3-1生産方式
地元のテレビ番組で紹介された翌週から、こむぎ堂のクロワッサンの注文は1日300個に増えました。生地にバターを折り込む作業は店長の手作業で、どれだけ早起きしても120個が限界です。店長は知り合いの紹介で、製パン機械を作っている会社の工場を見学することにしました。ついて行ったミナトの前を、運転する人のいない台車が生地の箱を載せて通り過ぎ、焼き上がった箱は天井まで届く棚へ機械が勝手にしまっていきます。帰りに乗ったバスは自動運転の実験車で、運転席の人はハンドルから手を離していました。店長の腕では、心拍を測る腕時計の数字が少しだけ上がっています。ミナトは相棒に打ち込みました。「工場も、このバスも、店長の時計も、中でコンピュータが動いてるってこと?」
相棒の返事は、工場の機械より手前の問いから始まりました。「まず、こむぎ堂がパンをどう作っているかを言葉にしてみよう」。食パンは朝に決まった数をまとめて焼き、棚に並べて売ります。誕生日の特製パンは、予約を受けてから焼きます。同じ店の中でも、作り方はひと通りではありません。
製品を、いつ、どれだけ、どんな順で作るかの決め方を生産方式といいます。売れる数を見込んで先に作っておくやり方と、注文を受けてから作るやり方が、大きな分かれ目です。後者の代表がBTO(Build To Order、受注生産)で、注文を受けてから、お客さんが指定した構成で組み立てて出荷します。パソコンの通販で、メモリやストレージの容量を選んで注文するのがその例です。作り置きの在庫を持たずに済む代わりに、届くまでに日数がかかります。
ここから基本情報!作る量と流れ方による分け方
作り方は、一度に作る量と流れ方でも分けられます。注文ごとに仕様の違う製品を1点か少数だけ作る形が個別生産です。誕生日の特製パンや、注文に合わせて作る船や大型の機械がこれに当たります。反対に、原料を設備に流し込み、止めずに処理し続けて製品にする形がプロセス生産です。石油化学製品や飲料のように、製品を1個ずつ数えるのではなく、量や重さで管理します。
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クロワッサンを300個焼くとき、店長がまず心配したのはバターの置き場所でした。300個分を前の週に買い込めば冷蔵庫に入りきらず、少なく買えば途中で足りなくなります。必要な物を、必要なときに、必要な量だけ作り、届ける考え方をJIT(Just In Time、ジャストインタイム)といいます。在庫を最小限にとどめ、置き場所や売れ残りのむだを減らすことがねらいです。
JITを工場で実現する手段として知られるのがかんばん方式です。後の工程が、使った分の部品だけを前の工程へ引き取りに行き、そのとき部品の種類や数を書いた札(かんばん)を渡します。前の工程は、受け取ったかんばんの分だけを作ります。前の工程が計画に沿って作れるだけ作って後へ押し出すのではなく、後の工程が必要な分を引き取る流れにすることで、作りすぎを防ぎます。
JITとかんばん方式は、どちらもトヨタ自動車の生産方式から生まれました。この生産方式を研究し、作りすぎ・手待ち・運搬・在庫など、価値を生まない作業をむだとして減らし続ける考え方に整理したものがリーン生産方式です。リーン(lean)は「ぜい肉のない」という意味の英語です。
工場の見学では、もう一つ違う作り方も見かけました。長いベルトコンベヤの前に人が並び、一人が一つの作業を繰り返すライン生産とは別に、コの字形の作業台の中で、一人の作業者が部品の取り付けから検査までを一通りこなしていたのです。このように、1人または少人数のまとまり(セル)が製品を最初から最後まで組み立てる形をセル生産方式といいます。作る製品を替えるときにラインを組み替えずに済むので、多品種を少しずつ作るのに向いています。
ここから基本情報!ラインの組み立て方
ライン生産では、どの工程をどの順に並べ、それぞれに人や設備をどれだけ割り当てるかを決める必要があります。これを生産ラインの編成(ライン編成)といいます。たとえば、生地を「のばす(6分)」「折り込む(3分)」「成形する(3分)」の3工程で流すと、ライン全体は最も遅い6分の工程に合わせて進み、後の2工程には待ち時間が生まれます。のばす工程に2人を割り当てて3分にそろえれば、待ちが消えます。各工程の作業時間をなるべく均等にすることが、編成の基本です。
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3-2生産の自動制御
見学で最初に案内されたのは、製パン機械の部品を削る部屋でした。金属の塊が機械に固定されると、刃物がひとりでに動き出し、図面どおりの形に削っていきます。そばの画面には数字の列が流れていて、案内の人は「この数字が刃物の動かし方です」と説明しました。
人が目で見て手で操作していた作業を、あらかじめ決めた手順や、測った値にもとづいてコンピュータが機械に行わせることを、生産の自動制御といいます。夜通し同じ精度で動かせるので、人手が足りなくても生産量を保ちやすく、作る人によって品質がばらつくこともありません。工場の中では、加工する、監視する、運ぶ、しまう、という作業のそれぞれが自動化されています。
ここから基本情報!加工・監視・搬送・保管の自動化
画面に流れていた数字の列は、刃物の位置や動く速さを数値で表した指令でした。加工の手順や工具の動きを数値データで指令し、工作機械を動かす方式をNC(Numerical Control、数値制御)といいます。数値を入れ替えれば、同じ機械で別の形の部品を削れます。いまはコンピュータを組み込んだCNC(コンピュータ数値制御)が一般的です。
機械が自分で動いていても、刃物が欠けたり温度が上がりすぎたりすれば不良品が出ます。センサで設備や工程の状態を測り続け、異常を見つけたら知らせたり機械を止めたりする装置が自動監視装置です。人が一晩じゅう機械の前に立っていなくても、異常に気づけます。
削り終わった部品や生地の箱を次の工程へ運んでいたのが、運転する人のいない台車です。床に貼ったテープや磁気の印、あるいは周りを測るセンサをたよりに決められた経路を走り、工場の中で荷物を運ぶ車両を無人搬送車(AGV:Automatic Guided Vehicle)といいます。
運ばれた先には、天井まで届く棚が並んでいました。コンピュータの指示でクレーンや搬送装置が動き、荷物を空いた棚にしまい、必要になったら取り出してくる倉庫を自動倉庫といいます。どの棚に何がいくつあるかをコンピュータが記録しているので、在庫の数と置き場所がいつでも分かります。
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店長は削られていく部品をしばらく眺めてから、「うちの機械も、こうやって作られているんだね」とつぶやきました。こむぎ堂に入れるオーブンやミキサーも、こうした自動化された工場から出荷されてきます。
3-3生産システム
見学の最後は、工場全体を見渡す管理室でした。大きな画面に、今日作る機械の種類と台数、部品の在庫、どの工程がいま動いているかが並んでいます。案内の人が言いました。「今週は12種類の機械を、注文に合わせて少しずつ作っています」。店長は思わず、クロワッサン1種類で手いっぱいの自分の厨房を思い浮かべました。
加工・監視・搬送・保管の自動化は、ばらばらに入れても効果が限られます。設計から組み立て、検査、出荷、在庫の管理までの工程を、ロボットやコンピュータによる制御でつなげて自動化することをFA(Factory Automation、ファクトリオートメーション)といいます。管理室の画面は、工場がFAの仕組みで動いている様子を映していたわけです。
12種類を少しずつ作れるのにも、仕掛けがあります。工作機械・搬送装置・自動倉庫などをコンピュータで結び、作る製品が替わると、加工の手順や運ぶ先の切り替えを自動で行うシステムをFMS(Flexible Manufacturing System、フレキシブル生産システム)といいます。同じ設備で多くの種類の製品を少量ずつ作る多品種少量生産に向いています。
ここから基本情報!柔軟な生産の単位
FMSを構成する個々のまとまり、つまり数台の工作機械と、部品を出し入れする搬送装置などを組み合わせて、1か所で多品種の加工をこなせるようにした生産の単位をFMC(Flexible Manufacturing Cell)といいます。FMCを搬送装置でいくつもつなぎ、全体をコンピュータで管理したものがFMSだと考えると、大きさの違いが分かります。
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工場の仕組みを見て帰った店長は、さっそく次の悩みにぶつかりました。金曜に300個焼くなら、バターはいつ、どれだけ頼めばよいのでしょう。作る予定から逆算して、必要な部品や材料の量と、それを発注する時期を計算する手法をMRP(Material Requirements Planning、資材所要量計画)といいます。こむぎ堂の数字で解いてみます。クロワッサン1個にバターを20g使い、冷蔵庫には1,500gの在庫があり、問屋は注文から2日後に届けてくれるとします。
| 項目 | 求め方 | 結果 |
|---|---|---|
| 必要な量(総所要量) | 300個 × 20g | 6,000g |
| 足りない量(正味所要量) | 6,000g − 在庫1,500g | 4,500g |
| 注文する量 | 問屋は1kg単位なので、4,500gを切り上げる | 5kg |
| 注文する日 | 金曜の朝に使うので、届くまでの2日をさかのぼる | 水曜 |
MRPの計算は、製品の数から材料の数を、使う日から注文の日を、それぞれ機械的に引き出す点に特徴があります。材料がバター1種類なら手で計算できますが、強力粉・卵・砂糖まで、さらに製品が何十種類にもなると、コンピュータで計算しなければ間に合いません。
ここから基本情報!MRPに入れるものと計画の支援
バターの計算には、二つの入力が要りました。一つは「金曜にクロワッサンを300個作る」という計画です。どの製品を、いつ、どれだけ作るかを決めた計画を基準生産計画(MPS:Master Production Schedule)といい、MRPの出発点になります。もう一つは「1個にバターを20g使う」という情報です。製品を作るのに要る部品や材料の種類と数量を、製品・中間品・材料の階層に分けて表した表を部品表(BOM:Bill of Materials)といいます。クロワッサンなら、製品の下に「生地」と「折り込み用バター」があり、生地の下にさらに強力粉・卵・砂糖が並びます。
MRPを含め、生産計画の立案、工程の進み具合の管理、在庫の管理などをまとめて支えるシステムを生産管理システムといいます。工場の管理室の画面は、このシステムの画面でした。その中で、コンピュータを使って生産計画を立てるのを支援することをCAP(Computer Aided Planning)といいます。また、製品をどの機械で、どの順に、どんな条件で加工するかという工程の計画を、コンピュータで作ることをCAPP(Computer Aided Process Planning)といいます。CAPは「何をいつ作るか」、CAPPは「どう加工するか」の計画を支えます。
自動化の効果は、数字で確かめます。投入した資源(人の作業時間、設備、材料など)に対して、どれだけの成果(生産量)が得られたかを表す指標を生産性指標といい、代表的なものが労働生産性(生産量 ÷ 労働投入量)です。いまのこむぎ堂は2人が6時間かけて120個を焼いているので、120 ÷(2人 × 6時間)= 10個/人時です。機械を入れて3人が6時間で300個焼けるようになれば、300 ÷(3人 × 6時間)≒ 16.7個/人時になります。人を1人増やしても、1人1時間あたりの生産量は上がっています。
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3-4コンピュータ支援システム
管理室の隣は設計の部屋でした。机に紙の図面はなく、画面の中で生地をのばす機械が立体の形で回っています。設計者がローラーの間隔を1ミリ変えると、画面の中の生地の厚みも変わりました。「試作品を作る前に、ここでだいたい分かるんです」。
コンピュータを使って製品の形や寸法を設計し、図面や立体の形のデータを作ることをCAD(Computer Aided Design)といいます。紙の図面と違って、寸法を直すと関係する部分がまとめて書き換わり、できたデータを後の工程でそのまま使えます。
ローラーの間隔を変えて生地の厚みを確かめたように、実物を作る代わりにコンピュータの中に模型を作り、条件を変えながら結果を調べる方法をシミュレーションといいます。試作をくり返す回数と費用を減らせます。設計のデータが早い段階でそろうと、設計を終えてから製造の準備を始めるのではなく、設計・製造の準備・部品の調達などを並行して進められるようになります。この進め方をコンカレントエンジニアリングといい、製品ができるまでの期間を縮めます。
設計と製造のどちらでも、現物の状態を正しく測ることが前提になります。温度・圧力・光・位置などの物理量をセンサで捉え、コンピュータで扱える電気信号やデータに変える技術をセンシング技術といいます。工場の自動監視装置も、後で見る家電や自動車も、この技術で周りの状態を知っています。
ここから基本情報!設計から製造までをつなぐ仕組み
設計の部屋でのシミュレーションは、正式には解析と呼ぶ作業です。コンピュータ上で、設計した製品の強度・熱の伝わり方・振動などを工学的に解析し、性能を評価することをCAE(Computer Aided Engineering)といいます。設計ができたら、次は作る番です。CADの形のデータをもとに、工作機械の動かし方(NCの指令)などの加工データを作ることをCAM(Computer Aided Manufacturing)といいます。CADで描き、CAEで確かめ、CAMで削る、という順につながります。
こうして生まれる図面・部品表・解析の結果・改訂の履歴などの製品のデータを、一か所でまとめて管理し、部門をまたいで共有する仕組みをPDM(Product Data Management)といいます。さらに、CAD・CAE・CAM・生産管理などをネットワークで結び、設計・生産・販売・管理までの企業の生産活動全体をコンピュータで統合して管理する考え方をCIM(Computer Integrated Manufacturing)といいます。FAが工場の中の自動化を指すのに対して、CIMは会社全体の情報の流れまでを一つにまとめます。
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3-5組込みシステム
工場から戻った夜、ミナトは店のオーブンの前にしゃがみこみました。つまみで200℃に合わせると、庫内が温まるまでヒーターが赤くなり、200℃に届くと少し暗くなり、下がるとまた赤くなります。誰も見ていないのに、温度はずっと200℃の近くに保たれています。「このオーブン、誰が見張ってるんだろう」。
温度を保っているのは、オーブンの中にある小さなコンピュータです。家電・自動車・工場の機械などに組み込まれ、その機器を動かすという決まった仕事だけをするコンピュータの仕組みを、組込みシステムといいます。パソコンのように何にでも使える機械ではなく、温度を保つ、洗濯の手順を進める、といった一つの役目のために作られています。
組込みシステムが周りの様子を知るための装置がセンサー(センサ)です。温度・光・圧力・加速度などの量を検出し、電気信号に変えて出力する装置で、オーブンなら庫内の温度センサがこれに当たります。センサの測った値を受け取ったコンピュータが「低い」と判断すればヒーターに電気を流し、「届いた」と判断すれば止めます。オーブンのヒーターが赤くなったり暗くなったりしていたのは、この判断の結果です。
判断の手順を書いたプログラムは、機器の中の記憶装置に書き込まれた状態で出荷されます。機器のハードウェアを直接制御するために、あらかじめ機器に組み込まれている基本的なソフトウェアをファームウェアといいます。ふだんは書き換えませんが、不具合の修正や機能の追加のために、メーカーが配る新しい版へ更新することがあります。
ここから基本情報!組込みシステムの中身
オーブンの中のコンピュータは、プロセッサ・メモリ・入出力の回路を1個の部品にまとめたものです。これをマイクロコンピュータ(マイコン)といいます。小さく安く、消費電力も少ないので、炊飯器や洗濯機にも入っています。
機能の多い機器では、マイコンの上でOSが動きます。家電や産業機器などに組み込まれ、その機器の制御に向けて作られたOSを組込みOSといいます。パソコンのOSに比べて、使うメモリが少なく、必要な機能だけを持たせてあります。
組込みシステムには、決められた時間内に処理を終えることが求められるものが多くあります。オーブンで温度が上がりすぎたのに、ヒーターを切る処理が数秒遅れたら、パンは焦げます。このように、対象の変化に即座に応じ、決められた時間内に処理を終えながら機器を制御することをリアルタイム制御といいます。リアルタイム制御のために、処理を締め切りまでに終えられるよう、優先度の高い処理をすぐに実行させる仕組みを備えたOSをリアルタイムOS(RTOS)といいます。組込みOSの多くは、リアルタイムOSです。
リアルタイム制御で処理を始めるきっかけになるのがイベントです。組込みシステムでいうイベントは、ボタンが押された、センサの値が設定温度を超えた、タイマーが時間切れになった、といった、処理を起こすきっかけとなる出来事を指します。イベントが起きると、多くの場合はハードウェアの割込みでプロセッサに知らされ、それに対応する処理が動きます。ずっと待ち続けるのではなく、出来事が起きたときに動くので、すばやく応じながら電力も節約できます。
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機械が自分で判断して体を動かす、という意味では、工場で見たロボットも同じ仲間です。ロボットの設計・制御・知能化など、ロボットを作って動かすための学問と技術の分野をロボティクスといいます。センサで周りを知り、コンピュータで判断し、モータなどで動く、という組込みシステムの技術の上に、ロボティクスは成り立っています。
機器を動かすには電気も要ります。電源コードや端子をつながずに、電磁誘導や電波などを使って機器へ電力を送る技術をワイヤレス給電(非接触給電)といいます。スマートフォンを台に置くだけで充電できるのがこの技術で、電気自動車の充電や、工場で動き回るロボットへの給電にも使われ始めています。
ここから基本情報!現場の機器で処理する
センサの測ったデータを、すべて遠くのデータセンタへ送って処理するとは限りません。データが生まれた場所の近く、つまり機器の中や近くの小さなサーバで処理する考え方をエッジコンピューティングといいます。通信の往復を待たずに済むので応答が速く、送るデータの量も減らせます。その中で、AIによる推論を機器の側で行うものをエッジAIといいます。オーブンのカメラが焼き色を見て「焼き上がり」を判断する処理を、オーブンの中で済ませる、という使い方です。
機器が近くの端末へ知らせを出す方法もあります。Bluetooth Low Energy(BLE)という省電力の無線を使い、識別のための信号を一定の間隔で発信し続ける小型の装置をBLEビーコンといいます。店先に置いておくと、近づいたスマートフォンのアプリが信号を受け取り、そこが店の前だと分かるので、焼き上がりのお知らせを表示する、といった使い方ができます。
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3-6IoTと情報家電
翌朝、店長が言いました。「オーブンが自分で温度を保てるなら、焼き上がったときに電話で教えてくれたらいいのにね。裏で生地を仕込んでいると、タイマーの音が聞こえないんだよ」。ミナトは製パン機械の会社のカタログをめくり、「通信機能付き」と書かれたオーブンのページで手を止めました。
組込みシステムに通信の機能を足し、インターネットにつなぐと、機器どうしや機器と人の間で情報をやり取りできるようになります。家電や機械、建物など、さまざまな物にセンサや通信機能を持たせてインターネットにつなぎ、情報をやり取りする仕組みをIoT(Internet of Things、モノのインターネット)といいます。カタログのオーブンなら、庫内の温度や焼き上がりをスマートフォンへ知らせることができます。
ここから基本情報!IoTより前からある考え方
身の回りのあらゆる物にコンピュータが組み込まれ、人がそれを意識しないまま、いつでもどこでもコンピュータの助けを受けられる環境をユビキタスコンピューティングといいます。ユビキタス(ubiquitous)は「どこにでもある」という意味の英語です。IoTよりも前から使われてきた言葉で、IoTはこの環境を、インターネットにつながる物の側から実現する技術だといえます。
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オーブンがつながると、何ができるようになるのでしょうか。IoTを導入して得られる効果をIoTがもたらす効果といい、ITパスポートのシラバスでは監視・制御・最適化・自律化の四つが挙げられています。四つは、できることが一段ずつ増える順に並んでいます。
一つめの監視は、離れた場所から機器の状態を知ることです。裏で生地を仕込みながら、スマートフォンで庫内の温度を確かめられます。二つめの制御は、離れた場所から機器を動かすことです。出勤前に家からオーブンの予熱を始められます。三つめの最適化は、集めたデータを分析して、動かし方をよりよくすることです。何か月分もの焼き上がりの記録から、季節ごとにちょうどよい温度と時間を割り出せます。そして四つめの自律化は、人が判断しなくても、システムが自分で状況を読み取って動くことです。生地の量と庫内の温度を見て、オーブンが自分で焼き時間を延ばす、という段階です。
ここから基本情報!家の中のネットワーク
家庭の中にも、つながる機器が増えています。ネットワークにつながる機能を持ち、情報のやり取りや離れた場所からの操作ができる家庭用の電気製品を情報家電といいます。外出先から操作できるエアコンや、録画の予約をスマートフォンからできるテレビがその例です。こうした情報家電やパソコン、スマートフォンなどを家の中でつなぎ、データや機能を互いに連携させるネットワークをホームネットワークといいます。
基本情報の範囲ここまで
家の中の機器がつながると、電気の使い方もまとめて管理できます。家庭で使うエネルギーの量を機器ごとに見える化し、エアコンや給湯器などを制御して、むだなく使えるようにするシステムをHEMS(Home Energy Management System)といいます。太陽光発電で作った電気や蓄電池の残りを見ながら、家電を動かす時間を調整する、という使い方もあります。店長は「店の電気代も、これで見えたらいいね」と、オーブンの電気の使い方を気にし始めました。
3-7身近な情報機器
昼休み、店長が腕時計の画面をミナトに見せました。「工場の見学で歩き回った日は、1万歩を超えてたよ」。ミナトのスマートフォンには予約の通知が届き、事務室の隅では複合機が今日の予約表を印刷しています。こむぎ堂の中だけでも、コンピュータの入った機器がいくつもあります。
持ち歩くコンピュータの代表は電話です。無線で基地局とつながり、持ち歩きながら音声通話やデータ通信ができる電話機を携帯電話といいます。いまの主流のスマートフォンも携帯電話の一種で、通話のほかにアプリを入れて使えます。
電話より先に、予定表や住所録を持ち歩くための小型の機器も作られてきました。個人が持ち歩き、予定や連絡先などの情報を記録したり、通信したりするのに使う小型の情報機器を携帯情報端末といいます。英語の頭文字でPDA(Personal Digital Assistant)とも呼ばれます。手のひらに乗る大きさの中に組込みシステムが入っている点では、携帯電話と同じです。
ここから基本情報!民生機器の分け方
一般の消費者が使う機器を民生機器と呼び、その中で通信機能を持つ機器を民生用通信端末機器といいます。携帯電話やスマートフォン、タブレットなどが当たります。一方、事務室の複合機のように、パソコンにつないで使う機器や、事務の仕事を効率よくするための機器もあります。プリンタ・スキャナ・外付けのストレージなどがコンピュータ周辺機器、複合機やファクスなどがOA機器(OAはOffice Automationの略)で、基本情報のシラバスでは二つを並べて挙げています。
基本情報の範囲ここまで
店長の腕時計は、手に持つのではなく身に着けるコンピュータです。腕や頭、衣服などに装着して使う、情報処理の機能を持った機器をウェアラブルコンピュータ(ウェアラブル端末)といいます。スマートウォッチは、腕の脈拍や歩数をセンサで測り、スマートフォンへ送ります。
頭に着ける機器は、目の前の見え方を変えます。メガネの形をして、視界に情報を表示したり通信したりできるウェアラブル端末をスマートグラスといいます。スマートグラスの中には、現実の景色にどれだけデジタルの情報を重ねるかで呼び分けられるものがあります。
| 機器 | 見えるもの | こむぎ堂での使い方の例 |
|---|---|---|
| ARグラス | 現実の景色に、文字やCGを重ねて表示する(AR:Augmented Reality、拡張現実) | 棚を見ると、パンごとの残りの数が浮かんで見える |
| MRグラス | 現実の空間にCGを置き、手で動かすなど、現実とデジタルを重ねて操作できる(MR:Mixed Reality、複合現実) | 厨房の床に新しいオーブンの立体のCGを置き、手で回して置き場所を決める |
| VRゴーグル | 視界をふさぎ、コンピュータが作った仮想の空間だけを見せる(VR:Virtual Reality、仮想現実) | 工場に行かずに、製パン機械の工場の中を見学する |
ARとMRの違いは、重ねた情報に現実の側から働きかけられるかどうかにあります。ARは情報を見せるところまで、MRはその情報が現実の空間に置かれた物のように扱え、手で動かしたり回り込んで見たりできます。VRは現実の景色を見せないので、二つとは向きが逆です。
声で使う機器もあります。音声で話しかけると、AIアシスタントが聞き取って、情報を調べたり、つながった家電を操作したりするスピーカをスマートスピーカーといいます。手が粉だらけの厨房で「タイマーを15分」と言えば、それだけでタイマーがかかります。
3-8スマート化する社会
工場見学の帰りに乗ったバスの車内には、市の取り組みを伝える案内が貼ってありました。「このバスの運行は、信号機や停留所と通信しながら行っています」「バス・電車・シェアサイクルの乗り継ぎを、一つのアプリで検索・予約・支払いできます」。窓の外の畑では、人の乗っていないトラクタがまっすぐに土を耕していました。
バスと信号機のやり取りには、人が間に入っていません。人を介さずに、機械どうしがネットワークを通じて直接データをやり取りし、互いを制御する仕組みをM2M(Machine to Machine)といいます。IoTが物をインターネットにつなぎ、人にも情報を届けることまでを含むのに対し、M2Mは機械と機械の間の通信に目を向けた言い方です。
こうした技術を一つの町にまとめて使う動きがあります。ICTやIoTなどの技術を使って、交通・エネルギー・行政サービスなど都市の機能を効率よくし、住む人の暮らしをよくしようとする都市をスマートシティといいます。これをさらに押し進めたのが、内閣府が進めるスーパーシティの構想です。AIやビッグデータなどを使い、移動・物流・支払い・行政手続・医療・教育など複数の分野の先端的なサービスを、分野ごとに試すのではなく同時に暮らしの中で実現する町を目指します。分野をまたいでデータを集めて受け渡す、データ連携基盤(都市OSとも呼ばれます)を中心に置き、必要な規制の特例を国家戦略特別区域の制度でまとめて認める仕組みです。
見学した工場も、同じ流れの中にあります。IoTやAIを使い、機械や工程のデータを集めて、生産の監視・制御・最適化をつなげて行う工場をスマートファクトリーといいます。FAが工程を自動化するのに加えて、集めたデータから工場自身の動かし方を改善していく点が違います。
窓の外のトラクタは、農業の例でした。ロボットやICT、AIなどを使って作業を省力化し、作物の品質や収穫量を上げようとする農業をスマート農業といいます。位置を測りながら自動で走るトラクタや、畑の上を飛んで生育の様子を撮影する機械が使われています。こむぎ堂が仕入れる小麦も、いずれこうした畑から届くかもしれません。
バスに貼られていたもう一つの案内は、移動のサービスの話です。電車・バス・タクシー・シェアサイクルなど、運営する会社の違う複数の交通手段を、ICTで一つのサービスのようにまとめ、検索・予約・支払いまでを一括で行えるようにする考え方をMaaS(Mobility as a Service)といいます。バスの案内にあった「一つのアプリで検索・予約・支払い」が、この考え方を形にしたものです。
3-9産業機器
見学の写真を見返していたミナトは、1枚の写真で手を止めました。腕の形をした機械が、生地を一定の厚みに折りたたんでいます。その写真を店長に見せると、店長は先月の検査入院のことを思い出したように言いました。「病院にも、手術を手伝うロボットがあるらしいね」。
写真の機械も、病院の機械も、ロボットと呼ばれます。センサで周りの状態を知り、コンピュータで判断し、モータなどの駆動装置で体を動かして作業を行う機械をロボットといいます。ITパスポートのシラバスでは、用途によって、産業用・医療用・介護用・災害対応用などに分けて挙げられています。
写真の腕の形の機械は、工場の生産の現場で使うものです。用途の分け方でいう産業用のロボット、つまり産業用ロボットは、組立・溶接・塗装・搬送・箱詰めなどの作業を、人に代わって休まずに正確に繰り返します。重い物を持ち上げる、高温の場所で作業するなど、人には負担の大きい作業にも向いています。
ほかの用途のロボットも、それぞれの現場の困りごとから生まれています。医療用のロボットは、手術を支援したり、リハビリテーションを手伝ったりします。介護用のロボットは、ベッドから車いすへ移るのを支える、歩くのを助ける、離れて暮らす家族の様子を見守る、といった形で、介護する人とされる人の負担を減らします。災害対応用のロボットは、崩れた建物の中や放射線の強い場所など、人が入るのが危ない現場で、調査や救助の作業を行います。
空を飛ぶものもあります。人が乗らずに、遠隔操作や、あらかじめ決めた経路に沿った自動の制御で飛ぶ機体をドローンといいます。上空からの撮影のほか、橋や送電線の点検、畑への農薬の散布、荷物の配送などにも使われています。
ここから基本情報!町の中の産業機器
工場の外にも、組込みシステムで動く業務用の機器がたくさんあります。商店街の角にある自動販売機は、お金や電子マネーの支払いを受け付け、選ばれた商品を人手を介さずに出します。最近は、売れ行きや在庫の数を通信で知らせ、補充に回る順番を決めるのに使うものもあります。銀行のATM(Automated Teller Machine、現金自動預払機)は、キャッシュカードと暗証番号で本人を確かめ、預け入れ・引き出し・振込みなどを利用者自身の操作で行えるようにした機械です。
病院で使う機器も産業機器に含まれます。診断・治療・患者の管理などのために使う機器をまとめて医療機器といいます。そのうち、病室で心拍・血圧・呼吸・血液中の酸素の量などの生体の情報を測り続け、画面に表示し、値が危ない範囲に入ると知らせる装置を患者モニタリング装置(ペイシェントモニタ)といいます。店長が入院したときにベッドの横で波形を描いていた機械が、これでした。
基本情報の範囲ここまで
3-10自動車の制御
帰りのバスの中で、店長は運転席から目を離せずにいました。運転席の人は手をひざに置いたまま、前の画面を見ているだけです。交差点では、バスが自分で減速して止まりました。車内の案内には「この車両は、特定の区間に限って自動で運転します。電気で走ります」と書かれています。
自動車は、組込みシステムが最も多く入っている機械の一つです。いまの自動車業界の変化は、四つの英語の頭文字でCASEと表されます。一つめのConnectedは、車が通信機能でネットワークにつながることです。二つめのAutonomousは、自動で運転できることです。三つめのShared & Servicesは、車を持つのではなく、カーシェアリングなどで共有し、サービスとして使うことです。四つめのElectricは、ガソリンの代わりに電気を動力にすることです。ミナトたちが乗ったバスには、Shared & Services以外の三つがそろっていました。
Connectedを実現した車をコネクテッドカーといいます。通信機能を持ち、常にネットワークにつながっている自動車のことで、走行のデータをメーカーへ送って故障の予兆を見つけたり、事故のときに自動で通報したり、地図やソフトウェアを通信で更新したりできます。
Autonomousのほうは、自動運転の技術です。カメラ・レーダ・ライダ(光で距離を測るセンサ)などで周りの車や人、道路の様子を捉え、コンピュータが判断して、アクセル・ブレーキ・ハンドルを操作します。ただし、どこまでを機械に任せるかには段階があります。運転の自動化の度合いを段階に分けたものを自動運転レベルといい、国土交通省は米国の自動車技術者協会(SAE International)の定めた区分にならって、レベル0からレベル5までの6段階で整理しています。
| レベル | 名前 | システムがすること | 運転の主な担い手 |
|---|---|---|---|
| 0 | 運転自動化なし | なし(警告などはある) | 運転者 |
| 1 | 運転支援 | 前後(加速・減速)か左右(ハンドル)の、どちらか一方を支援する | 運転者 |
| 2 | 部分運転自動化 | 前後と左右の両方を支援する | 運転者 |
| 3 | 条件付運転自動化 | 決められた条件の下で運転を行う。続けられなくなったら、運転者に交代を求める | システム(交代の求めには運転者が応じる) |
| 4 | 高度運転自動化 | 決められた条件の下で、運転のすべてを行う | システム |
| 5 | 完全運転自動化 | 条件を限らず、運転のすべてを行う | システム |
境目はレベル2と3の間にあります。レベル2までは、システムが手伝っていても、周りを見て運転する責任は運転者にあります。レベル3からは、決められた条件の中ではシステムが運転し、レベル4になると、条件の中では運転者が対応しなくて済みます。「特定の区間に限って」自動で走るバスは、区間という条件の付いた運転です。
バスを降りた店長は、こむぎ堂へ戻るとすぐ、紙にクロワッサンの材料を書き出しました。1個の中にバター・強力粉・卵・砂糖がそれぞれどれだけ入るかを並べ、金曜の300個から、何を何曜に頼むかを逆算していきます。工場の管理室でコンピュータがしていた計算を、鉛筆でなぞったわけです。翌週には、温度センサと通信機能の付いたオーブンが届きました。金曜の朝6時、ミナトのスマートフォンに「焼き上がりました」と通知が届き、裏で生地を仕込んでいた店長が天板を引き出すと、300個のクロワッサンが予定の時刻どおりに並んでいました。