん/1530–1578/戦国・安土桃山
領土より、筋を選んだ武将
越後を治めた戦国大名です。頼まれて出兵することが多く、勝っても土地をあまり取らなかったため、義の武将と呼ばれてきました。

おだ のぶなが/1534–1582/戦国・安土桃山
古い仕組みを、壊してつくり直した人
尾張の一大名から天下統一の一歩手前まで進んだ武将です。市や関所のきまりを作り替え、鉄砲の運用や築城でも、前例のない手を先に試しました。

とよとみ ひでよし/1537–1598/戦国・安土桃山
身分の壁を、自分でこえた人
尾張の農民の家から関白まで上がり、天下統一を成し遂げた武将です。検地と刀狩で社会のしくみを整えた一方、朝鮮出兵は大きな犠牲を生みました。

とくがわ いえやす/1543–1616/戦国・安土桃山
待つことで、二百六十年を用意した人
人質として少年期を過ごし、二度の主君の死を経て天下を取った武将です。江戸幕府を開き、その後二百六十年余り続く体制の骨組みをつくりました。

だて まさむね/1567–1636/戦国・安土桃山
生まれるのが遅かった、と言われた大名
東北に大きな勢力を築いた大名です。天下統一に間に合わない時期に生まれ、その後は仙台の町づくりと海外への使節派遣に力を注ぎました。


かいばら えきけん/1630–1714/江戸
健康の作法を、庶民の言葉で書いた人
福岡藩に仕えた学者です。動植物を調べて記録する一方、養生訓など、生活のしかたを平易な仮名まじり文で広く書きました。

もとおり のりなが/1730–1801/江戸
三十五年かけて古事記を読み解いた人
医業のかたわら古典を研究した国学者です。読めなくなっていた古事記に三十五年をかけて注釈をつけ、物のあはれという読み方を示しました。

すぎた げんぱく/1733–1817/江戸
辞書なしで、西洋の本を訳した人
オランダ語の解剖書を仲間と翻訳し『解体新書』として刊行した医師です。手がかりのない状態からの翻訳作業を後に記録に残しました。

いのう ただたか/1745–1818/江戸
五十歳から、日本を歩いて測った人
商家を隠居したあと天文学を学び直し、五十五歳から十七年かけて全国を測量した人物です。歩測と天体観測で日本全図をつくりました。



にのみや そんとく/1787–1856/江戸
小さな積み上げで、村を建て直した人
水害で没落した家を自力で再興し、その方法を各地の農村再建に応用した農政家です。数字にもとづく計画と、勤労・分度・推譲の教えを残しました。

たなか ひさしげ/1799–1881/幕末・維新
からくり人形から蒸気機関まで作った人
からくり儀右衛門と呼ばれた発明家です。人形細工から万年時計、蒸気機関や電信機まで手がけ、七十代で東芝の源流となる工場を興しました。

よしだ しょういん/1830–1859/幕末・維新
二年足らずで、次の世代を育てた人
長州の兵学者です。密航に失敗して幽閉されたのち、松下村塾で教えた期間はごく短いものでしたが、そこから明治維新を動かす人が多く出ました。

たかすぎ しんさく/1839–1867/幕末・維新
身分を問わない軍隊をつくった人
長州藩の志士です。武士以外も入れる奇兵隊をつくり、二十七歳で亡くなるまでの数年で藩の方針を二度ひっくり返しました。


ひろおか あさこ/1849–1919/近現代の経営者
炭鉱に入り、銀行を興した人
両替商に嫁いだのち、自ら炭鉱と銀行の経営に乗り出した実業家です。晩年は女性が学べる場をつくることに力を注ぎました。

きたさと しばさぶろう/1853–1931/明治
治すより、防ぐを先に置いた医師
破傷風菌の純粋培養と血清療法に成功した細菌学者です。研究の場を自分で作り、日本の伝染病対策と医学教育の土台を築きました。

うちむら かんぞう/1861–1930/明治
後世に何を残すかを問うた人
教会に属さない信仰を説いた思想家です。教育勅語への敬礼をめぐって職を失い、開戦論が大勢を占めるなかで日露戦争にも反対し続けました。
まきの とみたろう/1862–1957/大正・昭和(文化・学術)
小学校を中退した植物学者
小学校を二年で中退し、独学で植物学を修めた学者です。新種や新変種を千五百以上命名し、精密な植物画もすべて自分で描き続けました。



とよだ さきち/1867–1930/近現代の経営者
機械が自分で異常に気づく仕組みを作った人
大工の家に生まれ、独学で自動織機を発明した人です。糸が切れたら機械が自分で止まる仕組みは、いまも生産現場の考え方の土台になっています。

ひぐち いちよう/1872–1896/大正・昭和(文化・学術)
十四か月で書ききった作家
貧しさと闘いながら小説を書いた作家です。最後の一年余りに『たけくらべ』などの代表作が集中し、二十四歳で亡くなりました。

まつした こうのすけ/1894–1989/近現代の経営者
物より先に、人を作ると言った人
町工場から世界的な電機メーカーを育てた経営者です。事業の目的を暮らしを豊かにすることに置き、人を育てる話を繰り返しました。

みやざわ けんじ/1896–1933/大正・昭和(文化・学術)
ほとんど読まれずに書き続けた人
岩手で農業を教えながら詩と童話を書いた人です。生前に世へ出た作品はごくわずかで、手帳や原稿が見つかった死後に読者が広がりました。
ほんだ そういちろう/1906–1991/近現代の経営者
失敗の数を隠さなかった技術者
町の修理工から出発し、二輪車で世界最大の生産規模に届く会社を育てた技術者です。自分の過去は失敗の連続だったと繰り返し語りました。
あんどう ももふく/1910–2007/近現代の経営者
四十八歳から、即席麺を作った人
事業に失敗して無一文になったあと、自宅の小屋で即席麺を発明した実業家です。食が足りてこそ世は平らかになると説きました。
くろさわ あきら/1910–1998/大正・昭和(文化・学術)
何度でも撮り直した監督
『羅生門』『七人の侍』などで知られる映画監督です。脚本を自ら書き、細部に手を入れ続ける仕事のしかたで知られました。
おおの たいいち/1912–1990/大正・昭和(文化・学術)
なぜを五回、繰り返させた人
トヨタ生産方式をまとめた技術者です。現場に立って無駄を数え、原因を五回さかのぼって突き止める方法を定着させました。
てづか おさむ/1928–1989/大正・昭和(文化・学術)
描く速さより、描く量で道を作った人
戦後の漫画の形を作り、テレビアニメの仕組みも立ち上げた作家です。生涯に十五万枚を超える原稿を描いたとされます。
いなもり かずお/1932–2022/近現代の経営者
動機は善か、と自分に問うた経営者
京セラを創業し、通信会社を興し、経営破綻した航空会社を立て直した経営者です。判断の前に動機を確かめる方法を説きました。