1-1戦略の目的と基本計画
閉店後のこむぎ堂の作業台で、ミナトは電卓をたたいていました。店頭のレジの売上、ネット通販の注文、予約システムの受け取り予定。三つの画面の数字を紙に書き写し、どれが同じお客さんの同じパンなのかを一件ずつ照らし合わせるのが、毎晩の仕事です。三つの仕組みは、必要になるたびに別々の業者から入れたもので、互いにつながっていません。その横で、店長が駅前の空き店舗の図面を広げました。来年の春、ここに2号店を出すのです。「店が二つになったら、この照らし合わせは誰がやるんだろうね」。ミナトが「じゃあ、次はどのシステムを入れましょうか」と相棒に打ち込むと、返事はこうでした。「入れるものを選ぶ前に、店をどうしたいかを先に決めよう」
相棒の返事は、順番の話でした。システムは、店をどうしたいかという目的を果たすための手段です。こむぎ堂の目的は、来年の春に2号店を開き、二つの店で同じパンを同じ値段で売り、予約を一件も取りこぼさないことにあります。企業が、どの市場で、何を強みにして、どう稼いでいくかを長い目で決めたものを経営戦略と呼びます。
経営戦略が決まると、それを実現するために、情報システムをどう整え、どう使うかを決めることになります。これが情報システム戦略です。「2号店にレジを入れる」は一つの買い物の話ですが、「二つの店の売上と在庫と予約を、一か所で同じ数字として見られるようにする」は戦略の話です。後者が決まっていれば、どのレジを選ぶかの答えもそこから出てきます。逆の順で、目についた製品を一つずつ入れていけば、いまのこむぎ堂と同じように、つながらない仕組みが増えていきます。
ここから基本情報!戦略の短い呼び名
経営戦略の実現に向けて、情報システムの整備と活用の方向を定めた基本方針を、短く情報戦略と呼ぶことがあります。基本情報のシラバスの用語例には無い語で、この章では情報システム戦略と同じものを指す語として扱います。
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戦略を立てるときは、まず、いまの業務といまの情報システムを調べ、ITの動向も調べます。そのうえで、業務の新しい全体像と、そのために何に投資するかを選びます。ミナトが毎晩やっている照らし合わせは、いまの業務を調べると真っ先に出てくる問題です。
戦略で示した将来像を、数年先までを見通した計画としてまとめたものを情報システム化基本計画といいます。基本情報のシラバスに載っている名前です。中に書くのは、目指すシステムの全体像、どれから順に手を付けるか、おおよその予算と期間、誰が進めるかです。こむぎ堂なら「2号店の開店までに、レジと予約を一つにまとめる。通販は次の年に」という粒度になります。
基本計画には、システムを作る前に決めておく約束ごとも入ります。その一つが情報セキュリティポリシー(情報セキュリティ方針)で、組織として情報をどう守るかを文書にしたものです。何を守るかを示す基本方針、守るための決まりである対策基準、具体的なやり方を書いた実施手順の三段で作ることが多く、一般には基本方針と対策基準を合わせて情報セキュリティポリシーと呼びます。「お客さんの名前と電話番号は、予約の受け渡しにだけ使う」は、こむぎ堂の基本方針の一文になりえます。
ここから基本情報!作り方と品質をそろえる約束
システムの作り方と運用のやり方をそろえるために、基本計画では標準化方針及び品質方針も決めておきます。標準化方針は、商品コードの付け方、画面で使う言葉、開発の手順などをそろえる決まりです。品質方針は、どの程度の品質を目指し、それをどう確かめるかの考え方です。1号店がクロワッサンを商品番号105で、2号店が2105で登録してしまうと、あとで売上を足し合わせるときに、また照らし合わせの仕事が生まれます。
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では、ここまでのことを誰が決めるのでしょうか。ミナトに任せておくと、ミナトが辞めた日に店のITの行き先は誰にも分からなくなります。経営者が主体となってITの戦略を決め、実行を指示し、結果を確かめて正していく仕組みをITガバナンスといいます。こむぎ堂でいえば、2号店のシステムにいくら払うかを決め、計画どおりに進んでいるかを確かめるのは店長の仕事です。ミナトは、その判断の材料をそろえる係にあたります。
ここから基本情報!立てた戦略を確かめる
策定した情報システム戦略が計画どおりに実施され、期待した効果を上げているかを検証することを情報システム戦略評価といいます。2号店の開店から半年たっても照らし合わせの作業が減っていなければ、計画のどこかが狂っています。評価の結果によって、計画を直すか、戦略そのものを見直します。
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1-2戦略を進める組織と人
次の日、店長は粉の袋を運びながら言いました。「ITのことは、これからもミナトに任せていいかな」。ミナトは返事に詰まりました。来年は受験があり、アルバイトを続けられるかも分かりません。相棒は、決める人、組み立てる人、やり遂げる人を分けて書き出してみよう、と提案しました。
情報システム戦略を進める責任者として、経営陣の中に置かれるのがCIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)です。経営戦略と情報システム戦略をつなぐ役で、ITへの投資や体制を経営の立場から決めます。デジタル技術を使って事業のやり方そのものを変える取り組みを率いるCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)を置く企業もあります。小さなこむぎ堂では、店長がその両方を兼ねることになります。
ここから基本情報!決める場と、担う部門
組織が大きくなると、一人の責任者だけでは決めきれません。経営層と各部門の代表が集まり、経営戦略に沿った情報システム戦略を策定・審議する会議体を情報システム戦略委員会といいます。部門ごとの要望がぶつかったとき、全社としてどれを先にするかを決める場でもあります。
決まった戦略に沿って、情報システムの企画・開発・運用・保守を担う部門が情報システム部門です。こむぎ堂に置き換えると、委員会は店長と両店の店頭の責任者が月に一度集まる打ち合わせ、情報システム部門はミナト一人、という見立てになります。
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決める人の下には、専門の役割があります。経営戦略とITを結び付け、ITを使った事業戦略を立てて、その実現を提案・推進する専門家がITストラテジストです。業務の要件をもとに、情報システム全体の構造や方式を設計し、技術の面から開発を引っ張るのがシステムアーキテクトです。そして、決まった一つの開発について、計画・実行・管理の責任を負うのがプロジェクトマネージャです。プロジェクトマネージャが責任を持つのは引き受けた一つの開発で、全社のITの全体を見渡すCIOとは受け持つ範囲が違います。
これらの名前は、IPAの情報処理技術者試験の区分の名前にもなっています。システムアナリストは、経営戦略に基づいて情報システム化の基本方針や全体計画を立てる専門家を指した、かつての試験区分の名前です。いまはこの区分の試験は行われておらず、その役割はITストラテジスト試験に引き継がれています。
1-3情報システム投資計画
一週間後、知り合いの業者から見積もりが三つ届きました。いまのまま続ける案、いまの三つの仕組みをつなぐ案、一つの仕組みにまとめて乗り換える案です。いちばん高い案の金額を見て、店長は「オーブンがもう一台買えるね」とつぶやきました。
情報システムへの投資は、経営戦略との整合を確かめて決めます。目的が「二つの店の数字を一か所で見る」なのに、いちばん安いからといって目的に届かない案を選べば、払ったお金は戻ってきません。案を比べるときは、ねだんだけでなく、業務への影響、効果、かかる期間、本当に実現できるかの見込みを並べて見ます。
| 案 | 費用 | 期間 | 効果と実現の見込み |
|---|---|---|---|
| A:いまのまま手で照らし合わせる | 追加なし | すぐ | 照らし合わせの手間は2店で倍になる。ミナトがいないと回らない |
| B:三つの仕組みをつなぐ | 初期35万円、月5千円 | 2か月 | 手間は減るが画面は三つのまま。どれかの仕組みが更新されると、つなぎ目の直しが要る |
| C:一つの仕組みにまとめる | 初期60万円、月1万2千円 | 4か月 | 売上・在庫・予約が一か所にそろう。開店に間に合わせるには、すぐ始める必要がある |
C案の効果を、照らし合わせの手間で見積もってみます。いまは毎晩1時間かかっていて、2店になれば2時間です。時給1,100円で月に26日営業すると、2時間×1,100円×26日で、月57,200円ぶんの作業になります。C案ならこの作業がほぼ無くなり、代わりに月1万2千円の利用料がかかるので、月に差し引き45,200円が浮きます。初期費用の60万円を45,200円で割ると約13.3なので、14か月目には初期費用を取り戻せる計算です。
ここから基本情報!投資の方針と、三つの時点の評価
どの分野に、どの順で、どれくらいの予算を配るかの基本の考え方を情報システム投資方針といいます。情報化投資方針(IT投資方針)とも呼ばれ、経営戦略に基づいて決め、個々のシステム化の計画の前提になります。こむぎ堂の方針は「お客さんの予約と店の数字にかかわるものを先にし、見た目の改装は後にする」といった形になるでしょう。
IT投資を経営の目標に沿って計画し、実行し、効果を評価して次の判断に生かす一連の活動をIT投資マネジメントといいます。その中で、投資の効果や進み具合を段階ごとに確かめる手続きがIT投資評価です。始める前の事前評価、進めている途中の中間評価、終わった後の事後評価に分けて行います。先の14か月という見積もりは事前評価にあたります。開店から半年後に、照らし合わせの時間が本当に減ったかを測るのが事後評価です。
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見積もりの計算には、前提が入っています。時給も、営業日数も、照らし合わせが「ほぼ無くなる」ことも、いまの時点での見込みです。店長はC案を選びましたが、半年後に答え合わせをすると決めて、見積もりの紙をファイルにとじました。
1-4個別計画と全社のシステム
基本計画のいちばん上には「レジと予約を一つにまとめる」と書いてあります。ミナトが業者のカタログを開くと、同じような仕組みに、アルファベット三文字の似た名前がいくつも並んでいました。どれが自分たちの店に要るものなのか、カタログの説明だけでは分かりません。
基本計画で決めた優先順位に従って、一つずつの開発について立てる計画を個別計画と呼びます。個別計画で選ぶシステムには、企業全体の業務をまとめて管理するもの、取引先との間を一体で動かすもの、お客さんとの関係を深めるものがあります。
生産・販売・在庫・会計・人事など、企業の中心となる業務の情報を一つにまとめ、全体を統合して管理する考え方、またはそのためのシステムをERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)といいます。粉の仕入れ、焼いた数、売れた数、売上を、二つの店の分まで一つの仕組みで扱えれば、毎晩の照らし合わせは要らなくなります。
ここから基本情報!止められないシステム
生産・販売・会計など、事業の中心となる業務を処理する情報システムを基幹系システムといいます。ERPが統合しようとしているのは、この基幹系の業務です。
停止すると業務や社会に重大な影響が出るため、きわめて高い信頼性と止まらずに動き続けることが求められるシステムをミッションクリティカルシステムといいます。銀行の勘定系や鉄道の運行管理が代表です。こむぎ堂のレジも、土曜の朝に止まれば店頭で一つもパンが売れなくなるので、店にとってはそれに近い存在です。
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企業の外までつながるシステムもあります。原材料の調達から製造、物流、販売までの流れを、取引先も含めて一つの連なりとして管理し、在庫と欠品を減らす手法をSCM(Supply Chain Management:供給連鎖管理)といいます。製粉所が、こむぎ堂の粉の残りを見て次の配達の量を決められるようになれば、それはSCMの考え方です。
お客さんの情報や買ったものの履歴を一か所で管理し、関係を深めて満足度と売上を上げる手法がCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)です。毎年12月に同じケーキを予約するお客さんに、受付が始まった日に知らせを送る、といった使い方をします。営業の活動を記録し、訪問の予定や商談の進み具合を共有して、営業の仕事を支えるシステムはSFA(Sales Force Automation)といいます。店長が近くの会社を回って、昼食用のパンの定期注文を取ってくるようになったら、その記録を残す先になります。
システムが増えると、情報のありかも散らばります。社内の複数のシステムやファイルにばらばらに置かれた情報を、まとめて一度に検索できる仕組みをエンタープライズサーチといいます。「去年のクリスマスに、ケーキは何台予約が入ったか」を調べるのに、予約の記録、売上の表、メールを一つずつ開かずに済みます。
ここから基本情報!ノウハウをためる仕組み
店に残したいのは数字だけではありません。気温の高い日に生地の水を減らす量のような、店長の頭の中にあるノウハウもあります。組織の中の知識やノウハウを集めてためておき、誰もが探して使えるようにするシステムをKMS(Knowledge Management System:知識管理システム)といいます。2号店の厨房に立つ人が、店長に電話をかけずに仕込みのこつを調べられるようにするための仕組みです。
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1-5企業経営のモデル
ミナトは、2号店の計画を相棒に説明しようとして、うまく言えないことに気づきました。「駅前で、朝にパンを売る」だけでは、1号店と何が違うのかが伝わりません。相棒は「誰に、何を渡して、どこでお金をもらうのか。それと、店の中で誰が何をするのか。二つに分けて書いてみて」と返しました。
企業が、どんな価値をつくって誰に届け、どうやって収益を得るのかという事業の仕組みをビジネスモデルといいます。2号店のビジネスモデルは、たとえば「通勤客が前の晩に予約したサンドイッチを、朝、改札の前の店で受け取って代金を払う」と書けます。1号店の「焼きたてを並べて選んでもらう」とは、お客さんに渡す価値も、お金を受け取る時点も違います。
ビジネスモデルが決まると、それを実現する店の中の動きが要ります。業務の処理手順、情報の流れ、関係する人の役割などを表したものを業務モデルといいます。前の晩の予約を締め切る時刻、朝4時に仕込みを始める人、受け取りの棚に名札を貼る人、といった流れと分担がここに描かれます。
ここから基本情報!業務を支えるシステムの姿
業務モデルを支える情報システムの側を、構成する要素や機能と、それらの関係を抽象化して表したものを情報システムモデルといいます。予約を受け付ける機能、締め切った予約から焼く数を出す機能、名札を印刷する機能が、どの順でどうつながるかを描きます。ビジネスモデルが「どう稼ぐか」、業務モデルが「店がどう動くか」なら、情報システムモデルは「その動きをシステムがどう支えるか」の図です。
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1-6エンタープライズアーキテクチャ
週末の閉店後、作業台に大きな紙が広げられました。左半分にミナトが描いたのは、いまの店です。レジ、通販、予約、紙の注文票が、線でつながらないまま散らばっています。右半分には、店長と話して決めた、2号店ができた後の店を描いていきます。相棒は、二つの図の違うところに印を付けていきました。
組織全体の業務と情報システムを、統一したやり方で図に表し、業務とシステムを同時に改善していくための設計と管理の手法をエンタープライズアーキテクチャ(EA)といいます。部署ごとにその場の都合で作ってきた業務の決まりやシステムを、組織全体として最もよくなるように整理し直すのがねらいです。部分ごとの最適を積み上げても全体の最適にはならない、というのが出発点にあります。こむぎ堂の三つの仕組みも、一つずつ見ればどれも便利でした。
EAでは、組織を四つの層に分けて描きます。いちばん上は業務の層で、どんな仕事がどう流れるかを描きます。その下にデータの層があり、仕事に使う情報の中身とつながりを描きます。さらにアプリケーションの層で仕事を支えるソフトウェアの構成を、いちばん下の技術の層で、それを動かす機器やネットワークを描きます。そして、それぞれの層について、いまの姿と目指す姿の二枚をそろえます。
目指す姿を描くときには、システムを性格で二つに分けて考える見方もあります。売上・在庫・会計のように、正確に記録して長く残すことが役目のシステムをSoR(Systems of Record)と呼びます。予約のアプリやSNSのように、お客さんとのつながりをつくることが役目のシステムをSoE(Systems of Engagement)と呼びます。SoRは間違えないことが第一で、変更は慎重に行います。SoEはお客さんの反応を見て、画面を何度も直していくことになります。
ここから基本情報!いまの姿と目指す姿のモデル
EAで、業務とシステムの構成要素を体系立てて記述したものをアーキテクチャモデルといいます。業務・データ・アプリケーション・技術の四つの層それぞれについて作り、組織全体の現状と理想像を表します。
改善する前の、現状の業務やシステムをそのまま表したモデルがAs-isモデルです。改善した後に実現したい理想の業務やシステムを表したモデルがTo-beモデルで、シラバスでは「情報システムのあるべき姿」とも書かれます。作業台の紙でいえば、左半分がAs-is、右半分がTo-beにあたります。二枚の違いが、これから手を入れる場所の一覧になります。
業務の手順と情報システムの両方を見直して、全体として効率と効果が最大になるように改善する取り組みを業務・システム最適化といいます。システムだけを新しくしても、業務の手順が古いままなら、新しい画面の数字をまた紙に写す仕事が残ります。
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ここから基本情報!全体最適の考え方・目標・計画
EAで全体の最適化を進めるときの考え方・目標・計画には、それぞれ名前が付いています。部門ごとの事情よりも組織全体の最適化を優先して進めるという考え方を全体最適化方針、部門ごとの最適ではなく組織全体として達成を目指す目標を全体最適化目標と呼ぶことがあります。そのうえで、組織全体の視点からシステム化の方向とIT投資の優先順位を定めた計画は全体最適化計画と呼ばれます。三つとも、いまのシラバスの用語例には無い語です。
こむぎ堂でいえば、「通販の担当は通販の画面だけを使いやすくしたい」という要望より、「二つの店の数字を一か所にそろえる」を先にする、と決めるのが方針の側です。「開店半年で照らし合わせの作業をゼロにする」は目標の側にあたります。
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ここから基本情報!見る人と問いの表
EAの描き方の枠組みとして古くから知られるのがザックマンフレームワークです。1987年にIBMのJohn Zachmanが発表し、1992年にJohn Sowaとの論文で広げられたもので、企業の情報システムを二つの軸の表で整理します。広げた後の形では、横の軸に「何を(What)」「どうやって(How)」「どこで(Where)」「誰が(Who)」「いつ(When)」「なぜ(Why)」の六つの問いを、縦の軸に計画する人、所有する人、設計する人、作る人といった立場の違いを並べます。同じ「予約」でも、店長が見る予約と、作る人が見る予約とでは、描くべき中身の細かさが違う、ということを表の形で示しています。
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1-7ビジネスアーキテクチャ
四つの層のいちばん上、業務の層から描き始めました。ところが、予約の受け付けから受け取りまでを店長に聞くと、話が途中で厨房の段取りに飛び、また受付に戻ります。ミナトは、聞いたことをそのまま文章に書くのをやめ、矢印でつなぐことにしました。
業務の流れを描く代表的な図にDFD(Data Flow Diagram)があります。データの流れと、データを処理する場所の関係を図にしたもので、使う記号は四つです。データを出したり受け取ったりする外部のもの(外部実体)、データを変える処理(プロセス)、データをためておく所(データストア)、そしてそれらの間を流れるデータ(データフロー)の矢印です。
こむぎ堂の予約をDFDで描くと、次のようになります。外部実体の「お客さん」から「予約内容」が流れて、プロセス「予約を受け付ける」に入ります。受け付けた予約はデータストア「予約台帳」にたまり、プロセス「焼く数を決める」がそこから読み出して、「焼く数」を外部実体の「厨房」へ渡します。DFDは、誰がいつ動くかの順番ではなく、データがどこからどこへ流れるかだけを描く図です。
ここから基本情報!業務の層を描く図と文書
EAの四つの層のうち、組織の目標と業務を体系立てて描いたものをビジネスアーキテクチャ(BA)といいます。組織の使命、業務の機能、業務の流れ、組織の構造を整理します。
BAで使う成果物の一つが業務説明書で、業務の目的、手順、担当する人の役割などを文章で書いたものです。図だけでは伝わらない「予約は前日の20時で締め切る」「締め切り後の電話予約は店長の判断で受ける」といった決まりを書き残します。
業務の処理手順と情報の流れを、担当する組織や場所ごとに図に表したものがWFA(Work Flow Architecture:業務流れ図)です。DFDがデータの流れだけを描くのに対して、WFAは「受付が予約を受ける→厨房が仕込む→店頭が受け渡す」のように、誰がどの順で何をするかを描けます。システムの構造や振る舞いを描くための図の書き方を定めたUML(Unified Modeling Language)の図も、業務の流れを描くのに使われます。
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1-8データアーキテクチャ
同じお客さんが、三つの仕組みの中で別々の名前になっていました。レジの会員カードでは「佐藤様」、通販では「サトウ」、予約では電話番号だけ。ミナトが毎晩照らし合わせていたのは、数字というより、この名前のずれでした。
業務で扱う情報の中身と、そのつながりを描く代表的な図がE-R図(Entity Relationship Diagram)です。管理したい対象を実体(エンティティ)として四角で描き、実体どうしの関連を線で結びます。こむぎ堂なら、「顧客」「予約」「商品」が実体です。一人の顧客は何回でも予約できるので、顧客と予約の関連は「1対多」になります。一回の予約に何種類もの商品が入り、一つの商品は何件もの予約に入るので、予約と商品の関連は「多対多」です。
E-R図を描くと、顧客という実体を一つに決める必要が出てきます。三つの仕組みにそれぞれ顧客を持たせるのをやめ、顧客を一か所で管理すれば、名前のずれは起こりません。
ここから基本情報!データの層を描く図と表
EAの四つの層のうち、組織の目標や業務に必要なデータの構成と、データ間の関連を体系立てて描いたものをデータアーキテクチャ(DA)といいます。E-R図は、DAを描くときの代表的な図です。
DAの成果物の一つにデータ定義表があります。データの項目ごとに、名前、データの型、けた数などの決まりを一覧にした表です。
| 項目名 | 型 | けた数 | 決まり |
|---|---|---|---|
| 顧客番号 | 数字 | 6 | 重ならない番号を自動で振る |
| 氏名 | 文字 | 20 | 漢字で入れる |
| 氏名の読み | 文字 | 40 | 全角カタカナで入れる |
| 電話番号 | 文字 | 11 | ハイフンを入れない |
「サトウ」と「佐藤」のずれは、この表の決まりが無かったから生まれたものです。もう一つの成果物が情報体系整理図で、業務で扱う情報の構造と関連を、UMLのクラス図などを使って整理した図です。
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1-9アプリケーションアーキテクチャ
次は、どのソフトウェアがどの仕事を受け持つかを決める番です。ネットで予約が入ったら、店頭のレジの「残りの数」も一つ減ってほしい。ミナトがそう書くと、相棒は「その矢印を、ソフトウェアどうしの間に引いてみて」と言いました。
業務の層とデータの層が描けたら、それを実際に動かすソフトウェアの組み合わせを描きます。こむぎ堂の目指す姿では、予約、店頭の販売、通販が、同じ顧客と同じ在庫のデータを使い、どれかで売れたら残りの数がすぐに全部の画面に反映されます。
ここから基本情報!ソフトウェアの層を描く二つの図
EAの四つの層のうち、組織の目標を実現する業務と、それを支えるアプリケーションソフトウェアの関係を体系立てて描いたものをアプリケーションアーキテクチャ(AA)といいます。
AAの成果物には二種類の図があります。複数の情報システムどうしが、どうつながり、どんなデータをやり取りするかを描いたものが情報システム関連図です。「予約システムから在庫の仕組みへ、予約が入った商品と数を渡す」という矢印がここに入ります。一つの情報システムが持つ機能を整理し、機能どうしの関係を描いたものが情報システム機能構成図です。予約システムの中を「受け付ける」「締め切る」「名札を印刷する」と分けて描きます。前者はシステムの間、後者はシステムの中を描く図です。
業務の機能を、ほかからも呼び出して使えるサービスという単位に分け、それを組み合わせてシステムを作る考え方をSOA(Service Oriented Architecture:サービス指向アーキテクチャ)といいます。「在庫を確かめる」というサービスを一つ作っておけば、予約からも、通販からも、店頭のレジからも同じものを呼び出せます。業務が変わっても、サービスの組み合わせを変えるだけで対応しやすくなります。
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1-10テクノロジアーキテクチャ
最後は、いちばん下の層です。2号店に置くレジの端末は何台か、受け取りの棚の名札はどのプリンタで刷るのか、店のWi-Fiとインターネットの回線はどうするのか。業者との打ち合わせの前に、ミナトは店の見取り図に機器の絵を描き込み始めました。
ソフトウェアを動かすには、それを載せる機器と、機器どうしをつなぐ通信が要ります。2号店の開店の日に予約の名札が刷れなければ、上の三つの層をどれほど丁寧に描いても、お客さんにパンは渡せません。
ここから基本情報!技術の層を描く三つの図
EAの四つの層のうち、業務を実現するためのハードウェア、ソフトウェア、ネットワークなどの技術を体系立てて描いたものをテクノロジアーキテクチャ(TA)といいます。TAの成果物は、何を描くかで三つの図に分かれます。
システムを作っているサーバや端末、周辺機器の種類と台数を描いたものがハードウェア構成図です。その上で動くOS、データベースなどのミドルウェア、アプリケーションの関係を描いたものがソフトウェア構成図です。機器どうしの接続関係とネットワークの構造を描いたものがネットワーク構成図で、2号店のレジがルータを通ってインターネットにつながり、クラウドの上の予約の仕組みと通信するまでのつながりがここに入ります。
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1-11プログラムマネジメントとフレームワーク
開店まで残り4か月。新しい仕組みへの乗り換え、2号店の回線の工事、レジの端末の買い入れ、店員向けの使い方の講習が、同時に動き出しました。回線の工事が遅れると、レジの試運転も講習も後ろにずれます。店長は「一つずつはミナトが見ているけど、全部を並べて見ている人がいないね」と言いました。
一つの目的のために、いくつものプロジェクトがつながって動く事業を、プログラムと呼びます。2号店の開店は、乗り換え・工事・買い入れ・講習という四つのプロジェクトを束ねたプログラムです。プログラムをうまく進めるには、個々のプロジェクトの出来だけでなく、プロジェクトどうしの関係を調整して、全体として目的を果たすことを考えます。
ここから基本情報!プログラムを束ねる組織
複数のプロジェクトを束ねたプログラムを管理し、外部の変化に合わせて計画を組み替えながら全体の目的を果たす活動を、プログラムマネジメントといいます。その推進を受け持つ組織がPMOです。基本情報のシラバスでは Program Management Office(プログラムマネジメントオフィス)の略として載っています。同じPMOの略で、Project Management Office(プロジェクトマネジメントオフィス)も使われます。こちらは、組織の中の複数のプロジェクトについて、管理の手法や書式をそろえ、プロジェクトマネージャを支える組織を指します。どちらの意味かは、文の前後から読み取ります。
基本情報の範囲ここまで
こうした管理を一から自分たちで考える必要はありません。よいやり方をまとめた枠組み(フレームワーク)がいくつも公開されています。ITサービスを運用・管理するときの、よい実践のやり方(ベストプラクティス)を体系立ててまとめたものがITIL(Information Technology Infrastructure Library)です。障害が起きたときの受け付けから復旧までの流れ、変更を入れるときの手続きなど、運用の場面ごとの進め方が書かれています。
情報システムの管理で経営者などが守るべきことを示した、経済産業省の基準がシステム管理基準です。いまの版は令和5年(2023年)4月に改訂されたもので、ITガバナンスの考え方から始まり、企画・開発・運用・保守などの各場面で何を管理するかを示しています。システムの開発や取引の作業の範囲と呼び方をそろえるための共通の物差しとしては、IPAが公開しているSLCP-JCF(共通フレーム)があります。
戦略が目的に近づいているかを測る物差しも、ここで決めておきます。最終的に達成したい目標を数字で示したものをKGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)、そこに向かう途中の活動がうまく進んでいるかを測る指標をKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)といいます。「2号店の1年目の売上」がKGIなら、「1日のネット予約の件数」はKPIの候補になります。
ここから基本情報!ITの統制の枠組み
ITガバナンスとITの統制のための国際的なフレームワークがCOBITです。情報システムの監査と統制の専門家の団体であるISACAが策定しました。経営の目標とITの目標を結び付け、ITにかかわる活動をどう統制し、どう評価するかを示しています。ITILが運用の現場の進め方をまとめたものなら、COBITは経営の側から、ITが目的どおりに使われているかを確かめるための枠組みです。
基本情報の範囲ここまで
1-12品質統制と戦略実行のモニタリング
計画表の最後の行は、空いたままでした。開店した後に、計画どおりに進んでいるかを、何で、いつ、誰が確かめるのか。店長は「半年後に答え合わせをする、とは決めたけどね」と言い、ミナトは開店から3か月目の数字を仮に置いて、確かめ方を試してみることにしました。
新しい仕組みを入れた後も、決めた標準が守られているかを見続けないと、品質は少しずつ崩れます。2号店の誰かが商品番号の付け方の決まりを知らずに新商品を登録すれば、売上の数字はまたずれ始めます。情報システムにかかわる標準に沿っているかを確かめ、守られている状態を見続けて、品質を保つための組織、体制、活動をまとめて品質統制と呼びます。
ここから基本情報!品質を保つ枠組みと手順
品質統制を組織の中で体系立てて行うための枠組みを品質統制フレームワークといいます。誰がどの標準を管理し、どの頻度で守られているかを確かめ、外れていたら誰が直すのか、という役割と仕組みの組み合わせです。
計画・実行・評価・改善を繰り返して、業務を統制していく一連の手順を管理プロセスといいます。商品番号でいえば、決まりを作り(計画)、登録のときに守り(実行)、月に一度、登録された番号を点検し(評価)、ずれが多ければ登録の画面に注意書きを足す(改善)、という輪になります。
基本情報の範囲ここまで
戦略を実行している間は、計画と実際の差を数字で確かめ続けます。ずれに早く気づけば、手を打てる時間も長く残ります。
ここから基本情報!計画と実績のずれを分ける
システムや業務の状態をずっと把握しておくために、決まった間隔で測る指標をモニタリング指標といいます。こむぎ堂では「1日のネット予約の件数」「予約の画面を開いた人数」「画面を開いた人のうち予約まで進んだ割合」の三つを選びました。
計画の値と実績の値の差を比べ、その原因を明らかにする分析を差異分析といいます。開店から3か月目の数字を、仮に次のように置いてみます。
| 指標 | 計画 | 実績 |
|---|---|---|
| 予約の画面を開いた人数 | 300人 | 280人 |
| 予約まで進んだ割合 | 20% | 15% |
| 予約の件数 | 60件 | 42件 |
予約は計画より18件少なくなっています。この18件を、人数のずれと割合のずれに分けます。人数だけが実績どおりに減り、割合は計画のままだったとすると、(280−300)×20%=−4件です。そのうえで割合が下がった分は、280×(15%−20%)=−14件です。合わせて−18件になり、ずれの大半は、画面を開いた後に予約をやめた人から来ていると分かります。店に来てもらう宣伝を増やすより、予約の画面の使いにくさを先に調べるべきだ、という判断がここから出てきます。
基本情報の範囲ここまで
確かめるのは、すでに起きたずれだけではありません。これから起きるかもしれない困りごと、つまりリスクにも備えておきます。リスクに対して、回避・低減・移転・受容のどれで臨むかを決めて実行することをリスクへの対応(リスク対応)といいます。リスクの元になる活動をやめるのが回避、起きる見込みや被害を小さくするのが低減、保険や契約で損失を他者に移すのが移転、影響が小さいと判断してそのまま受け入れるのが受容です。
こむぎ堂に当てはめると、回線が止まって予約が見られなくなるリスクには、前の晩に翌朝の予約の一覧を紙に刷っておく、という低減の手が打てます。仕組みの業者が倒産するリスクは、データを定期的に書き出せる契約にしておくことで、損失の一部を小さくできます。店頭のプリンタがときどき紙詰まりする程度のことは、受容して様子を見る判断もありえます。
開店まで3か月半の夜、作業台の「いま」と「これから」の二枚の図は、一枚の計画表になっていました。いちばん上に「二つの店の数字を一か所で見る」、その下に、新しい仕組みへの乗り換え、回線の工事、講習が開店の日から逆算した順に並び、最後の行には半年後の答え合わせの日付が入っています。店長はそれを厨房の壁に貼り、粉の付いた指で一番上の行をなぞりました。「これなら、ミナトがいない日でも、次に何をするかが分かるね」
冒頭でミナトが聞いたのは「次にどのシステムを入れるか」でした。その答えは、店をどうしたいかを決め、決める人と進める人を分け、案を数字で比べ、業務・データ・アプリケーション・技術の四つの層でいまの姿と目指す姿を並べた後に、ようやく出てきました。毎晩の照らし合わせは、一つずつ便利な仕組みを足してきた結果だったわけです。
ただ、計画表を見ながら、ミナトにはまだ気がかりが一つあります。新しい仕組みに乗り換えても、予約が電話と紙とネットの三つの窓口から入ってくる流れそのものは、いまのままです。仕組みを入れ替える前に、仕事の流れのほうを直さなくてよいのでしょうか。それに、C案の仕組みは自分たちで持つものなのか、借りて使うものなのか、見積もりの紙には書いてありませんでした。