4-1製品戦略
米粉ベーグルの発売日が、来月の第1月曜に決まりました。狙う客は「駅へ急ぐ朝の通勤客」です。ところが、決めることはそこから山のように出てきます。店長は「最初は300円にして、評判が立ったら下げればいい」と言い、ミナトは「最初から200円にして、まず1回食べてもらいたい」と返します。通販でも売るのか、店頭だけにするのか。商店街にチラシを配るのか、ネットに広告を出すのか。話がまとまらないまま、試しに1週間、ベーグルを店の棚に並べてみました。その週の終わり、ミナトはレジの記録を見て手を止めます。いちばんの売れ筋だったクロワッサンが、前の週より3割も売れていなかったのです。
相棒に相談すると、最初に返ってきたのは「ベーグルは、店の中でどんな役目のパンにしたいの」という問いでした。値段も売り場も広告も、その答えしだいで変わります。マーケティングの戦略は、ふつう製品・価格・流通・プロモーションの四つに分けて考えます。第3章で見た4Pの、それぞれの中身を決める作業です。
ここから基本情報!製品の行き先を決める
四つを決める前に、製品そのものが何を目指すのかを決めておく考え方があります。その製品が将来どんな姿になり、誰の何を変えるのかを描いたものをプロダクトビジョンといいます。基本情報のシラバスは、これを「定義・共有・進化」させるものとして挙げています。描いて終わりではなく、店長とミナトのように作る人・売る人の全員で同じ絵を持ち、客の反応や競合の動きに合わせて描き直していく、という意味です。こむぎ堂なら「駅へ急ぐ人が、片手で食べられる朝ごはん」がベーグルのプロダクトビジョンになります。
基本情報の範囲ここまで
製品には、生まれてから消えるまでの一生があります。店に並んだばかりの新しいパンは、まだ誰にも知られていません。知られると売上が伸び、やがてどの店にも似たパンが並んで伸びが止まり、最後は売れなくなります。製品が市場に出てから退くまでの流れを、売上と利益の動きで四つの段階に分けて捉える考え方がプロダクトライフサイクル(PLC)です。段階によって、とるべき手が変わります。
ここから基本情報!四つの段階と延ばし方
最初の導入期は、製品が出たばかりで知られておらず、売上が少ない時期です。広告や試食にお金がかかるので、利益はたいてい赤字か、出てもわずかです。知ってもらうことが仕事になります。
次の成長期には、評判が広がって売上が急に伸び、利益も出始めます。売れると分かれば、ほかの店も似た製品を出してきます。作る量を増やし、売る場所を広げ、ほかの店との違いを打ち出す時期です。
売上の伸びが鈍り、ほぼ横ばいになるのが成熟期です。買う人はひととおり買い終え、残った客を店どうしで取り合うので、値下げの競争が起きやすくなります。こむぎ堂の食パンは、ベイクマートの100円の食パンと戦っているので、この段階にあります。新しい客を探すより、いまの客に選び続けてもらう工夫が中心になります。
最後の衰退期には、需要そのものが減り、売上も利益も下がっていきます。続けるか、やめるか、ほかの製品に作る手間を回すかを判断する時期です。
衰退期に入りかけた製品でも、すぐにやめるとは限りません。新しい使い道や新しい客を見つけて、製品の一生を延ばす取り組みをライフサイクルエクステンションといいます。朝に売れなくなったラスクを、贈り物用の箱に詰めて通販で売る、というのがその例です。製品を変えるのではなく、売る相手と場面を変えて、もう一度成長させます。
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こむぎ堂の食パンが値下げの競争に巻き込まれているのは、食パンという製品の事情でもあります。どの店の食パンも、見た目も味もあまり変わらなく見えてくると、客は値段だけで選ぶようになります。製品の機能や品質の違いが客に見えなくなり、価格のほかに選ぶ理由がなくなることをコモディティ化といいます。コモディティ化した製品では、安く大量に作れる大手が有利です。米粉ベーグルは、地元の米粉と天然酵母という、まねされにくい違いを持った製品として出すことになりました。
では、クロワッサンが売れなくなったのはなぜでしょう。レジの記録を見比べると、朝の客の多くが、いつものクロワッサンの代わりにベーグルを買っていました。店全体の売上はほとんど増えていません。このように、自社の新しい製品が、自社のほかの製品の客を奪ってしまうことをカニバリゼーション(共食い)といいます。ほかの店の客を連れてきてこそ、新製品は店の売上を増やします。
ここから基本情報!製品の組み合わせ
ベーグルとクロワッサンの食い合いは、製品を一つずつではなく、組み合わせで考える必要を示しています。用途や客が近く、まとめて扱う製品のまとまりを製品ラインといいます。こむぎ堂なら「朝ごはんのパン」が一つの製品ラインで、食パン・クロワッサン・ベーグルがその中に並びます。店が扱う製品ラインの全体(朝ごはんのパン、焼き菓子、贈り物用のラスク)を製品ミックスと呼び、どの製品ラインを持ち、それぞれに何品並べるかを決めることが製品戦略の一部になります。
持っている製品や事業の組み合わせを、市場の伸びや自社の強さで評価し、どこにお金と手間を回すかを決める考え方を製品ポートフォリオといいます。第1章で見たPPMは、この考え方を市場成長率と市場占有率の2軸の表にしたものです。
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4-2価格戦略
値段の話し合いは、夜の作業場で続いていました。「300円でも買う人はいるよ。米粉だし、手間がかかってるんだから」と店長。「でも高いと、最初の1個を試してもらえないよ」とミナト。相棒は「値段を決める理由は、原価、客の感じる値打ち、ほかの店の値段、の三つがある。どれから決める?」と返してきました。
値段を決めるやり方は、何を出発点にするかで分かれます。作るのにかかった費用から決めるのか、客がいくら払ってもよいと感じるかから決めるのか、競合がいくらで売っているかから決めるのか。出発点が違えば、同じベーグルにも違う値段が付きます。
ここから基本情報!原価から決めるか、値打ちから決めるか
費用を出発点にする方法がコストプラス法です。製品1個を作る費用(原価)に、決めた割合の利益を足して値段にします。米粉ベーグルの原価を、材料費と焼く手間を合わせて1個150円としましょう。原価の4割を利益として上乗せするなら、150 + 150 × 0.4 = 210円です。計算が簡単で、売れれば必ず利益が残りますが、客がその値段を高いと感じるか安いと感じるかは考えていません。
反対に、客が感じる値打ちを出発点にする方法がバリュープライシングです。店頭で聞いてみると、朝の通勤客の多くは「駅で片手で食べられて、昼までお腹がもつなら280円まで出す」と答えました。値打ちから決めるなら、原価が150円でも280円を付けられます。原価との差の130円が、まねされにくい違いへの対価です。
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新しい製品を出すときの値段には、二つの正反対の戦略があります。店長の案は、最初は高い値段を付け、新しいものに高くてもお金を払う客から先に利益を得て、時間とともに値段を下げていくやり方で、スキミングプライシング(上澄み吸収価格)といいます。鍋の上に浮いた上澄みを先にすくい取るように、高くても買う層から順に売っていきます。
ミナトの案は、最初から安い値段を付け、多くの客に一気に試してもらって、早く市場に広める(浸透させる)やり方で、ペネトレーションプライシング(市場浸透価格)といいます。1個あたりの利益は小さくても、たくさん売れて客が定着すれば、全体で取り返せるという考え方です。競合が後から入ってきにくくなる効果もあります。
どちらが正しいかは、製品と相手で決まります。まねされにくい違いがあり、高くても欲しい客がはっきりいるならスキミングが、毎日買ってもらう日用品で、試してもらうことが最初の壁ならペネトレーションが向いています。毎朝買ってほしいベーグルは後者に近い、とミナトは考えました。
値段は、一度決めたら動かさないものとも限りません。通販の予約で、混む朝7時台の受け取りは高く、空いている10時以降は安くする。需要の大きさや時間帯、在庫の残りに合わせて、値段をこまめに変えていく方法をダイナミックプライシング(変動価格制)といいます。飛行機の座席やホテルの料金、スポーツの観戦券で広く使われています。
1個ずつ売るのではなく、使う期間に対して決まった料金をもらう売り方もあります。月3,000円で、平日の朝に毎日1個ベーグルを受け取れる、という会員の仕組みがその例で、サブスクリプションモデル(サブスクリプション)といいます。店にとっては毎月の売上の見通しが立ち、客にとっては1個ずつ買うより安くなります。
無料の部分を入り口にする売り方には、別の悩みがあります。通販のサイトで米粉パンのレシピ動画を無料で見せ、続きは有料の会員にする仕組みにすると、無料の部分だけを見て一度もお金を払わない人が必ず出てきます。費用を負担せずに、他者が用意した便益だけを受け取ることをフリーライド(ただ乗り)といいます。無料の部分をどこまで広げるかは、フリーライドの多さと、有料に進む人の多さとの兼ね合いで決めます。
取引先との値段の約束にも、後から調整する仕組みがあります。駅の売店にベーグルを卸すとき、「1か月に300個を超えて売れたら、その月の代金の5%を売店に返す」と決めておくとします。売買が終わった後で、代金の一部を相手に払い戻すこの仕組みをリベート(割戻し)といいます。売る前に値段を下げる値引きと違い、売れた量に応じて後から払うので、相手にたくさん売ってもらう動機になります。
4-3流通戦略
「通販でもベーグルを売ろうよ」とミナトが言うと、店長は首を振りました。「焼いた日に食べるのがいちばんおいしいんだ。箱に詰めて2日かけて届けたら、別のパンになる」。売る場所の選び方一つで、届く味まで変わってしまいます。
製品が作り手から客に届くまでの道筋を、流通経路(チャネル)といいます。こむぎ堂の場合、店の棚、通販、駅の売店がそれぞれ一つのチャネルです。どのチャネルを持つか、それぞれに何を任せるかを決めるのが流通戦略です。
駅前のベイクマートの店は、本部と契約した加盟店だそうです。本部が、店の名前(商標)や作り方・売り方のノウハウ、仕入れの仕組みを加盟店に使わせ、加盟店はその対価(ロイヤリティ)を本部に払う。この形で店を広げていく仕組みをフランチャイズチェーンといいます。本部は自分でお金を出さずに店の数を増やせ、加盟店は最初から知られた看板で商売を始められます。コンビニエンスストアの多くもこの形です。
こむぎ堂の通販は、インターネットで注文を受けて代金をもらう自前のWebサイト、つまりECサイトです。ECは電子商取引(Electronic Commerce)の略です。店に来られない人にも売れる一方で、焼きたてを届けられないという、店長が気にした弱みもあります。
ミナトが考えたのは、チャネルを分けて使うのではなく、つなげて使う方法でした。前の晩に通販で予約し、朝は店の棚の横の受け取り口で受け取る。ポイントは店でも通販でも同じように貯まり、どちらの買い物の記録も一つの会員番号にまとまる。店舗・ECサイト・SNSなど、客との接点になるすべてのチャネルをつなぎ、どこで買っても同じ客として扱い、切れ目のない買い物の体験を作る考え方をオムニチャネルといいます。焼きたての味は店で、注文の手軽さは通販で、という分担ができます。
ここから基本情報!チャネルをつなぐ・借りる・持たない
ばらばらに動いていた複数のチャネルの在庫・顧客情報・ポイントの仕組みを一つにまとめ、互いに連携させる取り組みをチャネル統合といいます。オムニチャネルが目指す客の体験だとすれば、チャネル統合はそれを実現するための店の側の作業です。通販の予約数が店の焼く数の計画に入り、店で売り切れた品は通販でも注文を止める、というところまでつながって、はじめて客から見て一つの店になります。
自前のECサイトのほかに、大きなネットの商店街に出店する方法もあります。インターネット上に多くのオンラインショップを集め、一つの入り口から買い物できるようにしたものをバーチャルモール(オンラインモール)といいます。運営者が集客や決済を引き受けてくれるので客は集まりやすくなりますが、出店料や売上に応じた手数料がかかります。
在庫も配送も持たずに売る方法もあります。注文を受けるのは売り手でも、商品はメーカーや卸から客へ直接送ってもらう仕組みをドロップシッピングといいます。こむぎ堂の通販で、ベーグルに合う農園のジャムを一緒に売るとき、ジャムを店に置かず、注文が入るたびに農園から客へ直送してもらうのがその例です。売り手は在庫の心配がない代わりに、品質や届く日を自分で確かめられません。
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チャネルの話と並べて、取引を「誰が誰に売るか」で分ける呼び方も覚えておきます。企業が消費者に売るのがB to C、企業どうしの取引がB to Bです。逆に、消費者が企業に商品やサービスを提供する取引をC to B(Consumer to Business)といいます。客がSNSに載せたベーグルの写真を、こむぎ堂が買い取ってチラシに使うのは、C to Bの取引です。
相手が行政のこともあります。市役所が学校の給食のパンを発注するとき、パン屋はインターネットの電子入札に参加します。企業と政府・自治体との取引をB to G(Business to Government)といい、電子入札や、企業が行う電子申請が例です。
製品がパンではなく金融商品のこともあります。店長は、店の休みの日に、スマートフォンで個人の株の売買をしています。インターネットを通じて株式などを売買する仕組みをオンライントレードといい、証券会社が個人の客に売る、B to Cの電子商取引の一つです。
4-4プロモーション戦略
発売を知らせる方法でも、店長とミナトの意見は分かれました。店長は商店街に配るチラシを刷りたいと言い、ミナトはスマートフォンで見られるネット広告を出したいと言います。相棒の問いは「お金を払って知らせるのか、ほかの人に伝えてもらうのか、店の中で買う気にさせるのか、どれを組み合わせる?」でした。
製品を客に知ってもらい、買いたいと思ってもらうための働きかけが、プロモーションです。手段は大きく三つに分かれます。
一つめの広告は、店がお金を払って新聞・チラシ・テレビ・Webサイトなどの媒体の枠を買い、多くの人に向けて製品を知らせる方法です。何を、いつ、どの媒体で伝えるかを店が決められます。店長が刷りたいチラシも、ミナトの出したいネット広告も、ここに入ります。
二つめの販売促進(セールスプロモーション)は、割引券・試食・おまけ・期間限定のキャンペーンなどで、その場で買う気にさせる方法です。広告が「知ってもらう」ことに強いのに対し、販売促進は「いま買ってもらう」ことに強く、効き目は短い間に集中します。
三つめのパブリシティは、新聞社や放送局などの報道機関に情報を届け、ニュースや記事として取り上げてもらう方法です。ミナトが地元の新聞社に「地元の米粉で焼いたベーグルを発売します」という知らせを送り、記事になれば、広告費はかかりません。店が払う広告と違い、第三者が書いた記事は信用されやすい一方で、載るかどうかも、どう書かれるかも、店では決められません。
販売促進の中でも、店の中で行うものをインストアプロモーションといいます。レジの横で米粉ベーグルを切って試食に出す、棚に「焼き上がり7時」の手書きのPOP(店頭の案内札)を立てる、といった働きかけです。来店した客が、最後に何を買うかを決めるのは売り場なので、店の中の一押しが売上を左右します。
買ってくれる客に、もう一品を勧める方法もあります。ベーグルを買う客に「一緒に温かいスープはいかがですか」と、関連する別の商品を勧めて一緒に買ってもらうことをクロスセリングといいます。似た言葉のアップセリングは、同じ種類のもっと高い商品(ベーグル1個の代わりに、3個入りの袋)を勧めることです。
短い期間の大きな割引で、客を一気に集める方法もあります。「発売記念、48時間だけベーグル半額」をSNSと通販で知らせるような売り方をフラッシュマーケティングといいます。期限があるので、客はすぐに動きます。ただ、割引の間だけ来て二度と来ない客ばかりなら、店には赤字だけが残ります。
4-5インターネット広告
チラシの見積もりは、3,000枚の印刷と配布で4万円でした。ミナトは「そのチラシを見て店に来た人が何人いたか、どうやって数えるの」と聞きます。店長は答えられません。ネットの広告なら、見た人の数も、押した人の数も、買った人の数も数えられる、と相棒は言いました。
インターネット上の媒体(Webサイト、検索、SNS、電子メールなど)を使って、製品を知らせ、売り、客との関係を作っていく活動をまとめてWebマーケティングといいます。チラシとの大きな違いは、誰が見て、何をしたのかが記録として残り、数えられることです。
その中で、Webページや検索結果、SNS、アプリの画面などに載せる広告の総称がインターネット広告です。画面への出し方によって、いくつかの種類があります。
| 種類 | 出し方 | こむぎ堂の例 |
|---|---|---|
| バナー広告 | Webページの一部の枠に画像や動画で表示し、押すと広告主のページへ移る | 地域の情報サイトの端に、ベーグルの写真の枠を出す |
| オーバーレイ広告 | 見ているページの中身の上に重ねて表示する。閉じるボタンで消せることが多い | レシピサイトの記事の上に、発売の知らせを重ねて出す |
| リスティング広告(検索連動型広告) | 検索された語句に合わせて、検索結果のページに表示する | 「駅前 朝ごはん パン」と検索した人に、こむぎ堂の広告を出す |
3つのうち、リスティング広告は「いま探している人」に届く点が違います。バナー広告やオーバーレイ広告は、別のものを見ている人の目に入る広告なので、知らせる力はあっても、すぐに買う人は少なめです。一方、オーバーレイ広告は読みたい中身を隠すので、出し方によっては嫌われることもあります。
ここから基本情報!場所で出し分ける広告
スマートフォンのGPSなどから分かる利用者の位置に合わせて、その場所の近くにいる人に広告を出す方法をジオターゲティング広告(位置連動型広告)といいます。駅から500m以内にいる人にだけ、朝6時から9時の間に「焼きたてベーグル、改札から徒歩3分」と出す、という使い方ができます。店に来られない遠くの人にお金をかけずに済みます。
基本情報の範囲ここまで
電子メールで送る広告には、送る前に相手の同意を得るかどうかで二つの方式があります。受け取る人があらかじめ「広告メールを受け取ります」と同意した相手にだけ送るのがオプトインメール広告、同意を得ずに送り始め、受け取る人が「もう送らないで」と断るまで送り続けるのがオプトアウトメール広告です。こむぎ堂なら、通販の会員登録の画面に「新商品のお知らせをメールで受け取る」というチェック欄を設け、チェックした人にだけ送るのがオプトインです。
日本では、特定電子メールの送信の適正化等に関する法律が、広告や宣伝のメールを、あらかじめ同意した相手などに限って送るよう定めています。断られたら、その後は送れません。そのため、同意のない相手に送り始めるオプトアウトのやり方で広告メールを送ることは、原則としてできなくなっています。
広告の代金の払い方にも違いがあります。地元の料理ブログを書いている人が、記事でこむぎ堂のベーグルを紹介し、その記事のリンクから通販で買った人が出るたびに、こむぎ堂がブログの書き手に売上の1割を払う。自分のWebサイトやSNSで他社の製品を紹介し、そこから購入などの成果が出たときに報酬を受け取る仕組みをアフィリエイトといい、この形の広告をアフィリエイト広告と呼びます。広告を出す側は、売れたときにだけ払えばよいことになります。
ここから基本情報!成果で払う・成果で測る
アフィリエイトのように、表示されただけ、押されただけでは払わず、購入や会員登録などの成果が出たときにだけ広告主が料金を払う広告を、まとめて成功報酬型広告といいます。表示の回数や押された回数に応じて払う広告と比べ、広告主にとって無駄な出費が少なくなります。
広告の効果を、かけたお金に対する売上で測る指標がROAS(Return On Advertising Spend:広告費用対効果)です。広告経由の売上 ÷ 広告費 × 100 で求め、%で表します。ネット広告に1万円をかけ、その広告から通販で4万5,000円の注文が入ったなら、45,000 ÷ 10,000 × 100 = 450%です。チラシの4万円も、配った後の売上が数えられればROASを出せますが、どの客がチラシを見て来たのかを店頭で見分けるのは難しいでしょう。なお、ROASは売上で測るので、原価を引いた利益が残ったかどうかまでは示しません。
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4-6Webサイトの集客と改善
広告から来た人が着くのは、こむぎ堂の通販のページです。ところが、ネット広告を3日出してみると、ページまで来た人は300人いたのに、ベーグルを予約した人はわずか6人でした。「せっかく来てくれたのに、294人はどこへ行ったんだろう」とミナトはつぶやきます。
広告にお金をかける前に、まず検索で見つけてもらえるかどうかがあります。検索エンジンの、広告ではない通常の検索結果で、自分のページが上のほうに表示されるように、ページの中身や作りを整えることをSEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)といいます。ページの題名に「米粉ベーグル」「駅前」といった探されやすい語を入れる、読む人の役に立つ説明を書く、スマートフォンでも読みやすくする、といった工夫です。リスティング広告と違い、表示されること自体にお金はかかりませんが、効果が出るまで時間がかかり、順位の保証もありません。
ここから基本情報!来た人を数え、着いたページを直す
サイトの様子を知る基本の数がページビュー(PV)です。Webページが表示された回数のことで、同じ人が3回開けば3と数えます。何人が来たかとは数え方が違うので、来た人の数と取り違えないように注意します。
広告や検索結果を押した人が最初に着くページを、ランディングページといいます。このページを、来た人が目的の行動(予約や購入)まで進みやすいように直していくことをLPO(Landing Page Optimization:ランディングページ最適化)といいます。SEOがページまで人を連れてくる工夫だとすれば、LPOは来た人に帰らずに買ってもらう工夫です。こむぎ堂の場合、広告には「朝の駅で食べられる」と書いてあったのに、着いたページには贈り物用のラスクが大きく載っていました。広告を見て来た人が探しているものを、ページのいちばん上に置く必要があります。
基本情報の範囲ここまで
ページのどこを直せばよいかは、店長とミナトの勘では決まりません。そこで、ページを2つの案に分けて比べることにしました。案Aは、いまのページ。案Bは、いちばん上にベーグルの写真と「前の晩に予約、朝7時から受け取り」のボタンを置いたページです。来た人を無作為に半分ずつ、案Aと案Bに振り分けます。このように、2つの案を同じ期間に同時に出して、どちらが成果を上げるかを数で比べる方法をA/Bテストといいます。
| 案 | 来た人 | 予約した人 | 予約した人の割合 |
|---|---|---|---|
| 案A(いまのページ) | 1,000人 | 20人 | 20 ÷ 1,000 = 2.0% |
| 案B(ベーグルを上に) | 1,000人 | 34人 | 34 ÷ 1,000 = 3.4% |
来た人の数をそろえているので、割合をそのまま比べられます。案Bは案Aより1.4ポイント高く、同じ広告費で予約が1.7倍になる計算です。時期をずらして比べると、天気や曜日の違いも結果を左右してしまいますが、同時に出して無作為に振り分ければ、違いはページの差だと考えられます。
来た人に合わせて、見せる商品を変える仕組みもあります。過去にクロワッサンを予約した人には「クロワッサンと一緒にベーグルも」と、ミルクパンをよく買う人には別のパンを、というように、利用者の閲覧や購入の記録から、その人が興味を持ちそうな商品を選んで自動で示す仕組みをレコメンデーションといいます。ネット通販の「この商品を買った人はこんな商品も買っています」が、身近な例です。
サイトの外では、SNSが客との接点になります。焼き上がりの時間を毎朝投稿し、ベーグルの写真を載せた客の投稿を店のアカウントで紹介する。SNSでの発信や、客どうしの口コミの広がりを生かして、製品を知らせたり客との関係を作ったりする活動をSNSマーケティングといいます。
ページを何度も直すには、直すのが簡単でなければ続きません。こむぎ堂の通販は、HTMLを書かなくても、管理画面で文章と写真を入れ替えれば公開できる仕組みの上で動いています。Webサイトの文章や画像をまとめて管理し、専門の知識がなくても更新・公開できるようにする仕組みをコンテンツマネジメントシステム(CMS:Content Management System)といいます。案Bへの切り替えも、ミナトが管理画面で10分ほどで済ませました。
客ごとの連絡を、人の手から仕組みに移すこともできます。予約の画面までは進んだのに確定しなかった人に、翌朝「ご予約の途中でした」というメールを自動で送る。メールを開いた人には、次の週に新しいパンの知らせを送る。客の行動に合わせた働きかけを、システムで自動化する仕組みをマーケティングオートメーション(MA)といいます。メールを送るのは、オプトインで同意をもらった相手に限ります。
画面は店の外にもあります。店の入り口の横に置いた大きなディスプレイに、焼き上がりの時間と、焼きたてのベーグルの動画を流す。ディスプレイなどの電子的な表示機器を使って、店頭や駅、公共の場所で情報や広告を表示するものをデジタルサイネージ(電子看板)といいます。紙の看板と違い、時間帯によって表示を切り替えられるので、朝はベーグル、夕方は翌朝の予約の案内、という出し分けができます。
4-7マーケティング手法
ベーグルの売り方を決めるうちに、ミナトは同じ疑問に何度も戻ってきました。「結局、町の人みんなに知らせたいのか、通勤の人だけに知らせたいのか、それとも常連さん一人ひとりに声をかけたいのか」。相手の広さの決め方によって、マーケティングのやり方そのものが変わります。
マーケティングの手法は、客をどれくらいの単位で捉えるかで分けられます。町全体という大きな単位から、一人の客という小さな単位まで、捉え方の幅があります。
ここから基本情報!全員に同じものを届ける
いちばん大きな単位は、客を分けずに、同じ製品を同じ伝え方で、不特定多数の人に向けて売る方法です。これをマスマーケティングといいます。テレビの広告で全国に同じ商品を知らせ、大量に作って安く売る、大量生産・大量販売の時代の方法です。こむぎ堂のような小さな店が町の全員に同じチラシを配っても、ベーグルを欲しがらない人にまで紙と手間をかけることになります。
基本情報の範囲ここまで
客を、年齢・住む場所・生活の仕方・欲しいものなどの近い集団(セグメント)に分け、集団ごとに合った製品や売り方を用意する方法をセグメントマーケティングといいます。第3章で、こむぎ堂の客を「朝の通勤客」「昼の会社員」「年配の常連客」などに分けたのが、このための準備でした。
分けた集団の中から、狙う相手を一つか少数に絞り、その相手に合わせて製品と伝え方を決める方法をターゲットマーケティングといいます。米粉ベーグルが「駅へ急ぐ朝の通勤客」に向けて、片手で持てる大きさ、朝7時の焼き上がり、駅で見られる広告と、すべてを合わせているのはこの考え方です。
ここから基本情報!一人ひとりと、長く
単位をいちばん小さくすると、一人の客になります。客を一人ひとり別の相手として捉え、その人の好みや購入の記録に合わせて、勧める商品や伝え方を変える方法をワントゥワンマーケティングといいます。会員番号に残った買い物の記録から、毎週水曜にクロワッサンを2個買う人には、水曜の朝に「ベーグルとの組み合わせもどうぞ」と知らせる、といった対応です。
一度売って終わりにせず、客との長い付き合いを作り、続けて買ってもらうことを重く見る考え方をリレーションシップマーケティングといいます。新しい客を一人見つけるより、いまの客に通い続けてもらうほうが費用がかからない、という考えが背景にあります。常連客の誕生月に焼き菓子を一つ添える、といった積み重ねがその例です。
基本情報の範囲ここまで
店から客へ、直接に連絡をとる方法もあります。郵便のダイレクトメール、電子メール、電話などで、店から客一人ひとりに直接働きかけ、注文や問い合わせといった反応を受け取る方法をダイレクトマーケティングといいます。チラシを町に配るのと違い、誰に送り、そのうち誰が反応したかが分かります。
ダイレクトマーケティングのうち、電話を使うものをテレマーケティングといいます。店から客へ電話をかけて商品を案内するやり方と、客からの注文や問い合わせの電話を受けるやり方の両方を含みます。
媒体を一つに限らず、組み合わせて使う方法もあります。チラシにQRコードを載せて通販のページへ案内し、通販のページでSNSのアカウントを紹介し、SNSでは焼き上がりの写真を見せる。テレビ・新聞・チラシ・Webサイト・SNSなど複数の媒体を連携させ、それぞれの得意な役目を組み合わせて客を動かす方法をクロスメディアマーケティングといいます。店長の推すチラシとミナトの推すネット広告は、どちらかを選ぶのではなく、つないで使うこともできたわけです。
ここから基本情報!本番の前に小さく試す
冒頭の場面でこむぎ堂が、発売の前に1週間だけベーグルを棚に並べたのは、小さな試しでした。本格的に売り出す前に、地域や期間、店を限って実際に売ってみて、客の反応を確かめる方法を市場テスト(テストマーケティング)といいます。試食会やアンケートと違い、客がお金を払って買うかどうかが分かります。クロワッサンとの食い合いに発売前に気づけたのも、この1週間があったからです。
基本情報の範囲ここまで
客がいま「どこにいるか」を手がかりにする方法もあります。スマートフォンのGPSなどで分かる利用者の位置の情報を使い、店の近くを通りかかった人に、その場で使える割引券や近くの店の案内を届ける方法をロケーションベースマーケティングといいます。駅の改札を出た通勤客のスマートフォンに、こむぎ堂のアプリから「改札から徒歩3分、ベーグル焼き上がりました」と通知を出す、というのがその例です。
売上だけでなく、社会の役に立つことも目的に入れる考え方もあります。こむぎ堂が地元の農家の米から作った米粉を使い、「町の田んぼを残す朝ごはん」と伝えるのは、地域の農業を支えることも狙いに含めています。企業の利益に加えて、社会の課題の解決や暮らしのよさを目的とするマーケティングをソーシャルマーケティングといいます。
4-8プッシュ戦略とプル戦略
駅の売店にベーグルを置いてもらう話が決まりました。売店の人に試食してもらい、レジの横の目立つ所に並べてもらえれば、通勤客の目に入ります。一方でミナトは、客のほうから「こむぎ堂のベーグルはありますか」と聞いてくるようにしたい、とも考えていました。
製品を客まで届ける力の向きには、二つの考え方があります。メーカーや店の側から、販売員の働きかけや卸・小売店への営業によって、製品を客の方へ押し出していく販売の戦略がプッシュ戦略です。反対に、広告や評判によって客の関心を高め、客の方から製品を求めて店に来るように引き寄せる戦略がプル戦略です。二つは対で使われ、プッシュ戦略/プル戦略とまとめて呼ばれます。
駅の売店の人に試食を配り、店頭に並べて客に勧めてもらうのはプッシュ戦略です。ネット広告や記事でベーグルを知った客が、売店で「こむぎ堂のベーグルを」と指名して買うのがプル戦略です。客がまだ製品を知らず、店頭で比べて選ぶ製品ではプッシュが、名前で指名される製品ではプルが向いています。実際には、二つを組み合わせて使うことが多いでしょう。
情報の出し方にも、似た二つの向きがあります。チラシ、ダイレクトメール、売り込みの電話、Webの広告のように、店の側から客へ向けて一方的に情報を届けて働きかける方法をアウトバウンドマーケティングといいます。相手がまだ求めていないうちに届くので、数は届いても、うるさがられることがあります。
反対に、客の役に立つ情報をブログやSNS、動画などで発信しておき、それを探していた客に自分から見つけてもらい、関心を持ってもらう方法をインバウンドマーケティングといいます。ミナトが通販のサイトに「米粉ベーグルを朝ごはんにするなら」という食べ方の記事を書き、検索した人が読んで店を知る、というのがその例です。見つけてもらうまで時間はかかりますが、来る客は最初から関心を持っています。
同じ「インバウンド」でも、まったく別の意味で使われる語があります。駅前には最近、外国からの旅行者が増え、朝のベーグルを買っていく人もいます。外国人が日本を訪れることで、国内の宿泊・飲食・買い物などに生まれる需要をインバウンド需要といいます。反対に、日本に住む人が海外へ出かけることで生まれる需要(海外旅行のツアー、旅行用のかばんなど)をアウトバウンド需要といいます。
発売の前の週、ミナトは2種類の広告を同じ期間に出して比べました。町の全員に出す広告と、駅の近くにいる人のスマートフォンにだけ、朝6時から9時に出す広告です。費用は同じでしたが、後者から来た人の予約は3倍近くありました。店長はチラシを3,000枚から300枚に減らし、浮いたお金で朝の広告を続けることにします。値段は、試してもらう最初の1か月だけ200円、その後は260円。ベーグルはクロワッサンの棚の隣ではなく、レジの横の「駅へ持っていけるパン」の棚に移しました。
発売から1か月がたちました。朝のレジの記録では、ベーグルは毎朝60個前後が売れ、クロワッサンの売上も発売前とほぼ同じところまで戻っています。ベーグルを買っていたのは、クロワッサンの客ではなく、それまで駅の売店でおにぎりを買っていた通勤客でした。製品の役目を決め、値段の付け方を選び、売る場所をつなぎ、届け方を数で比べた結果です。
ただ、店長はレジの記録を見ながら首をかしげています。「毎朝60個は、いい数なのかな。去年の今ごろと比べて、うちは前に進んでいるのかな」。何を数えれば店が目指す姿に近づいているのか分かるのか、ミナトにも、まだ答えはありませんでした。