
聖徳太子
しょうとく たいし/574–622/古代・飛鳥奈良
話し合いを、国のきまりに書いた人
推古天皇のもとで政治にあたった皇族です。位を家柄でなく能力で分ける制度を整え、争いを避けて議論する心得を条文に残しました。
公のために働く
自分の取り分より先に、まわりのことを考えた人たち。理想論ではなく、実務としてそうしています。

しょうとく たいし/574–622/古代・飛鳥奈良
話し合いを、国のきまりに書いた人
推古天皇のもとで政治にあたった皇族です。位を家柄でなく能力で分ける制度を整え、争いを避けて議論する心得を条文に残しました。
ぎょうき/668–749/古代・飛鳥奈良
橋と池をつくった、歩く僧
都の外へ出て民衆に教えを説きながら、橋や池、道や宿を各地につくった僧です。国に禁じられても活動を続け、のちに大仏造立を任されました。

おおとも の やかもち/718–785/古代・飛鳥奈良
万葉集をまとめたとされる歌人
万葉集に最も多くの歌を残し、その編纂に深く関わったとされる官人です。農民や防人など、名も身分も分からない人の歌を同じ本に収めました。

くうかい/774–835/平安
学びを、誰にでも開こうとした人
唐で密教を学んで持ち帰り、真言宗を開いた僧です。書にも土木にも通じ、身分を問わず学べる学校を都に開くなど、宗教の外側の仕事も自分で引き受けました。


たけだ しんげん/1521–1573/戦国・安土桃山
国を、人と堤でつくった人
甲斐を治めた戦国大名です。戦の強さで知られる一方、治水や法度、金山の経営など、領地の中を整える仕事に力を注ぎました。

かいばら えきけん/1630–1714/江戸
健康の作法を、庶民の言葉で書いた人
福岡藩に仕えた学者です。動植物を調べて記録する一方、養生訓など、生活のしかたを平易な仮名まじり文で広く書きました。


にのみや そんとく/1787–1856/江戸
小さな積み上げで、村を建て直した人
水害で没落した家を自力で再興し、その方法を各地の農村再建に応用した農政家です。数字にもとづく計画と、勤労・分度・推譲の教えを残しました。

おがた こうあん/1810–1863/幕末・維新
医は自分のためではないと書いた人
大坂で適塾を開いた蘭方医です。天然痘の予防に取り組み、医師の心得を訳して残しました。福沢諭吉ら多くの人材が学んでいます。

さいごう たかもり/1828–1877/幕末・維新
維新を進め、維新に反した人
薩摩藩を代表する立場で新政府をつくった中心人物です。のちに政府と対立して郷里へ戻り、西南戦争で敗れて生涯を終えました。

しぶさわ えいいち/1840–1931/明治
日本資本主義の父
五百を超える会社の設立に関わった実業家です。もうけと道徳は両立すると説き、同時に六百近い社会事業にも生涯にわたって手を貸し続けました。


きたさと しばさぶろう/1853–1931/明治
治すより、防ぐを先に置いた医師
破傷風菌の純粋培養と血清療法に成功した細菌学者です。研究の場を自分で作り、日本の伝染病対策と医学教育の土台を築きました。

にとべ いなぞう/1862–1933/明治
太平洋の橋になろうとした人
農学者であり教育者です。英語で『武士道』を著して日本の道徳観を外へ伝え、のちに国際連盟の事務次長として各国の調整にあたりました。

おかくら てんしん/1863–1913/明治
捨てられかけた日本美術を残した人
西洋化のなかで軽んじられた日本の美術を再評価し、美術学校を作った人です。英語で書いた『茶の本』は各国で読まれました。
こばやし いちぞう/1873–1957/近現代の経営者
何も無い沿線に、暮らしを作った人
乗る人のいない鉄道を引き受け、沿線に住宅地・遊園地・劇場・百貨店を作って、需要そのものを生み出した実業家です。私鉄経営の基本形をつくりました。
いでみつ さぞう/1885–1981/近現代の経営者
社員を解雇しなかった経営者
石油販売会社を一代で築いた経営者です。敗戦で事業のすべてを失った時も社員を解雇せず、その方針を生涯変えませんでした。
ひらつか らいちょう/1886–1971/大正・昭和(文化・学術)
女性は太陽であったと書いた人
女性だけの文芸雑誌『青鞜』を創刊した思想家です。女性の自立と母性の保護を論じ、戦後は平和運動にも関わりました。
やなぎ むねよし/1889–1961/大正・昭和(文化・学術)
無名の職人の器に美を見た人
日々使われる日用品にこそ美しさがあると説き、民藝運動を始めた思想家です。各地を歩いて名もない職人の手仕事を集め、記録に残しました。
まつした こうのすけ/1894–1989/近現代の経営者
物より先に、人を作ると言った人
町工場から世界的な電機メーカーを育てた経営者です。事業の目的を暮らしを豊かにすることに置き、人を育てる話を繰り返しました。

みやざわ けんじ/1896–1933/大正・昭和(文化・学術)
ほとんど読まれずに書き続けた人
岩手で農業を教えながら詩と童話を書いた人です。生前に世へ出た作品はごくわずかで、手帳や原稿が見つかった死後に読者が広がりました。
ゆかわ ひでき/1907–1981/大正・昭和(文化・学術)
日本人初のノーベル賞、その後に平和運動
中間子の存在を予言し、日本人として初めてノーベル賞を受けた物理学者です。受賞後は核兵器をなくす運動に長く関わり続けました。
あんどう ももふく/1910–2007/近現代の経営者
四十八歳から、即席麺を作った人
事業に失敗して無一文になったあと、自宅の小屋で即席麺を発明した実業家です。食が足りてこそ世は平らかになると説きました。
いなもり かずお/1932–2022/近現代の経営者
動機は善か、と自分に問うた経営者
京セラを創業し、通信会社を興し、経営破綻した航空会社を立て直した経営者です。判断の前に動機を確かめる方法を説きました。
いわた さとる/1959–2015/現代の技術者
社長になってもプログラマだった人
自分でコードを書き続けたゲーム開発者であり、任天堂の社長を務めた人です。技術者の立場から、遊ぶ人の側に立った製品を出しました。
まつもと ゆきひろ/1965–没年不詳/現代の技術者
楽しさを設計目標に置いた言語作者
プログラミング言語Rubyを作った技術者です。処理の速さより、書く人が読みやすく楽しく書けることを設計の目標に置きました。