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  4. 第2章 競争戦略と事業戦略

経営戦略マネジメント 第2章 ストラテジ系・大分類:経営戦略

競争戦略と事業戦略

競合に勝つための基本戦略と、自社の強みや弱み、次に進む方向を見極めるための分析の手法。

2-1競争優位の源泉

金曜の朝、店の郵便受けに、駅前のベイクマートのチラシが入っていました。真ん中に大きく「食パン1斤100円」。こむぎ堂の食パンは280円です。店長はチラシを作業台に置き、「うちも100円にするか。お客さんが戻るなら、しばらくは赤字でもいい」と言いました。ミナトは電卓を出して、小麦粉とバターと光熱費を1斤ぶんに割ってみます。出てきた数字は、100円をはっきり上回っていました。相棒に送ると、こう返ってきます。「安さで勝つか、違いで勝つか、狭い所で勝つか。どれを選ぶかを決めるには、まず店の強みと、町の変化を書き出してみよう」。ミナトはホワイトボードの前に立ちました。

パン屋の店頭で、店長が「食パン1斤100円」のチラシを手にし、横でアルバイトが電卓で仕入れ値を計算している
図:ベイクマートのチラシと、1斤ぶんの原価を計算するミナト

ベイクマートは、なぜ100円で売れるのでしょうか。赤字覚悟の宣伝かもしれませんが、それだけなら長くは続きません。競合よりも有利な立場に立ち、その立場を続けて保てる状態を競争優位といいます。値段が安い、品質がよい、店が便利な場所にあるなど、優位の理由はさまざまです。一度だけ安く売れることではなく、その有利さが続くことに意味があります。

大手のチェーンが安く作れる理由の一つは、作る量の多さにあります。生産や事業の規模を大きくするほど、1個あたりのコストが下がることを規模の経済といいます。オーブンの代金や家賃のように、作る量に関係なくかかる費用(固定費)が、たくさんの製品に分かれて乗るからです。

数字で確かめてみます。固定費が1日3万円かかり、1斤の材料費が60円だとしましょう。1日に300斤焼くこむぎ堂なら、1斤に乗る固定費は100円で、材料費と合わせて160円です。同じ条件で1日1,500斤焼く店なら、固定費は1斤20円で、合わせて80円になります。100円の食パンは、こちらの店なら利益が出ます。

量がものをいうのは、一度に作る量だけではありません。これまでに作ってきた量の合計(累積生産量)が増えるほど、作業に慣れ、手順が改良されて、1個あたりのコストが一定の割合で下がっていく、という経験から知られた法則を経験曲線といいます。たとえば累積生産量が2倍になるたびに、1斤を仕上げる時間が2割ずつ減るなら、10分かかっていた作業は8分、6.4分と縮んでいきます。早くから大量に作ってきた会社ほど、後から来た会社より安く作れるわけです。

量で勝負すれば、こむぎ堂に勝ち目はありません。では、こむぎ堂には何があるのか。ミナトはホワイトボードに「地元の農家から仕入れる米粉」「先代から継いできた天然酵母」と書きました。他社がまねしにくく、その会社ならではの中核となる強みや技術をコアコンピタンスといいます。ベイクマートが明日から同じ酵母を使おうとしても、何年も継いできた酵母と、それを扱う腕は手に入りません。まねされにくい強みほど、競争優位を長く支えます。

ここから基本情報!事業を組み合わせて生まれる効果

強みをどれだけ生かせているかは、お客さんの側から測ることもできます。企業の商品やサービスに、お客さんがどれだけ満足しているかをCS(Customer Satisfaction:顧客満足)といい、満足の度合いを示す指標や、それを経営の中心に置く考え方を指します。こむぎ堂の常連が「ここの米粉パンでないと」と言ってくれるなら、CSの高さがそのまま強みになっています。

こむぎ堂にも、量とは別の形でコストを下げる手があります。朝のパンを焼いたあとのオーブンの余熱で、売れ残りのパンをラスクにする。同じオーブン、同じ生地、同じ職人を、複数の製品や事業で共用して効率を上げることを範囲の経済といいます。パンだけ、ラスクだけを別々の店で作るより、合わせて作るほうが安く済みます。

組み合わせの効果は、コストを下げるだけにとどまりません。パンを買いに来たお客さんがラスクも手に取り、ラスクを通販で知った人が店に来る。複数の事業や組織が組み合わさって、別々に動いたときの合計を超える効果が生まれることをシナジー効果(相乗効果)といいます。範囲の経済が主にコストの側の話であるのに対し、シナジー効果は売上や知名度の伸びまで含む広い言い方です。

利用者の数そのものが価値になる場合もあります。通信のネットワークの価値は、参加者の数のおよそ2乗に比例して大きくなる、という考え方をメトカーフの法則といいます。参加者がn人なら、2人ずつ結べる組は n(n−1)÷2 通りあり、10人なら45通り、100人なら4,950通りです。人数が10倍になると、つながりの数はおよそ100倍になります。利用者の多いサービスほど新しい利用者を引き寄せ、さらに強くなる理由の説明に使われます。

基本情報の範囲ここまで

2-2基本戦略

「100円にしないなら、何で勝つの?」と店長が聞きました。ミナトは、相棒の言った三つの道をホワイトボードに書き写します。安さ、違い、狭い所。どれか一つを選ぶ前に、相棒は「町のパン屋という商売に、どんな力がかかっているかを先に見ておこう」と付け加えました。

戦う相手は、同じ商品を売る店だけではありません。朝ごはんにパンを買う人は、コンビニのおにぎりを選ぶこともあります。小麦粉の値段が上がれば、店の利益は売る側の努力と関係なく削られます。業界の中で利益を出せるかどうかは、競合の強さに加えて、まわりからかかるいくつもの力で決まります。

ここから基本情報!業界にかかる5つの力と、3つの基本戦略

業界の競争の状態を、5つの力から分析する方法をファイブフォース分析といいます。経営学者のポーターが示したもので、5つの力は、業界の中の競合どうしの争い、新しく参入してくる会社、代わりになる製品やサービス(代替品)、買い手の交渉力、売り手の交渉力です。こむぎ堂に当てはめると、競合はベイクマート、新しい参入は駅ナカに出店するかもしれない店、代替品はコンビニのおにぎりやシリアル、買い手は店を選び放題のお客さん、売り手は小麦粉の卸です。

町のパン屋の業界を表す円に向かって、競合・新規参入・代替品・買い手・売り手の5本の矢印が向かい、それぞれにこむぎ堂の場合の例が添えてある
図:ファイブフォース分析。町のパン屋の業界にかかる5つの力

5つの力を見たうえで、業界の中で競争優位を築く方針は大きく3つに分けられます。これをポーターの基本戦略といいます。

一つめは、競合より低いコストで作って売り、価格で勝つコストリーダーシップ戦略です。規模の経済が働く大手に向いており、ベイクマートの100円の食パンはこの戦略の例です。二つめは、品質や品ぞろえ、ブランド、接客などで他社にない価値を出し、高めの値段でも選ばれるようにする差別化戦略です。三つめは、地域や客層など限られた市場に経営資源を集中させて優位に立つ集中戦略です。集中戦略は、絞った市場の中で、さらにコストで勝つか違いで勝つかに分かれます。

相棒が言った「安さ・違い・狭い所」は、この3つの言い換えです。こむぎ堂が100円で張り合うのは、コストリーダーシップ戦略で大手に挑むことになり、1斤160円の原価では続きません。

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こむぎ堂が独自のパンで客を引き戻したとしても、それで安心はできません。ベイクマートが「米粉パン、始めました」と同じような商品を出してくるかもしれないからです。競合が違いを打ち出してきたとき、同じような商品やサービスで追いかけ、相手の違いを打ち消してしまう戦略を同質化戦略といいます。売り場も資金も大きい会社がとると効果が大きく、市場でいちばん大きな会社がよく使います。

同じ商品で同じお客さんを奪い合う市場では、値下げ合戦になりやすく、どの店も利益が削られていきます。競合が多く、激しい争いが続く既存の市場をレッドオーシャンと呼びます。これに対し、争いの激しい市場を避け、競合のいない新しい市場を自分で作り出そうとする戦略をブルーオーシャン戦略といいます。「パン屋どうしの安売り」から抜け出し、たとえば「朝6時から焼き立ての米粉パンを出す店」という、まだ誰もいない場所を作る発想です。

競争の物差しは、売上や値段だけでもなくなってきました。ベイクマートの親会社は、決算の資料で「売れ残りのパンの廃棄を3割減らす」と書いています。投資家が、利益の数字に加えて、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)への取り組みを見て投資先を選ぶことをESG投資といいます。投資家にお金を出してもらう会社にとって、環境や働く人への配慮は、競争の条件の一つになっています。

2-3競争上の地位

商店街の会合で、町のパンの売上の大まかな割合が話題になりました。ベイクマートが4割、駅ナカのチェーン店が3割、スーパーの中のベーカリーが2割、残りの1割を、こむぎ堂のような小さな店が分け合っているそうです。店長は「1割の中の一軒か」と苦笑いしました。

同じ戦略でも、どの立場の会社がとるかで向き不向きが変わります。経営学者のコトラーは、市場での地位を、主にシェアの大きさから4つに分け、地位ごとにとるべき戦略を示しました。こむぎ堂が属するのは、その4つめの地位です。

ここから基本情報!コトラーの競争地位の分類

市場で最大のシェアを持つ会社をマーケットリーダといいます。町のパンでいえばベイクマートです。リーダがとるリーダ戦略は、いまのシェアを守りながら、市場全体の需要を大きくすることを目指します。パンを食べる人が増えれば、いちばん得をするのはシェアの最も大きい会社だからです。そのために、あらゆる客層・価格帯・地域に商品をそろえて市場全体をおおう全方位戦略をとり、競合の新しい商品には同質化で応じます。

リーダに次ぐシェアを持ち、リーダの座をねらう会社がマーケットチャレンジャです。駅ナカのチェーン店がこれにあたります。チャレンジャ戦略では、リーダと同じことをしても勝てないので、品質や便利さなどで差別化し、シェアを奪いにいきます。

リーダやチャレンジャのような資源を持たず、正面から争わない会社がマーケットフォロワです。スーパーの中のベーカリーが近い位置にいます。フォロワ戦略では、売れている商品を参考にしてまね、開発や宣伝の費用を抑えて、低い価格で確実に利益を出すことを目指します。

コトラーの競争地位と、とる戦略
地位町のパンでは戦略の方向
マーケットリーダベイクマート市場全体を広げ、全方位でシェアを守る
マーケットチャレンジャ駅ナカのチェーン店差別化でリーダからシェアを奪う
マーケットフォロワスーパーの中のベーカリーまねて費用を抑え、確実に利益を出す
マーケットニッチャこむぎ堂小さな市場に絞り、その中で一番になる

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シェアは小さくても、特定の市場に特化して、その分野では独自の地位を築いている会社をマーケットニッチャ(ニッチャ)といいます。ニッチ(niche)は「すきま」の意味です。こむぎ堂は、町全体のシェアでは1割の中の一軒でも、「米粉と天然酵母のパン」に限れば、町でいちばんの店になれます。

大きな会社が手を出しにくい、規模の小さな特定の市場に経営資源を集中させる戦略をニッチ戦略といいます。市場が小さいので、大手にとっては参入しても割に合わず、競合が少なくて済みます。そのかわり、市場そのものが縮めば一緒に沈むので、選んだすきまが本当にあるかを見極める必要があります。

2-4ゲーム理論

「でも、ベイクマートが来月100円をやめたら、うちが値下げしても損だよね」と店長が言いました。こちらの手の良し悪しが、相手の出方で変わってしまう。ミナトは、相手の手と自分の手を縦と横に並べた表を書いてみることにしました。

ここから基本情報!

自分の結果が、自分の選択だけでなく相手の選択にも左右される状況で、互いがどう行動するかを数学的に分析する理論をゲーム理論といいます。値下げ競争のような会社どうしの駆け引きのほか、入札、交渉など、利害の絡む意思決定を扱います。

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相手の出方で結果が変わる状況には、よく知られた型があります。こむぎ堂とベイクマートが、食パンの値段を「据え置く」か「下げる」かを、互いに相談せずに決めるとしましょう。1週間の利益(万円)を、表のように仮に置きます。

2つの店の1週間の利益(万円。左がこむぎ堂、右がベイクマート。仮の数字)
こむぎ堂\ベイクマート据え置く下げる
据え置く5, 51, 7
下げる7, 12, 2

こむぎ堂の側から考えます。相手が据え置くなら、自分が下げれば7、据え置けば5なので、下げたほうが得です。相手が下げるなら、下げれば2、据え置けば1なので、やはり下げたほうが得です。相手がどちらを選んでも「下げる」が得になり、ベイクマートの側から見ても同じ理屈が成り立ちます。こうして両方が下げ、利益は2ずつになります。

二人とも据え置いていれば、5ずつ得られたはずです。それぞれが自分の得を考えて選ぶと、協力したときより両方が悪い結果に落ち着いてしまう。この状況を囚人のジレンマといいます。名前は、別々に取り調べを受ける二人の容疑者が、互いに黙っていれば刑が軽く済むのに、それぞれが自白を選んでしまうというたとえ話から来ています。値下げ合戦がやめにくいのは、この形をしているからです。

相手の出方が読めないときに、どの手を選ぶかの基準もあります。こむぎ堂の手を「100円に値下げ」「据え置き」「米粉パンに絞る」の3つ、ベイクマートの出方を「100円を続ける」「値段を戻す」の2つとし、1週間の利益を仮に置いてみます。

こむぎ堂の手ごとの利益(万円。仮の数字)
こむぎ堂の手100円を続ける値段を戻す最悪の場合
100円に値下げ141
据え置き252
米粉パンに絞る343

それぞれの手について最悪の場合の結果を拾い、その最悪の結果がいちばんましな手を選ぶ方法をマクシミン戦略といいます。最悪の場合は、値下げが1、据え置きが2、米粉パンに絞るが3なので、選ぶのは「米粉パンに絞る」です。最もよい場合の結果が最大になる手を選ぶなら、5の出る「据え置き」になります。マクシミン戦略は、大きく勝つ見込みより、大きく負けないことを優先する慎重な選び方です。

2-5環境分析とSWOT分析

閉店後、ミナトはホワイトボードを2つに区切りました。左に「店の中のこと」、右に「店の外のこと」。店長が「小麦粉が来月また上がるって卸さんが言ってた」と言うと、ミナトはそれを右側に書きます。「朝の人手が足りない」は左側です。

会社を取り巻く状況のうち、経営に影響するものをまとめて経営環境といいます。経営環境は、ミナトが区切ったように、内と外に分けて考えます。

会社の外にあって、自社の努力だけでは変えられない要因を外部環境といいます。市場の大きさ、お客さんの好み、競合の動き、法律や制度、景気などです。外部環境のうち、景気や人口の変化、法律の改正、技術の進歩のように、業界をまるごと包む大きな要因をマクロ環境といいます。マクロ環境は、政治(Politics)・経済(Economy)・社会(Society)・技術(Technology)の4つの面に分けて整理することがあり、頭文字からPEST分析と呼ばれます。小麦の輸入価格が上がるのは経済の面、健康のために米粉を選ぶ人が増えるのは社会の面です。

これに対して、会社の内側にある要因を内部環境といいます。人・物・お金・情報といった経営資源、技術、組織のしくみなどで、こちらは自社の判断で変えられます。

内と外を、それぞれよい面と悪い面に分けると、4つの枠ができます。自社の強み(Strength)と弱み(Weakness)、外部環境の中の機会(Opportunity)と脅威(Threat)です。この4つの枠に要因を書き出して整理し、戦略を考える方法を、頭文字をとってSWOT分析といいます。

強み・弱み・機会・脅威の4つの枠に、こむぎ堂の要素を書いた付箋が貼られ、上の2枠が内部環境、下の2枠が外部環境と線で分けられている
図:こむぎ堂のSWOT分析。上の段が内部環境、下の段が外部環境

こむぎ堂の場合、強みは地元の農家から仕入れる米粉と、先代から継いだ天然酵母、朝6時に焼き立てを出せることです。弱みは、人手が少ないこと、値段が大手より高いこと、広告にお金をかけられないことです。機会は、健康志向で米粉のパンを探す人が増えていること、駅前の再開発で朝の通勤客が増えていることです。脅威は、ベイクマートの安売りと、小麦粉の値上がりです。

4つの枠を並べると、打つ手が見えてきます。強みを機会に生かすなら、「朝の通勤客に、米粉の焼き立てパンを」という方向になります。弱みと脅威が重なる所、つまり値段と人手で大手と張り合う場所は、避けたほうがよさそうです。

外部環境は、いまの姿だけでなく、これからどう変わるかも考えに入れておく必要があります。過去の実績やいまの状況を分析し、その延長線上に将来を予測して計画を立てる考え方をフォアキャスティングといいます。ここ3年の米粉パンの売上が毎年1割ずつ伸びているから、来年も1割伸びるとして仕込みの量を決める、という考え方です。反対に、目指す将来の姿を先に決め、そこから逆算していまやることを決める考え方はバックキャスティングと呼ばれます。

延長線の上にない変化もあります。小麦粉の値段が上がり続けるのか落ち着くのか、通勤客が増えるのか在宅勤務で減るのか、今の時点では誰にも分かりません。将来を左右する要因をもとに、起こりうる筋書き(シナリオ)を複数描き、それぞれの場合に備える方法をシナリオライティング法(シナリオ法)といいます。「小麦高・通勤客増」「小麦高・通勤客減」のように組み合わせて4つの筋書きを書けば、どれが来てもあわてずに済みます。

2-6VRIO分析とバリューチェーン分析

ホワイトボードの「強み」の枠を見て、店長が首をひねりました。「米粉なんて、ベイクマートだって仕入れようと思えば仕入れられるよね。本当に強みなのかな」。ミナトは相棒に、強みを確かめる方法を聞きました。

SWOT分析で強みに書いたものが、本当に競争優位につながるとは限りません。経営資源が競争優位の源になるかを、4つの問いで確かめる方法をVRIO分析といいます。経営学者のバーニーが示したもので、経済的な価値(Value)、希少性(Rarity)、模倣の難しさ(Imitability)、組織(Organization)の頭文字をとっています。

「地元の米粉と天然酵母」をVRIOの4つの問いにかける
問いこむぎ堂の答え
価値(V):お客さんに選ばれる理由になるかなる。米粉のもちもちした食感を目当てに来る常連がいる
希少性(R):持っている会社が少ないか少ない。町で米粉と天然酵母を両方使う店はほかにない
模倣困難性(I):まねするのが難しいか難しい。米粉は買えても、農家との長い付き合いと、何年も継いできた酵母は手に入らない
組織(O):生かす仕組みがあるかまだ弱い。朝の仕込みが店長一人に頼っている

店長の疑問への答えは、模倣の難しさの行にあります。米粉そのものはベイクマートでも仕入れられますが、それを長年の酵母と腕で焼く組み合わせは、すぐにはまねできません。4つの問いすべてに「はい」と答えられる資源ほど、競争優位を長く保てます。こむぎ堂は最後の組織の問いでつまずいており、強みを生かす仕組みづくりが次の課題になります。

ここから基本情報!価値が生まれる工程をたどる

強みが仕事のどの段階で生まれているかを、工程に分けてたどる方法もあります。会社の活動を、材料の調達から製造、出荷、販売、アフターサービスまでの一連の流れに分け、どの活動がどれだけの価値を生んでいるか、どこに強みや無駄があるかを分析する方法をバリューチェーン分析といいます。ポーターが示した考え方で、製品に直接関わる活動を主活動、それを支える活動を支援活動と呼んで分けます。

主活動は、原材料を仕入れ、受け取って保管し、製造の工程へ渡す購買物流から始まり、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービスと続きます。支援活動には、全体の管理、人事・労務の管理、技術開発、調達があります。こむぎ堂で価値が生まれているのは、地元の農家から米粉をじかに受け取る購買物流と、天然酵母で焼く製造の段階です。逆に、販売・マーケティングにはほとんど手が回っていないことも見えてきます。

基本情報の範囲ここまで

店がどれだけの価値を新しく生み出しているかは、お金でも測れます。売上から、材料費や包装材など外から買ったものの金額を引いた残りが、その店が加えた価値(付加価値)です。この付加価値の大きさや、それが人件費や利益などにどう分かれているかを調べる方法を付加価値分析といいます。米粉食パンが1本400円で、材料と袋に150円かかっているなら、1本あたりの付加価値は250円です。付加価値の計算のしかたは、外から買ったものを引くやり方と、人件費や利益などを足し上げるやり方があり、何をどちらに数えるかは資料によって少しずつ違います。

2-7成長マトリクス

勝つ場所は見えてきました。けれど店長は「守るだけじゃ、店は細っていく気がする」と言います。新しいパンを作るのか、新しいお客さんを探すのか。ミナトはホワイトボードに縦と横の線を1本ずつ引きました。

会社が伸びる方向を、製品と市場の2つの軸で考える表があります。製品を「既存」と「新規」、市場(売る相手)を「既存」と「新規」に分け、4つの組み合わせで成長の戦略を整理するもので、成長マトリクス、考えた経営学者の名前をとってアンゾフの成長マトリクスと呼びます。

アンゾフの成長マトリクスと、こむぎ堂の例
市場\製品既存の製品新規の製品
既存の市場市場浸透:常連客にもう1個買ってもらう製品開発:常連客に米粉ベーグルを出す
新規の市場市場開発:いまのパンを隣町のカフェや通販に売る多角化:パン教室を開く

いまの製品を、いまの市場でもっと売る戦略が市場浸透戦略(市場浸透)です。ポイントカードで来店の回数を増やしてもらう、まとめ買いを割り引く、といった手で、いまのお客さんからの売上やシェアを伸ばします。4つのうち、新しく覚えることが最も少なく、危険も小さい方向です。

いまの製品を、新しい市場に持ち込む戦略が市場開発戦略です。市場開拓戦略と呼ばれることもあります。こむぎ堂の食パンを、通販で遠くのお客さんに届けたり、隣町のカフェに卸したりするのがこれにあたります。反対に、いまのお客さんに新しい製品を出す戦略が製品開発戦略で、常連客に向けて米粉ベーグルを売り出すのがその例です。

製品も市場も新しくする戦略が多角化戦略です。いまの事業にとどまらず、別の製品や市場の事業へ広がることを多角化といいます。こむぎ堂がパン教室を開けば、売るものはパンではなく教える時間で、お客さんもパンを買いに来る人とは限りません。オーブンや職人の腕を使い回せるなら範囲の経済が働きますが、4つの中で最も経験のない領域に踏み出すので、失敗したときの損も大きくなりがちです。

翌週の月曜、店長はベイクマートのチラシを作業台から下ろしました。食パンを100円にはしない。代わりに、地元の米粉と天然酵母という、まねされにくい強みを生かして、朝ごはん向けの米粉パンに絞る。安さで張り合うのをやめ、違いで勝ち、狭い所で勝つ道を選んだことになります。成長マトリクスでいえば、最初の一歩は、いまのお客さんに新しいパンを出す製品開発です。ホワイトボードの「組織」の欄には、まだ「朝の仕込みが店長一人」と書かれたままでした。そして、新しいパンを誰に向けて焼くのかも、まだ決まっていません。

この章のふりかえり

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