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  4. 第1章 経営戦略と全社戦略

経営戦略マネジメント 第1章 ストラテジ系・大分類:経営戦略

経営戦略と全社戦略

企業が何を目指し、どの事業に人やお金を配り、どの会社と組むかを決める全社の戦略の考え方。

1-1経営戦略の考え方

駅前に大手チェーンのベーカリー「ベイクマート」が開店して3週間。こむぎ堂の朝の客は、2割減りました。同じ週、隣町で40年続いてきたパン屋「みのり屋」の主人から、一通の手紙が届きます。「跡継ぎがいません。店ごと引き継いでもらえないでしょうか」。店長は作業台に手紙を置いたまま、ほかにも決めかねていることを口にしました。売れ始めたラスクの通販をもっと伸ばすか。人手を取られる店のカフェ席をやめるか。「全部いっぺんに決めろと言われても、どれから考えればいいのか分からないよ」。ミナトはタブレットを開いて、相棒に打ち込みました。「店の将来に関わる話が三つ同時に来た。どう比べればいい?」

パン屋の作業台で、店長が隣町のパン屋からの手紙と朝の客数が減ったグラフを前に考え込み、横でアルバイトがタブレットを持って相談している
図:みのり屋からの手紙と、2割減った朝の客数。店長は三つの決めごとを前に迷っています

相棒の返事は、三つの話のどれにも答えていませんでした。「比べる前に、物差しを一本決めませんか。こむぎ堂は何のための店なのか、です」。手紙を受けるか、通販を伸ばすか、カフェ席をやめるかは、どれも「店をどちらへ進めるか」という同じ問いの別の面です。物差しが無いまま一つずつ決めると、決めたことどうしが食い違うおそれがあります。

その物差しにあたるのが企業理念です。会社が何のために存在し、どんな価値観で仕事をするのかを示す、いちばん根っこの考え方を指します。ミナトが「こむぎ堂って、何の店だと思いますか」と聞くと、店長は少し考えてから答えました。「町の人の朝ごはんを焼く店、かな」。理念は短い言葉で足ります。迷ったときに立ち返れることが大事だからです。

理念は向かう先を示しますが、そこへの道順までは教えてくれません。理念や目標を実現するために、どの事業にどれだけ力を入れ、人・お金・設備といった限られた資源をどう配るかという長い目で見た方針を経営戦略といいます。経営戦略には段があり、会社全体として「どの事業をやるか、どの会社と組むか」を決める全社の戦略と、一つ一つの事業の中で「どう戦うか」を決める事業の戦略に分けて考えます。この章で扱うのは前者で、後者は次の章の話です。

ここから基本情報!企業と、続くことを前提にする考え方

経営戦略を立てる主体は企業です。企業とは、利益を得ることを目的に、生産・販売・サービスの提供といった経済活動をくり返し続ける組織を指します。一度きりの催しではなく、続けることが前提にあるところが特徴です。

この「続ける」という前提には、会計の世界で名前が付いています。企業が近い将来に解散したり事業をやめたりすることを予定せず、これからも事業を続けていくという前提をゴーイングコンサーン(継続企業の前提)といいます。決算書は、この前提に立って作られます。たとえばオーブンの値段を何年かに分けて費用にしていく考え方は、店がその年数のあいだ続くと見込めるから成り立ちます。続けられるかどうかに大きな疑いがあり、手を打っても先行きがはっきりしないときには、決算書にその旨を書き添えることになっています。

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店長は「こういうことは、経営の学校で習うんだろうね」とため息をつきました。経営学を専門に学んだことを示す学位にMBA(Master of Business Administration、経営学修士)があります。大学院で、戦略・会計・組織・マーケティングなどを体系立てて学びます。もちろん、学位が無ければ戦略を立てられないわけではありません。

学位の代わりに、ミナトは身近な手本を使うことにしました。業界の中で優れた成果を上げている相手の製品や仕事の進め方を基準にして自分たちと比べ、差を見つけて改善につなげる手法をベンチマーキングといいます。比べる相手は、ベイクマートの朝の品出しの速さでも、みのり屋の40年続く焼き菓子でもかまいません。比べる相手を同じ業界に限らず、たとえば駅前のコーヒースタンドのレジの流れを手本にすることもあります。

ここから基本情報!手本にする「いちばんよいやり方」

比べた結果として見つかる、ある仕事について最も効果が高く効率のよいと認められたやり方をベストプラクティスといいます。ベンチマーキングが「比べる手法」なら、ベストプラクティスは「比べて見つける手本」です。ただし、よその店で最良だったやり方が、こむぎ堂の厨房の広さや人数でもそのまま最良とは限りません。取り入れるときは、自分たちの条件に合わせて直します。

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やり方を変えると決めても、すぐに店が変わるわけではありません。毎朝の段取りを体で覚えている人ほど、新しい手順には戸惑います。戦略は紙の上で決まり、実際に動かすのは人です。

ここから基本情報!変わり続けるための力

組織を変えるときに起きる戸惑いや反発を抑え、新しいやり方を定着させるまでを計画して進める管理の方法をチェンジマネジメントといいます。なぜ変えるのかを先に説明する、変える人を巻き込んで手順を一緒に決める、慣れるまでの手助けを用意する、といった手を組み合わせます。新しいシステムを入れたのに誰も使わない、という失敗を防ぐための考え方でもあります。

一度変わって終わりでは足りない、という見方もあります。環境の変化をいち早く感じ取り、手持ちの資源や技術を組み替えて機会をつかみ、組織そのものを作り替えていく能力をダイナミックケイパビリティ(企業変革力)といいます。経済産業省の『ものづくり白書』2020年版は、この能力を「感知」「捕捉」「変容」の三つに分けて説明しています。駅前の新しい店に客が流れていると気づき(感知)、店の窯と人手を組み替えて新しい商品に振り向け(捕捉)、店の仕事の仕方そのものを変えていく(変容)、という流れです。

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1-2イノベーション

夕方、ミナトはベイクマートの店先をのぞいてきました。客はスマートフォンのアプリで朝のパンを予約し、店の前のロッカーから受け取っていきます。レジに並ぶ人はほとんどいません。「パンの味じゃなくて、買い方で負けているのかも」とミナトは思いました。

ベイクマートが持ち込んだのは、新しいパンではなく新しい買い方でした。新しい技術やアイデア、仕組みによってこれまでにない価値を生み出し、市場や社会に変化をもたらすことをイノベーションといいます。新しい技術の発明だけを指す言葉ではありません。予約とロッカーの組み合わせのように、すでにある技術を組み合わせて新しい売り方を作ることもイノベーションです。

変化がもっと大きくなると、業界の形そのものが変わります。デジタルの技術を武器にした新しい参入者が、それまでの商売のやり方や業界の構造を根元から覆してしまうことをデジタルディスラプションといいます。音楽がCDの販売から配信の定額サービスへ移ったことや、タクシーを道で拾う代わりに配車アプリで呼ぶようになったことが、よく挙げられる例です。古くからの店が手を抜いていたわけではなくても、客の側の当たり前が先に変わってしまいます。

作る側の変化にも名前があります。工場の機械や製品をインターネットでつなぎ(IoT)、集めたデータをAIなどで分析して、生産をより速く、柔軟にしようとする構想をインダストリー4.0(Industry 4.0)といいます。ドイツが国を挙げて進めた製造業の構想で、蒸気機関、電力による大量生産、コンピュータによる自動化に続く「第4次産業革命」という意味を込めた名前です。

産業革命の「革命」は、英語のrevolutionの訳です。技術による変化が社会の仕組みまで大きく変えるとき、その変化の大きさを強調してレボリューション(革命)と呼ぶことがあります。IT革命という言い方もその一つです。決まった定義を持つ専門の用語というより、変化の規模を表す一般の言葉として使われています。

変化は、人の側にも表れます。生まれたときからインターネットやスマートフォンが身の回りにあり、デジタル機器やネットのサービスを自然に使いこなす世代をデジタルネイティブと呼びます。アプリで予約してロッカーで受け取ることに、ミナトは何の抵抗もありません。店長にとっては手間に見える買い方が、ミナトの世代には「レジに並ぶより楽」なのです。

ICTが変えるのは買い物だけではありません。インターネットを通じて、市民が政治や行政に意見を伝えたり、話し合いや意思決定に加わったりしやすくする仕組みや考え方をディジタルデモクラシー(デジタルデモクラシー)と呼びます。市の計画への意見をWebサイトで受け付ける、オンラインで住民どうしが議論できる場を作る、といった取組みがこれにあたります。駅前の再開発について市が意見を募ったときも、こむぎ堂の常連客の多くはスマートフォンから意見を送っていました。

1-3持続可能な経営

閉店後、棚に残ったパンが箱に二つ分ありました。みのり屋の手紙を読み返していた店長が、最後の一行を指さします。「うちは毎晩、余ったパンを近所の子ども食堂に届けています。引き継いでくださる方にも、これだけは続けてほしいのです」。「40年続いてきた店には、続いてきた理由があるんだな」と店長はつぶやきました。

店が続くには、店のまわりの町や自然も続いていなければなりません。こうした考え方を世界の共通の目標にしたものがSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)です。2015年9月の国連のサミットで採択され、2030年までに達成をめざす17の目標と169のターゲットからなります。貧困や飢餓をなくすこと、つくる責任とつかう責任、気候変動への対策などが並び、国や自治体だけでなく企業にも取組みが求められています。

余ったパンを子ども食堂へ届けることは、食べ物を無駄にしないという点でSDGsの目標の一つに重なります。企業が利益だけでなく、環境や社会への影響まで考えて事業を組み立てることは、いまでは取引先や客から選ばれる理由の一つにもなっています。

ここから基本情報!捨てずに回す経済

資源を採って、作って、使って、捨てる。この一方通行の流れを改め、製品や素材をできるだけ長く使い、修理や再利用、再資源化によって資源を経済の中で回し続けることをめざす考え方をサーキュラーエコノミー(循環経済)といいます。ごみを減らす工夫にとどまらず、はじめから捨てる物が出ないように製品や商売の仕組みを設計するところに特徴があります。サンドイッチ用に切り落としたパンの耳をラスクに焼き直すのは、こむぎ堂の小さな循環です。

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環境への取組みを、店長の心がけだけで終わらせない方法もあります。組織が環境に与える影響を減らすための方針を決め、計画・実行・点検・見直しをくり返して改善していく仕組みを、環境マネジメントシステムと呼びます。その国際規格の集まりがISO 14000シリーズ(ISO 14000ファミリー)です。

シリーズの中心にあるのがISO 14001で、環境マネジメントシステムを作って動かすときに満たすべき要求事項を定めています。審査機関の審査を受け、この要求事項を満たしていると認められると、認証を取得できます。ISO 14000はシリーズ全体の呼び名で、認証の審査の基準になるのはISO 14001という関係です。

ここから基本情報!買うとき・選ぶとき・作る前の環境への配慮

環境や社会への配慮は、自分の店の中だけでは完結しません。材料や部品を買うとき、値段や品質に加えて、取引先が働く人の人権を守っているか、環境に配慮しているかといった社会的責任の面も選ぶ基準に入れる取組みをCSR調達といいます。CSRは企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)の略です。こむぎ堂なら、カカオやコーヒー豆を、生産者の働き方に配慮した取引先から仕入れることがこれにあたります。

製品やサービスを買う前に必要かどうかをよく考え、買うなら環境への負荷ができるだけ小さいものを選ぶことをグリーン購入といいます。日本には「国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律」(グリーン購入法、2000年制定)があり、国の機関などに環境に配慮した物品を選ぶことを求めています。

選ぶときの目印になるのが環境ラベルです。日本の代表的なものに、公益財団法人日本環境協会が1989年から運営しているエコマークがあります。製品の作られ方から捨てられ方までを通して環境への負荷が少なく、環境の保全に役立つと認められた商品やサービスに、マークの表示が認められます。この認定をエコマーク認定と呼びます。パンを包む袋をエコマークの付いたものに替えることも、グリーン購入の一つです。

もっと大きな事業では、始める前に環境への影響を調べる手続きがあります。道路やダム、大きな発電所のような事業を行う前に、その事業が大気・水・生き物・景観などにどんな影響を与えるかを事業者自身が調べ、予測・評価して、住民や自治体の意見も聞きながら計画をよりよくしていく仕組みを環境アセスメント(環境影響評価)といいます。日本では環境影響評価法で、対象となる事業の種類や規模と手続きが定められています。

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1-4提携と買収

みのり屋への返事を、店長はまだ書けずにいました。「店を買うなんて、うちにそんなお金はないよ。断るしかないのかな」。ミナトが相棒に聞くと、すぐに返事が来ました。「買うか断るかの二択ではありません。間にいくつもの段があります」

ほかの会社と力を合わせる方法は、関わりの深さによって段階があります。いちばん広い呼び名がアライアンス(企業提携)で、複数の企業がそれぞれ独立した会社のまま、決まった目的のために協力し合う関係を指します。経営を一つにまとめるわけではないので、目的を果たしたら関係を解くこともできます。

提携には、技術や販売、生産で協力し合う業務提携と、互いに株を持ち合ったり一方が出資したりして結びつきを強める資本提携があります。こむぎ堂とみのり屋なら、焼き菓子の作り方を教え合ったり、互いの店に相手のパンを置いたりするのが業務提携です。会社を丸ごと買うほどのお金や覚悟が無くても、相手の強みを借りられます。

このように、自社だけで技術や販売の網をすべてそろえるのではなく、他社との提携によって相手の資源や強みを生かし、早く・少ない負担で目標に近づこうとする戦略をアライアンス戦略と呼びます。自前でそろえると何年もかかるものを、提携なら数か月で手に入れられることがあります。その代わり、相手の都合で関係が変わるおそれも抱えます。

もう一段深い組み方もあります。複数の企業が共同でお金を出し合い、新しい会社を作って一つの事業を行う形をジョイントベンチャ(合弁事業)といいます。こむぎ堂とみのり屋が半分ずつ出資して、焼き菓子の通販だけを行う新しい会社を作るような形です。親になる2社はそれぞれ独立したまま、新しい会社のもうけと損を出資に応じて分け合います。

いちばん深いのが、会社そのものを一つにしたり、手に入れたりする方法です。企業の合併(Mergers)と買収(Acquisitions)をまとめてM&Aと呼びます。合併は複数の会社が一つの会社になること、買収は相手の会社の株式や事業を買い取って経営の主導権を握ることです。手紙でみのり屋が頼んできた「店ごと引き継ぐ」は、M&Aにあたります。跡継ぎのいない会社を別の会社が引き継ぐ例は、中小企業でも増えています。

関わり方お金の出し方相手の会社こむぎ堂とみのり屋なら
業務提携出資しない独立したまま焼き菓子の作り方を教え合う
資本提携一部の株を持つ独立したまま互いに少しずつ出資する
ジョイントベンチャ新しい会社に共同出資独立したまま、新会社を共同で持つ2軒で通販の会社を作る
M&A株や事業を買う・一つになる傘下に入る、または消えて一つになるみのり屋を店ごと引き継ぐ
こむぎ堂とみのり屋の2軒の店が、業務提携、資本提携、ジョイントベンチャ、買収・合併の順に少しずつ近づき、最後に一つの建物になっていく4つのこま
図:他社との関わり方の深さ。業務提携から買収・合併へ進むほど、2軒の距離が近づきます

株を持つ割合は、相手の会社にどれだけ口を出せるかを決めます。ある会社が、出資先の会社の資本のうちどれだけの割合を持っているかを示す数を出資比率といいます。株主総会では、持っている株の数に応じて議決権を使えます。そのため、議決権の過半数を持てば役員の選び方などを思いどおりに決められ、相手を子会社として支配できます。3分の1を超えて持てば、会社の重要な決めごとに反対して止められる立場になります。資本提携で出資比率を低く抑えるのは、相手の独立を守るためでもあります。

相手が多くの株主を持つ会社の場合、株を買い集める方法も決まっています。買い取る価格・期間・株数などを前もって公告し、証券取引所を通さずに、不特定多数の株主から一度に株を買い付ける方法をTOB(Take Over Bid、株式公開買付け)といいます。誰がどんな条件で買いに来ているかを、株主全員が同じように知ったうえで売るかどうかを選べる仕組みです。

買収にはお金が要ります。そこで、買収する相手の会社が持っている資産や、これから生み出す利益を担保にして銀行などからお金を借り、その借りたお金で買収する方法があります。これをLBO(Leveraged Buyout)といいます。手持ちのお金が少なくても大きな会社を買える一方で、買収した後の会社が借金の返済を背負うことになります。

買う側が会社の外の人とは限りません。会社の経営陣が、自分たちの会社の株を株主から買い取って経営権を握ることをMBO(Management Buyout、経営陣による自社買収)といいます。親会社から独立したいときや、上場をやめて長い目で見た改革に取り組みたいときなどに使われます。みのり屋で長く働いてきた職人が店を買い取って継ぐのも、考え方としてはMBOに近い形です。

反対に、会社の一部を外へ切り出す動きもあります。会社の中の一つの事業部門を切り離し、独立した別の会社として歩ませることをスピンオフといいます。M&Aが会社を合わせる方向の動きなら、スピンオフは分ける方向の動きです。切り出された会社は、元の会社の意思決定に縛られずに、自分の事業に合った速さで動けるようになります。

1-5事業の組み立て方

ラスクの通販の注文が、この1か月で倍になりました。毎晩ラスクを焼くために、翌朝の食パンの仕込みが遅れ始めています。そんなとき、隣の市の製菓工場から連絡が来ました。「こむぎ堂さんのレシピとラベルのまま、うちの工場でラスクを作りましょうか」

工場からの申し出は、仕事の一部を外に頼むという選択です。自社で行っていた業務の一部を、外部の専門の会社に任せることをアウトソーシングといいます。費用を抑える、専門の会社の腕を借りる、自分たちは得意な仕事に集中する、といった目的で行います。こむぎ堂が通販の発送を配送業者に頼んでいるのも、アウトソーシングの一つです。

製菓工場の申し出には、もう一つ名前が付きます。ほかの会社から頼まれて、その会社のブランドで売られる製品を作ることをOEM(Original Equipment Manufacturer、相手先ブランド製造)といいます。袋には「こむぎ堂」と書かれていても、焼いているのは製菓工場です。コンビニのプライベートブランドの商品の多くも、この形で作られています。頼む側は工場を持たずに品ぞろえを増やせ、作る側は自社の工場を休ませずに動かせます。

この考え方をつきつめると、工場をまったく持たない会社になります。自社では製造の設備を持たず、製品の企画・開発・販売に力を集め、作ることはほかの会社に任せる経営の形をファブレスといいます。fab(工場)がless(無い)という意味です。半導体や家電、衣料品などで多く見られます。

正反対の方向もあります。原材料を手に入れるところから、作る、運ぶ、売るまでの流れのうち、上流と下流の工程を自社のグループの中に取り込み、まとめて手がけることを垂直統合といいます。こむぎ堂が自前の畑で小麦を育て、自分の店で製粉し、焼いて、売るところまで行えば垂直統合です。品質や原価を自分で管理しやすくなる代わりに、多くの設備と人を抱えることになります。

作る場所を外に出すと、物の流れを考え直すことになります。原材料を手に入れ、作り、保管し、運び、売るまでの物の流れ全体を、需要に合わせてむだなく計画し管理することをロジスティクスといいます。もとは軍隊で物資を前線へ送る兵站(へいたん)を指す言葉でした。工場で焼いたラスクを、いつ、どれだけ、どの倉庫に置き、どの配送業者で客に届けるのかを決めることも、ロジスティクスの仕事です。

ここから基本情報!会社が増えたときのまとめ方

みのり屋を引き継いで子会社にしたとしたら、こむぎ堂は会社を二つ抱えることになります。親会社と子会社・関連会社をばらばらに経営するのではなく、全体を一つの経営の単位として見て、戦略や資源の配り方をまとめて決めることをグループ経営といいます。どちらの店でどのパンを焼くか、窯をどちらに置くかを、グループ全体の得を考えて決めます。

グループの中では、同じ種類の仕事が会社ごとにくり返されがちです。こむぎ堂もみのり屋も、それぞれが帳簿を付け、給料を計算し、アルバイトを募集していては二度手間になります。グループの各社や各部門が別々に行っていた経理・人事・総務などの間接業務を一つの組織に集め、そこからグループ全体に提供する仕組みをシェアードサービスといいます。外の会社に任せるアウトソーシングと違い、仕事を引き受けるのはグループの中の組織です。

基本情報の範囲ここまで

ここまでの関わり方を広く見渡すと、こむぎ堂の通販は、多くの会社に支えられて動いていることが分かります。注文を受ける通販のサービス、支払いを受け持つ決済の会社、届ける配送業者、ラスクを作る工場、そして口コミを広げてくれる客。複数の企業や関係者が、互いに頼り合い、連携しながら共に成り立っている事業の環境を、生き物の生態系にたとえてエコシステムと呼びます。スマートフォンのOSを中心に、アプリを作る会社や周辺機器の会社が集まって一つの市場を作っている形も、エコシステムの代表例です。

1-6PPM

夜の作業台で、ミナトはホワイトボードに店の仕事を四つ書き出しました。食パン、ラスクの通販、店頭の焼き菓子、カフェ席。「どれにもっとお金と手間をかけて、どれを減らすか。勘じゃなくて、同じ物差しで並べてみたいんだ」。相棒は、縦と横に線を1本ずつ引くよう勧めました。

相棒が勧めたのはPPM(Product Portfolio Management、プロダクトポートフォリオマネジメント)という手法です。会社が手がける複数の事業や製品を、二つの軸で四つの区分に分けて並べ、どこからお金を生み、どこへお金を回すかを考えます。ポートフォリオは、もとは書類を入れるかばんのことで、ここでは「手持ちの事業の組み合わせ」を指します。

縦の軸は市場成長率で、その事業が属する市場全体がどれだけの速さで大きくなっているかを表します。横の軸は市場シェア(マーケットシェア)で、市場全体の売上のうち、自社の売上が占める割合です。実際の分析では、横の軸に、市場でいちばん大きい競合と比べた割合(相対的市場シェア)を使うことも多くあります。

こむぎ堂の数字で、店頭の焼き菓子を計算してみます。町で売れた焼き菓子の売上の合計が、昨年は400万円、今年は460万円でした。このうちこむぎ堂の売上は92万円です。

指標式こむぎ堂の焼き菓子
市場成長率(今年の市場規模 − 昨年の市場規模)÷ 昨年の市場規模 × 100(460 − 400)÷ 400 × 100 = 15%
市場シェア自社の売上 ÷ 市場全体の売上 × 10092 ÷ 460 × 100 = 20%

町のパンの市場が年に1〜2%しか伸びていないのと比べると、15%はかなり速い伸びです。20%のシェアは、町の焼き菓子の5回に1回はこむぎ堂で買われている計算になります。同じように四つの事業を計算して並べると、それぞれが次の四つの区分のどれかに入ります。

区分市場成長率市場シェアお金の出入りこむぎ堂では
花形高い高いよく稼ぐが、成長に追いつくための投資も多い店頭の焼き菓子
金のなる木低い高い投資は少なくてすみ、稼いだお金が残る食パン
問題児高い低いシェアを取るための投資が多く、稼ぎはまだ少ないラスクの通販
負け犬低い低い稼ぎも伸びも小さいカフェ席

四つの区分は、お金の流れで読み解きます。金のなる木の食パンは、市場はもう伸びていませんが、町での地位が固まっているので、大きな投資をしなくても稼いだお金が手元に残ります。そのお金を、伸びている市場でまだシェアの低い問題児、つまりラスクの通販に回して、花形へ育てるのが基本の筋書きです。花形の焼き菓子は、今はよく稼ぎますが、伸びる市場で地位を守るための投資もかかります。市場の伸びが止まれば、やがて金のなる木に移っていきます。

縦軸が市場成長率、横軸が市場シェアの4つのます目に、焼き菓子・食パン・ラスク通販・カフェ席が置かれ、食パンのます目から通販のます目へお金の矢印が流れている図
図:こむぎ堂のPPM。金のなる木の食パンで稼いだお金を、問題児のラスク通販へ回します

PPMで並べた結果をもとに、どの事業を伸ばし、どれを維持し、どれから手を引くかを決め、人やお金の配り方を組み替えていくことを事業ポートフォリオマネジメントといいます。PPMは事業の位置を見るための図で、事業ポートフォリオマネジメントはその図を使って事業の組み合わせを管理していく営みです。ホワイトボードを見た店長は、カフェ席の欄で手を止めました。「朝ごはんを食べていく人の席でもあるんだよな」。数字は位置を教えてくれますが、残すかどうかは理念と照らして決めることになります。

1-7ベンチャーと資金調達

ある午後、米粉を作っている若い人が、こむぎ堂を訪ねてきました。地元の農家と組んで半年前に会社を立ち上げたばかりで、市の創業支援施設に机を一つ借りているといいます。帰り際に見せてくれたのは、新しい製粉機を買うための資金を、インターネットで広く募るページでした。

新しい技術やアイデアで新しい事業に挑む会社は、生まれたばかりの頃がいちばん弱い時期です。そうした会社が育つまでを支える活動をインキュベーションといいます。インキュベーションは、もとは卵をかえす「ふ化」の意味です。安い家賃の事務所、経営の助言、資金を出してくれる人との引き合わせなどを、まとめて提供します。

こうした支援を行う組織や施設がインキュベーターで、自治体、大学、民間の会社などが運営しています。インキュベーションが「育てる活動」、インキュベーターが「育てる場や担い手」と、語尾で呼び分けます。米粉の会社が机を借りている市の創業支援施設は、インキュベーターの一つです。

ここから基本情報!新しい事業に挑む会社

米粉の会社のように、独自の技術やアイデアをもとに、大きな会社がまだ手を出していない新しい分野に挑む、創業してまもない中小の企業をベンチャービジネスといいます。失敗する危険は大きいものの、うまくいけば短い期間で大きく育つ可能性を持っています。ベンチャーは「冒険」という意味の英語です。

基本情報の範囲ここまで

生まれたばかりの会社は、銀行からお金を借りるのが簡単ではありません。そこで使われるのが、インターネットを通じて、事業の考えに賛同した不特定多数の人から少しずつ資金を集めるクラウドファンディングです。群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた言葉で、お礼に製品やサービスを受け取る購入型、見返りを求めない寄付型、株式や貸付けとして出資する投資型などがあります。米粉の会社のページは、出資してくれた人に新しい米粉の最初の袋を届ける購入型でした。

資金を集める仕組みそのものにも、新しい技術が入り始めています。会社がお金を借りるために発行する債券(社債)のうち、発行や持ち主の記録の管理にブロックチェーンなどのデジタルの技術を使うものをデジタル社債と呼びます。紙や従来の仕組みを使うより、発行の手間や記録の管理の費用を抑えられると期待されています。

その夜、店長はみのり屋への返事を書きました。すぐに店を買い取ることはしない。まず、焼き菓子の作り方を教え合うところから一緒に始めたい。余ったパンを子ども食堂に届ける仕事は、こむぎ堂も手伝う。店のカフェ席は、朝の時間だけ残す。最後に一行、「町の朝ごはんを焼く店どうしとして」と書き添えました。

手紙が届いた日、店長の前には三つの決めごとがばらばらに並んでいました。手紙は、買うか断るかの二択ではなく、業務提携から始めるという段を選んで答えが出ました。PPMで並べると、ラスクの通販は食パンで稼いだお金を回して育てる問題児で、カフェ席は数字だけなら負け犬でした。それでも店長がカフェ席を朝の時間だけ残すと決めたのは、「町の朝ごはんを焼く店」という理念の物差しで測ったからです。三つの答えは、同じ一本の物差しで測ったので互いに食い違いませんでした。

ただ、どの事業に力を入れるかが決まっても、駅前のベイクマートとどう戦うかはまだ決まっていません。100円の食パンを前に、こむぎ堂は値段で張り合うのか、別の何かで選ばれるのか。ミナトのホワイトボードには、まだ空いている場所がありました。

この章のふりかえり

この章で太字にした用語は、暗記カードで覚えられます。

ITパスポートの範囲(39語)を暗記カードで覚える 基本情報まで(52語)を暗記カードで覚える

カードの「カテゴリ」は、この章の節の名前です。同じボタンでもう一度取り込んでも、復習の進み具合は消えません。