3-1コストの見積りと予算
内装工事が始まって6週目の夕方、こむぎ堂の事務所で、店長が請求書の束と予算表を見比べて首をかしげていました。工事は12週の予定で、まだ折り返しに来たところです。それなのに、内装に払ったお金は、もう予算の半分を超えています。そこへオーブンの販売店から「船便の到着が遅れるかもしれません」というメールが届き、夜には大家さんから「内装の業者さん、どこに決まったの」と電話がありました。2社から見積りを取って1社に決めたことを、誰も大家さんに伝えていなかったのです。ミナトは電卓をたたきながら相棒に打ち込みました。「お金も、オーブンも、連絡も、ばらばらに困ってる。どこから手をつければいい?」
相棒は、まずお金の話を一つの問いに絞りました。「払いすぎかどうかは、払った額だけでは決まらないよ。工事がどこまで進んだかと並べてみよう」。たしかに、工事が予定より早く進んでいるなら、早く払うのは当然です。反対に、払った額が予定どおりでも、工事が遅れていれば、完成までにもっとかかるかもしれません。
プロジェクトのお金は、三つの段階で扱います。始める前に、作業ごとにいくらかかるかを見積もります。見積りを足し合わせ、承認された予算にします。動き出したら、実際に使った額と進み具合を予算と比べ、ずれが出たら手を打ちます。基本情報のシラバスでは、この三つを「コストの見積り」「予算の作成」「コストの管理」というプロセスとして並べています。
ここから基本情報!見積りから予算へ
作業に必要な費用を見積もり、プロジェクト全体でいくらかかるかの概算を出すプロセスを、PMBOKではコスト見積りと呼んできました。見積りの材料は二つあります。人や機器、材料など、資源1単位あたりの費用が資源単価です。そして、作業に使う資源の量に資源単価をかけた、資源を使うことにかかる費用が資源費用です。内装の職人の資源単価が1人1日3万円で、床と壁の工事に延べ40人日かかるなら、職人の資源費用は 3万円 × 40人日 = 120万円になります。これに床材や照明などの資材の費用を足すと、作業ごとの見積りができます。
作業ごとの見積りを積み上げ、いつ、いくら使うかを時間の軸に並べて承認を得るプロセスがコストの予算化です(基本情報のシラバスでは「予算の作成」と呼びます)。こうしてできた、時期ごとに配分された承認済みの予算の計画値をコストベースラインといいます。内装工事なら「12週で600万円、毎週50万円ずつ使う」という線がコストベースラインで、あとで実際の支出と比べる物差しになります。
プロジェクトに割り当てられた資金の総額が予算です。予算には、コストベースラインのほかに、どの作業のためとも決めずに取っておく予備(マネジメント予備)を含めることがあります。誰も予想していなかった出来事に備えるお金で、使うにはプロジェクトを任せた側、こむぎ堂なら店長の承認が要ります。
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6週目の数字を並べてみると、ずれは一つではありませんでした。予定では300万円を使っているはずの時期に、実際の支払いは330万円です。ところが工事の進み具合は、全体の4割ほどにとどまっていました。お金が多く出ていて、しかも工事は遅れています。「早く進んでいるから早く払った」という説明は成り立ちません。
ここから基本情報!出来高で進み具合とお金を測る
この三つの数を組み合わせて、進み具合とコストを同時に測る手法がEVM(アーンドバリューマネジメント)です。EVMでは、ある時点までに使う予定だった額を計画値(PV)、その時点までに終えた作業を予算の額に換算したものを出来高(EV)と呼びます。そして、その時点までに実際に支払った額が実コスト(AC)です。
| 値 | 求め方 | 6週目 |
|---|---|---|
| 計画値(PV) | 予定では使っているはずの額 | 300万円 |
| 出来高(EV) | 600万円 × 終わった割合 40% | 240万円 |
| 実コスト(AC) | 実際に払った額 | 330万円 |
| コストの差 | EV − AC | −90万円(予算を超えている) |
| スケジュールの差 | EV − PV | −60万円分(作業が遅れている) |
EVとACを比べると、お金の使い方の効率が分かります。240万円分の作業に330万円かかったので、EV ÷ AC ≒ 0.73 です。この比をCPI(コスト効率指数)と呼び、1より小さければ予算より高くついています。EVとPVを比べれば日程の進み具合が分かり、EV ÷ PV = 0.8 なので、予定の8割しか進んでいません。
いまの実績の傾向から、完了までに全体でいくらかかるかを見積もり直した値が予想コストです。残りの工事もこの効率のまま進むとすると、予想コストは 600 × 330 ÷ 240 = 825万円で、予算を225万円超える見込みになります。330万円という支払いの額だけを見ていたら、この225万円は工事の終わりまで見えなかったでしょう。
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店長は内装業者と話し、床材を予定していた輸入品から、見た目の近い国産品に替えることにしました。お金のずれは、気づくのが早ければ、残りの作業の選び方で取り戻す余地があります。工事の終わりに気づいたのでは、選べるものがもう残っていません。
3-2開発規模と工数の見積り
2号店でもネットで予約を受けられるように、予約システムを改修することになりました。頼んでいる業者から届いた見積書には「開発工数 6人月、240万円」とあります。店長は「人月って、何を数えたらこうなるの」と首をかしげました。ミナトにも、6という数の出どころが分かりません。
ソフトウェアの開発費用は、ほとんどが人の手間の代金です。そこで費用は、何人が何か月働くかという工数で表します。1人が1か月働く量が1人月で、6人月なら1人で6か月、2人なら3か月の量です。1人月の単価が40万円なら、6 × 40 = 240万円という見積書の金額になります。
ただし、人数を倍にすれば期間が半分になるとは限りません。人が増えるほど、打合せや引き継ぎの手間も増えるからです。そして工数を見積もるには、その前に、作るソフトウェアの大きさ(規模)を見積もる必要があります。規模の測り方には、プログラムの行数で測る方法や、機能の数で測る方法があります。
ここから基本情報!規模と工数を見積もる方法
作るプログラムの行数を見積もり、それをもとに工数や期間を出す方法がLOC法です。LOCは Lines of Code、つまりプログラムの行数のことです。行数を工数に直すには、投入した工数あたりにどれだけの規模を作れるかを表す開発生産性を使います。業者の過去の実績が1人月あたり1,000行なら、次のように計算できます。
| 2号店の予約画面 | 2,500行 |
|---|---|
| 予約の通知 | 1,500行 |
| 管理画面の変更 | 2,000行 |
| 合計の規模 | 6,000行 |
| 工数 | 6,000行 ÷ 1,000行/人月 = 6人月 |
LOC法は計算が簡単ですが、行数がまだ分からない計画の初めのころには、見積りの精度が下がります。同じ機能でも、使うプログラム言語や書く人によって行数が変わる点も弱みです。そこで、入力の画面、出力の帳票、扱うデータのまとまりなど、利用者から見える機能の数を数え、それぞれの複雑さで重みを付けて規模を出す方法がファンクションポイント法です。こちらは要件が決まった段階で数えられ、言語にも左右されません。
行数から工数を求める式を、多くの開発の実績から作ったモデルがCOCOMO(Constructive Cost Model)です。ベーム(Boehm)が考案しました。工数は「係数 × 規模(千行単位)のべき乗」で求め、べきの指数が1より大きいので、規模が2倍になると工数は2倍より多くなります。そこに開発者の経験や求められる信頼性などの補正をかけます。その改良版がCOCOMOⅡで、規模による工数の増え方を左右する要因(スケールファクタ)と、工数を増減させる要因(コストドライバ)を見直し、既存のプログラムの再利用や、開発の段階に合わせた見積りにも使えるようにしました。規模には、行数のほかにファンクションポイントも使えます。
開発に投入する人員が時間とともにどう増え、どう減るかを、レイリー曲線という山の形の曲線で表すのがプットナムモデルです。規模・工期・工数の関係を一つの式で表し、工期を縮めようとすると工数が急に増えることを示しました。人数を倍にしても期間が半分にならない理由を、数式の側から説明するモデルです。
行数や機能ではなく、作業から積み上げる方法もあります。開発の作業を標準的なタスクに分け、過去の実績から決めておいたタスクごとの標準工数を足し合わせて、全体の工数を見積もる方法が標準タスク法です。
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業者に聞くと、6人月は「似た予約画面を作ったときの実績」から出した数でした。店長は、見積書に根拠を一行ずつ添えてもらうよう頼みました。根拠が分かれば、画面を一つ減らしたらいくら下がるかを、こむぎ堂の側でも計算できます。
3-3リスクの特定と評価
オーブンの販売店から続報が届きました。船が途中の港で待たされていて、到着は早くて1週間、悪ければ3週間遅れるそうです。オーブンが届かなければ、試し焼きも開店も始められません。店長は「もっと早く分かっていればなあ」とため息をつきました。ミナトは、海外から船で届く機械が遅れることくらい、注文した日にも思いつけたのではないかと考えていました。
まだ起きていないけれど、起きればプロジェクトの目標(開店日・予算・出来栄え)に影響する不確かな出来事を、プロジェクトのリスクといいます。悪い影響を与えるもの(脅威)だけでなく、内装工事が予定より早く終わるような、よい影響を与えるもの(機会)もリスクとして扱います。リスクへの備えは、洗い出す、評価する、対応を決める、監視し続ける、の順に進めます。
洗い出しを一から考えると、どうしても抜けが出ます。そこで、過去のプロジェクトで見つかったリスクをまとめておき、新しいプロジェクトのリスクを洗い出すときに参照する一覧を使います。これがリスクチェックリストです。商店街の店から聞いた開店の苦労話を一覧にしておけば、「輸入した機器の納期の遅れ」「保健所の検査日の変更」「工事の音への近所からの苦情」が並んでいたはずです。オーブンの遅れは、注文した日に書き出せるリスクでした。
洗い出したリスクを全部同じ重さで心配していたら、手が回りません。起こりやすさと、起きたときの影響の大きさの二つで評価し、どれから手を打つかを決めます。
ここから基本情報!リスクに順番を付ける
リスクが実際に起きたとき、プロジェクトや事業にどれほどの影響や損害が及ぶかを表す指標をインパクト(影響度)といいます。発生確率とインパクトをそれぞれ「高・中・低」のような段階で評価し、二つの組み合わせからリスクの優先度を決める方法がリスクの定性的分析技法です。縦に発生確率、横にインパクトをとった表(発生確率・影響度マトリックス)に並べると、右上ほど急ぐべきリスクになります。
| リスク | 発生確率 | インパクト | 優先度 |
|---|---|---|---|
| オーブンの到着の遅れ | 中 | 大(開店できない) | 高 |
| 保健所の検査日の変更 | 低 | 大 | 中 |
| 工事の音への苦情 | 中 | 小 | 低 |
この分析の結果できる、対応の優先度の順に並べたリスクの一覧を優先順位付けされたリスクと呼びます。特定したリスクとその評価、決めた対応策、担当者は、リスク登録簿という文書に書き込み、プロジェクトの間ずっと書き足していきます。
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「中」や「大」では、開店日に間に合うかどうかは分かりません。そこで、不確かな値を幅のある値として扱い、計算を何度も繰り返して、結果がどれくらいの確率でどうなるかを求める方法があります。これをリスクシミュレーションといいます。オーブンの遅れを「1〜3週間のどれか」、内装の残りの工事を「4〜6週間のどれか」とし、乱数でそれぞれの日数を選んで日程を計算する。これを1万回繰り返して、開店日に間に合ったのが7,000回なら、間に合う確率はおよそ70%です。乱数を使って何度も試すこの計算方法を、モンテカルロ法と呼びます。
ここから基本情報!数で測る分析と、監視し続けること
リスクがプロジェクト全体の目標に与える影響を、金額や日数などの数値で分析する方法をまとめてリスクの定量的分析技法といいます。モンテカルロ法によるシミュレーションのほか、どのリスクが結果をいちばん大きく動かすかを調べる感度分析や、発生確率と影響額をかけて損失の見込みを出す期待金額価値の計算があります。オーブンが遅れる確率が40%で、遅れたときの損失が50万円なら、期待金額価値は 0.4 × 50万円 = 20万円です。手間がかかるので、ふつうは定性的分析で優先度が高いと分かったリスクに絞って行います。
リスクは一度評価したら終わりではありません。特定したリスクを追いかけ、新しいリスクを見つけ、決めた対応策が効果を上げているかを評価し続けるプロセスを、PMBOKの旧版ではリスクの監視・コントロールと呼びます。基本情報のシラバスでは「リスクの管理」というプロセスにあたります。
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船の続報を受けて、オーブンの遅れは起こりやすさが一段上がったリスクとして、次の打合せの最初の議題になりました。
3-4リスクへの対応
金曜の打合せで、ミナトはオーブンの遅れへの打ち手を四つ、ホワイトボードに書き出しました。店長はしばらく眺めてから言います。「全部やればいいんじゃない?」。ミナトは首を振りました。「全部やると、内装で超えた分と合わせて、予算が足りなくなります」
脅威となるリスクへの打ち手は、四つの型に分けられます。回避・軽減・転嫁・受容の四つをまとめてリスクの対応策と呼びます。ホワイトボードの四つは、ちょうどこの四つに当てはまっていました。
| 対応策 | 考え方 | こむぎ堂の打ち手 |
|---|---|---|
| 回避 | 原因になる活動をやめるか変えて、リスクそのものをなくす | 国内に在庫のある別のオーブンに注文を切り替え、船便を使わない |
| 軽減 | 発生確率か影響の大きさを小さくする | 早い便への積み替えを頼む。試し焼きの日を後ろにずらし、届くまでにほかの準備を進める |
| 転嫁 | 保険や契約で、リスクを第三者に移す | 遅れたときの補償を販売店との契約に入れる |
| 受容 | 特に手を打たず、起きたら受け入れる | 遅れたら、開店からしばらくは焼く品数を絞る |
どれを選ぶかは、リスクの重さと、打ち手にかかるお金や手間との釣り合いで決めます。回避はリスクを消せますが、別のオーブンは値段が高く、店長が選んだ窯の焼き上がりもあきらめることになります。受容は費用がかかりませんが、開店の初日に品数が少ないのは痛手です。発生確率が高く影響も大きいリスクほど回避や軽減を、どちらも小さいリスクほど受容を選ぶのが目安になります。
受け入れると決めたリスクにも、起きたときの備えはしておけます。特定したリスクが実際に起きたときのために、あらかじめ確保しておく予備の予算や期間をコンティンジェンシー予備といいます。どのリスクのためとも決めず、まったく予想していなかった出来事に備える予備(マネジメント予備)とは分けて扱います。
機会のほうにも、それを確実に起こす、起こりやすくする、ほかの人と組んで分け合う、といった対応の型があります。内装が早く終わりそうなら、職人を一日多く頼んで本当に早く終わらせる、というのも一つの手です。
店長は、軽減と受容を組み合わせることにしました。販売店に早い便への積み替えを頼み、それでも間に合わなかったときのために、業務用オーブンを借りる費用15万円と、日程の予備1週間を取っておきます。この15万円と1週間が、こむぎ堂のコンティンジェンシー予備です。
3-5品質の計画と管理
内装の引渡しの前日、店長とミナトは2号店を見て回りました。ショーケースの照明が一か所だけ点きません。床は雨の日に濡れた靴で歩くと、少し滑ります。業者は「照明は直します。床は、滑りにくさの指定がなかったので」と言いました。店長は小さくつぶやきます。「パン屋の床なんだから、滑らないのが当たり前じゃない」
店長にとっての当たり前は、業者にとっての当たり前ではありませんでした。プロジェクトでいう品質は「よいかどうか」という感想ではなく、「決めた条件を満たしているかどうか」です。条件を書いていなければ、満たしたかどうかを誰も判定できません。だから品質は、作り始める前に条件と測り方を決め、作っている途中から確かめていきます。
ここから基本情報!品質を先に決める
成果物が満たすべき品質の水準や、合否を判定するための条件を品質要求事項といいます。「ショーケースの照明が全部点く」「床は濡れても滑りにくい」「ショーケースの中を決めた温度以下に保つ」がそれにあたります。条件を確かめられる形にするには、何をどう測り、どの値なら合格かを決めておきます。この測定の基準が品質の指標です。床なら、決めた試験の方法で測った滑りにくさの値、ショーケースなら1時間ごとに記録した中の温度、という形になります。
プロジェクトで使う品質の基準と、それをどう満たし、いつ誰がどう確かめるかを定めた計画を品質計画といいます。床材を選ぶ時点で品質計画に滑りにくさが書いてあれば、業者はその値を満たす床材を選んでいたはずです。
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確かめる相手は二つあります。一つは作り方で、決めた手順どおりに作業が進んでいるかを見ます。もう一つは出来上がったもので、条件を満たしているかを検査します。作り方を見ていれば、出来上がる前に問題に気づけます。
ここから基本情報!確かめ方と直し方
決めた品質の基準や手順が守られているかを定期的に評価し、要求された品質を満たせるという確信を関係者に与える活動を品質保証(QA)といいます。工事の途中で、配線の手順書どおりに作業しているかを確かめるのは品質保証です。これに対し、出来上がったものを測って合否を判定するのが品質管理です。
測った値は、目的に合った図で表すと読み取りやすくなります。時間とともに値がばらつく様子を見るなら管理図、値の散らばり方を見るならヒストグラム、不具合の原因を多い順に並べるならパレート図、というように表し方を選びます。シラバスはこれを「プロジェクトにおける品質管理測定値の活用(データ表現技法の選択など)」と書いています。ショーケースの温度を管理図にすれば、上限を超えた時刻がひと目で分かります。
検査の結果、つまり何をどう測り、どれが合格でどれが不合格だったかを記録した文書が検査報告書です。引渡し前日の点検の結果も、検査報告書として残します。
見つかった問題への手当てには二種類あります。起きてしまった問題の原因を取り除き、同じことが二度と起きないようにする処置が是正処置です。照明が点かない原因が配線の誤りなら、電球を替えるだけでなく配線を直すのが是正処置です。これに対し、まだ起きていない問題について、起きる原因を前もって取り除いておく処置が予防処置です。ほかの照明も同じ職人が配線していたので、点いているものも含めて全部の配線を点検するのは予防処置です。
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床は、引渡しの前に滑りにくい塗装を足してもらうことになりました。費用は、条件を書いていなかったこむぎ堂の側が持ちます。店長は「次からは、当たり前のことほど書いておく」と言って、開店前の点検表に一行足しました。
3-6調達
内装の業者を決めたときのことを、ミナトは思い返していました。2社から見積りを取ると、A社は480万円、B社は520万円でした。店長は、換気の工事まで含んでいるB社に決めました。契約書に判を押す前、店長は書類をめくりながら「この紙に何が書いてあれば安心なんだろう」とつぶやいていました。
プロジェクトに必要な製品やサービスを、組織の外から手に入れることを調達といいます。2号店のプロジェクトでは、内装工事、オーブン、予約システムの改修と、お金のかかる仕事の多くを外に頼んでいます。プロジェクトに必要な資源や資材のうち、自分たち以外から調達する分の割合を外部調達率といいます。費用1,000万円のうち850万円を外に払うなら、外部調達率は 850 ÷ 1,000 = 85% です。この割合が高いほど、業者選びと契約の出来が、プロジェクトの出来を左右します。
ここから基本情報!契約の当事者と契約のタイプ
調達の契約には二つの当事者がいます。契約に基づいて対価を払い、製品やサービスを手に入れる側が購入者で、こむぎ堂がこれにあたります。契約に基づいて製品やサービスを提供する側が納入者で、B社がこれにあたります。また、プロジェクトに必要な製品やサービス、資源を外から提供する企業や組織を広くサプライヤと呼びます。オーブンのメーカーも販売店も、床材の問屋も、こむぎ堂のサプライヤです。
何を外に頼むか、どう選ぶか、どの形の契約を結ぶかといった、調達の進め方の方針が調達戦略です。シラバスは、その例として契約のタイプの選択を挙げています。代表的なタイプは次の三つで、どれを選ぶかで、費用が増えたときに誰が負担するかが変わります。
| タイプ | 払い方 | 費用が増えたときの負担 |
|---|---|---|
| 定額契約(固定価格契約) | 決めた金額を払う | 主に納入者 |
| 実費償還契約(コスト償還契約) | かかった費用に、決めた報酬を足して払う | 主に購入者 |
| タイム・アンド・マテリアル契約 | 作業時間 × 単価に、材料費を足して払う | 両者の間 |
B社との契約は定額契約で、520万円と決まっています。作業の範囲がはっきりしている工事は、定額契約が向いています。範囲がはっきりしないまま定額契約を結ぶと、納入者は見込み違いに備えて高めの金額を出しがちです。
こうして合意した内容(作業の範囲、金額、納期、検収の条件など)を書いた、法的な効力をもつ文書が契約書又は注文書です。内装工事のような大きな取引は契約書を交わし、床材の追加のような小さな買い物は注文書で済ませる、という使い分けをします。店長が「何が書いてあれば安心か」と迷っていたのは、この文書の中身でした。
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システム開発を外に頼むときには、出来上がりの速さや処理できる量も契約で約束してもらえます。開発の委託契約で、完成したシステムが決めた処理性能(応答時間や処理件数など)を満たすことを条項として定めることを性能保証といいます。予約システムの改修なら「予約が集中する朝の時間帯でも、画面を3秒以内に表示する」と書いておけば、満たさなかったときに直してもらう根拠になります。
ここから基本情報!PMBOKの旧版にある調達のプロセス
基本情報のシラバスは、調達を「調達の計画」「供給者の選定」「調達の運営管理」の三つのプロセスに分けています。PMBOKの旧版では、これをもう少し細かい六つのプロセスに分けて呼んでいました。
計画の段階は二つです。何を、いつ、どのように外から買うかを明らかにし、調達のための文書を準備するのが購入・取得計画です。提案依頼書(RFP)などの業者に渡す文書と、届いた提案を評価する基準を作るのが契約計画です。
選定の段階も二つです。見積書や提案書など、納入の候補からの回答を集めるのが納入者回答依頼で、こむぎ堂が2社に見積りを頼んだのがこれにあたります。集まった提案を評価の基準で審査し、契約する相手を決めるのが納入者選定です。
契約を結んだ後にも二つあります。購入者と納入者の双方が契約どおりの義務を果たしているかを管理し、必要なら契約を変えるのが契約管理です。床材を国産品に替えたときも、B社との契約の変更として扱います。最後に、残った問題を片付け、契約の内容が終わったことを確かめて一つ一つの契約を閉じるのが契約終結です。
| シラバスのプロセス | PMBOKの旧版のプロセス |
|---|---|
| 調達の計画 | 購入・取得計画、契約計画 |
| 供給者の選定 | 納入者回答依頼、納入者選定 |
| 調達の運営管理 | 契約管理、契約終結 |
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ただ、業者を選んで契約を結ぶまでがどれほど丁寧でも、決まったことが関係する人に届かなければ、別の困りごとが起きます。大家さんからの電話がそれでした。
3-7コミュニケーションの計画と配布
大家さんの話には続きがありました。内装業者の車が毎朝、建物の前に止まっていて、ほかの店から苦情が来ていたのです。「どこの業者さんか分からないから、誰に言えばいいのかも分からなくてね」。店長はミナトが伝えたと思い、ミナトは店長が伝えたと思っていました。
「伝えたつもり」を防ぐには、誰に、何を、いつ、どの手段で、誰が伝えるかを、先に決めておきます。関係者の間で情報を伝える方法や頻度、担当者などを定めた計画書をコミュニケーションマネジメント計画書といいます。こむぎ堂では、次のような表にまとめました。
| 相手 | 伝えること | いつ | 手段 | 担当 |
|---|---|---|---|---|
| 大家さん | 工事の業者、日程、音の出る日、駐車 | 毎週金曜 | 電話と手紙 | 店長 |
| 内装業者 | 決まったこと、変えたこと | 決まったその日 | 打合せとメール | ミナト |
| 新しいアルバイト | 研修の日程、開店日の持ち場 | 決まり次第 | 共有の予定表 | ミナト |
ここから基本情報!伝える経路の数と、配って報告すること
関係者どうしで情報を伝え合う経路をコミュニケーションチャネルといいます。関係者が n 人いれば、2人ずつの組の数だけ経路があり、その数は n(n − 1) ÷ 2 です。店長、ミナト、大家さん、内装業者、オーブンの販売店、予約システムの業者の6人なら 6 × 5 ÷ 2 = 15本。新しいアルバイトが2人加わって8人になると 8 × 7 ÷ 2 = 28本で、2人増えただけで、伝え合う組はほぼ倍になります。組が増えるほど伝え忘れも起きやすくなるので、誰が誰に伝えるかを計画書で決めておく意味が大きくなります。
計画どおりに、必要な情報を、適切な時期と手段で関係者が手に入れられるようにするプロセスを、PMBOKの旧版では情報配布と呼びます(基本情報のシラバスでは「情報の配布」)。そして、関係者に向けて実際に送り届けたり共有したりした情報が配布情報で、シラバスでは進捗報告書と並んで、コミュニケーションのプロセスの主要なインプット・アウトプットの例に挙げられています。金曜に大家さんへ渡す一枚の手紙も、配布情報です。
進み具合や出来栄え、使ったお金などの実績を集めてまとめ、関係者に報告するプロセスを、PMBOKの旧版では実績報告と呼びます。そのために作って配る、プロジェクトの進み具合をまとめた文書が進捗報告書です。ミナトは毎週金曜に、終わった作業、遅れている作業、出来高と実コストの数字、新しく見つかったリスクを一枚にまとめ、店長に渡すことにしました。
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計画書を作った翌週から、大家さんへの電話は金曜の夕方の決まりごとになりました。業者の車は、大家さんの紹介で近くの駐車場に止めることになりました。
3-8伝え方の種類
開店まであと2週間。ミナトは、関係者全員に開店日の案内を出すことにしました。業者にはメールで済みます。けれども大家さんはメールをほとんど見ませんし、オーブンの販売店の担当者は外回りで電話に出られないことが多い人です。同じ案内でも、相手によって届け方を変える必要がありました。
伝え方は、やり取りのしかたで分けられます。2人以上の関係者が、その場で同時にやり取りしながら情報を交換する伝え方を双方向コミュニケーション(相互型コミュニケーション)といいます。会議や電話がその例です。相手の反応を見ながら、分からないところをその場で聞き返せるので、伝わったことをいちばん確かめやすい方法です。そのかわり、全員の時間を同じときにそろえる必要があります。
ネットワークを通じて文書やファイルを送り合う手段が電子メールです。相手の都合のよいときに読んでもらえ、送った内容が記録に残ります。一方で、送っただけでは、相手が読んだか、正しく受け取ったかは分かりません。大事な決定をメールで送ったら、受け取ったと返事をもらうところまでを、伝える仕事に含めます。
ここから基本情報!送り届けるか、取りに来てもらうか
双方向のほかに、二つの型があります。送り手の側から特定の相手に向けて情報を送り届け、相手が受け取ったか、読んだかまでは確かめない伝え方がプッシュ型コミュニケーションです。電子メールや手紙、報告書の送付がこれにあたります。反対に、情報を置き場所に置いておき、受け手が必要なときに自分で取りに行く伝え方がプル型コミュニケーションです。共有の予定表や掲示板、社内のWebページがその例で、大勢に同じ情報を見てもらうのに向いています。
手段にもいろいろあります。電話の相手が出られないときに音声のメッセージを録音しておき、あとで聞いてもらう手段がボイスメールです。外回りの多い販売店の担当者には、これが確実でした。離れた場所にいる関係者どうしが、映像と音声でその場で打合せをする手段がテレビ会議で、表情を見ながら資料を一緒に見られます。画面やネットワークを使わず、紙に印刷して伝える媒体が紙面です。メールを見ない大家さんには、紙面の案内を手渡しするのがいちばん確かです。
| 相手 | 手段 | 型 |
|---|---|---|
| 内装業者・予約システムの業者 | 電子メール | プッシュ型 |
| オーブンの販売店 | ボイスメールに録音し、折り返しの電話で確かめる | プッシュ型のあと双方向 |
| 大家さん | 紙面を手渡しして、その場で説明する | プッシュ型と双方向 |
| アルバイト全員 | 共有の予定表に載せる | プル型 |
基本情報の範囲ここまで
開店前日の夜、2号店の厨房には、借りてきた業務用オーブンが据え付けてありました。船のオーブンは、結局まだ港にあります。事務所の壁に貼ったリスクの一覧の「オーブンの遅れ」の欄には、2週間前の日付で「代わりの業務用オーブンを借りる手配済み」と書き込まれていました。案内は大家さんにも、業者にも、販売店にも、アルバイト全員にも届いています。店長は、借りたオーブンで焼いた試作の食パンを切りながら言いました。「6週目に電卓をたたいていなかったら、今夜は眠れなかったかもね」
6週目の夕方の三つの困りごとは、どれも同じ形をしていました。お金のずれは、払った額だけを見ていたら工事の終わりまで見えませんでした。進み具合と並べたから、床材を替える余地のあるうちに気づけました。オーブンの遅れは、注文した日に書き出せるリスクで、起きる前に打ち手と予備を決めておいたから、借りたオーブンで開店を迎えられます。大家さんへの連絡は、誰が伝えるかを決めていなかったから漏れました。三つとも、起きてから慌てるのではなく、先に決めて、途中で測っておく仕事でした。
ただ、店長にはまだ片付いていないことがあります。「内装は、結局予算を少し超えたままだよね。それに、船のオーブンが届いたら、借りたほうはいつ返すの?」。開店日は、2号店のプロジェクトの終わりの日でもあります。何がうまくいき、何を次に生かすのかを、ミナトはまだ書き残していませんでした。