2-1確率
日曜の午後、こむぎ堂の奥のテーブルで、新作の「はちみつバターロール」の試食会が開かれました。集まったのは常連のお客さん10人です。食べ終わったところでミナトが「おいしいと思った人は札を上げてください」と声をかけると、7本の札が上がりました。店長は満足そうです。「7割がおいしいって言うなら、来月から毎日並べよう」。ミナトはメモを見ながら迷っていました。たまたま甘いものが好きな人ばかり集まっただけかもしれませんし、毎日並べて売れ残れば、そのぶんは捨てることになります。その夜、ミナトは相棒に打ち込みました。「10人中7人って、信じていい数字なのかな」
相棒の返事は、問いを裏返すものでした。「10人が好みと関係なく、でたらめに札を上げたとしても、7人以上が上げることはどれくらい起こるか。まずそれを数えてみよう」。偶然でどれくらい起こるかを知るには、起こりうる場合が全部で何通りあるかを数えるところから始めます。この数を場合の数といいます。10人がそれぞれ「上げる」「上げない」の2通りを選ぶなら、2を10回掛けて、答え方は全部で1,024通りあります。
数え方には二つの型があります。試食に出す候補の新作が5種類あり、そのうち3種類を選んで、テーブルに左から順に並べるとしましょう。左端に置けるのは5通り、次は残りから4通り、右端は3通りなので、並べ方は5×4×3=60通りです。このように、いくつかの中から選んで順に並べる並べ方を順列といいます。一方、並べる順は気にせず、どの3種類を選ぶかだけを数えるなら、同じ3種類の並べ替え(3×2×1=6通り)を1つとみなして、60÷6=10通りになります。こちらを組合せといいます。
ここから基本情報!順列と組合せの式
n個のものを全部並べる並べ方は、n×(n−1)×…×2×1通りです。1からnまでの整数をすべて掛けたこの値を、nの階乗といい、n!と書きます。3!=6、5!=120で、0!は1と決めておきます。
階乗を使うと、n個からr個を選んで並べる順列の数は n!÷(n−r)!、選ぶだけの組合せの数は n!÷{r!×(n−r)!} と書けます。5種類から3種類なら、順列は120÷2=60通り、組合せは120÷(6×2)=10通りで、テーブルに並べる例の答えと一致します。10人から7人を選ぶ組合せは 10!÷(7!×3!)=120通りです。
基本情報の範囲ここまで
ある出来事の起こりやすさを、0から1までの数で表したものが確率です。どの場合も同じ程度に起こりうるときは、「その出来事に当てはまる場合の数÷全部の場合の数」で求めます。10人がそれぞれ五分五分で札を上げるなら、1,024通りの答え方はどれも同じ確からしさです。そのうち、上げた7人の顔ぶれの選び方は組合せで120通りあるので、ちょうど7人になる確率は120÷1,024で約0.12になります。
知りたいのは「7人以上」のほうです。8人なら45通り、9人なら10通り、10人全員なら1通りなので、7人の120通りと合わせて176通り、確率は176÷1,024で約0.17です。でたらめに札を上げても、6回に1回くらいは7人以上がそろう計算になります。ミナトは考え込みました。6回に1回起きることを、新作のおかげだと言ってよいのでしょうか。
ここから基本情報!確率を組み合わせる決まり
確率どうしを組み合わせる決まりを、こむぎ堂の1年分の記録で見てみます。雨の日は全体の0.3(3割)でした。クロワッサンが売れ残った日を数えると、雨の日のうちでは0.6、雨でない日のうちでは0.2です。「雨の日のうちで売れ残る確率」のように、ある事象Aが起きたと分かっている中で事象Bが起こる確率を条件付き確率といい、P(B|A)と書きます。
「雨が降り、しかも売れ残る」のように、二つの事象がそろって起こる確率を同時確率といい、P(A∩B)と書きます。同時確率は、P(A∩B)=P(A)×P(B|A) で求められます。これが乗法定理です。雨で売れ残る日は 0.3×0.6=0.18、雨でなくて売れ残る日は 0.7×0.2=0.14 です。AとBが互いに影響しない(独立な)ときは P(B|A)=P(B) なので、ただの掛け算 P(A)×P(B) になります。
雨の日と雨でない日は、同じ日に両方は起こりません。このように同時には起こらない(排反な)事象のどちらかが起こる確率は、それぞれの確率の和になります。これを加法定理といいます。売れ残る日の確率は、雨で売れ残る日と雨でなくて売れ残る日を足して 0.18+0.14=0.32 です。排反でないときは、重なりを二重に数えないように P(A∪B)=P(A)+P(B)−P(A∩B) とします。
今度は向きを逆にします。売れ残った日の記録だけを見て、その日が雨だった確率はいくつでしょうか。ベイズの定理は、P(A|B)=P(A)×P(B|A)÷P(B) という形で、条件付き確率の向きを入れ替えます。P(雨|売れ残り)=0.18÷0.32=約0.56 です。何も知らない時点での雨の確率0.3(事前確率)が、「売れ残った」という情報を得て0.56(事後確率)に更新されたことになります。
売れ残る個数そのものにも確率があります。1日の売れ残りが0個の日が0.5、2個の日が0.3、5個の日が0.2だとします。各値にその確率を掛けて足した 0×0.5+2×0.3+5×0.2=1.6個 を期待値といいます。どの1日をとっても1.6個ちょうどは売れ残りませんが、長く続けると1日あたり1.6個ほどの廃棄を見込む、という意味の数です。
常連のお客さんの買い方にも確率が使えます。今週食パンを買った人が来週も食パンを買う確率は0.8、ロールに替える確率は0.2、今週ロールを買った人が来週食パンに戻る確率は0.4、ロールのままが0.6だとします。このように、ある状態から次の状態へ移る確率を遷移確率といいます。来週どちらを買うかが、今週何を買ったかだけで決まり、それより前の買い方には左右されないと考えるモデルがマルコフ過程です。今週食パンを買った人が2週後に食パンを買う確率は、食パン→食パン→食パンの 0.8×0.8=0.64 と、食パン→ロール→食パンの 0.2×0.4=0.08 を足して 0.72 です。
基本情報の範囲ここまで
試食会の7人に戻ると、でたらめでも約0.17の確率で起こる結果でした。起こりにくいとまでは言えませんが、ありふれているとも言い切れない、半端な数です。この数をどこから「偶然とは言いにくい」と見るかには、決まった手順があります。その手順は、確率の考え方と、実際に集めた数字を調べる統計の方法を組み合わせてできています。
2-2確率分布
月曜の朝5時、店長は生地を前に手を止めていました。はちみつバターロールを試しに店頭へ並べることにしたものの、何個焼けばよいのか見当がつきません。「多く焼けば捨てるし、少なければ買えなかったお客さんが帰ってしまう」。ミナトは相棒に聞きました。「毎日の売れ数なんて、毎日違うよね」
売れ数は毎日違います。それでも、違い方はでたらめではありません。20個前後の日が多く、5個や60個の日はめったにない、というように、どの数がどれくらいの確率で出るかには形があります。その形を知っていれば、「この数だけ焼けば、たいていの日は足りる」という見込みが立てられます。
ここから基本情報!確率分布の種類
売れ数のように、試すたびに値が変わり、それぞれの値に確率が決まっている数を確率変数といいます。確率変数のとる値と、その値が出る確率との対応を確率分布といいます。値が個数のように飛び飛びなら離散型、重さや時間のように続いた値をとるなら連続型の分布です。代表的な分布は、何を数えるか(測るか)で見分けます。
| 分布 | 何を数える・測るか | こむぎ堂の例 |
|---|---|---|
| ベルヌーイ分布 | 1回の試行が成功(1)か失敗(0)か | 来店した1人がロールを買うか |
| 二項分布 | 同じ試行をn回くり返したときの成功の回数 | 来店した20人のうち、ロールを買う人数 |
| 幾何分布 | 初めて成功するまでにかかる回数 | 最初にロールを買う人が現れるまでの来店人数 |
| ポアソン分布 | 一定の時間に、まれな出来事が起こる回数 | 1時間にかかってくる予約の電話の件数 |
| 指数分布 | 出来事と出来事のあいだの時間(連続型) | 予約の電話から次の電話までの間隔 |
| 一様分布 | 範囲の中のどの値も同じ確率で出る | サイコロの目、くじの番号 |
| 正規分布 | 真ん中が高く左右対称の釣鐘形(連続型) | 食パン1斤の焼き上がりの重さ |
表の上の三つは、一つの試行から順に組み立てられています。1人の客が買う確率を0.3とすると、その1人の結果がベルヌーイ分布です。20人分を数えれば二項分布になり、買う人数は6人前後になりやすく、ちょうど6人になる確率は約0.19です。同じくり返しで「何人目で初めて買う人が出るか」を見ると幾何分布になり、1人目で出る確率は0.3、2人目でやっと出る確率は0.7×0.3=0.21と、後になるほど小さくなります。
ポアソン分布と指数分布は、同じ出来事を別の側から見た組です。電話が1時間に2件くらいの割合で、ばらばらのタイミングでかかってくるとき、1時間の件数はポアソン分布に、電話と電話のあいだの時間は指数分布に従うとみなせます。この組は、レジの行列や窓口の待ち時間を計算するときの前提にも使われます。
正規分布は、多くの小さな原因が重なってできるばらつきによく現れます。食パンの重さは、生地の分け方、発酵の進み具合、窯の中の位置といった小さな違いが積み重なって決まるので、狙った重さを中心に左右対称に散らばります。二項分布も、くり返す回数を大きくしていくと、形が正規分布に近づきます。
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分布の形が分かっても、何個焼くかを決めるには、実際にいろいろな日を試してみたくなります。とはいえ、本当に100日間並べて確かめるわけにもいきません。そこで、コンピュータの上で仮の100日を作ります。使うのは、決められた範囲の中のどの値も同じ確からしさで出る乱数で、これを一様乱数といいます。0以上1未満の一様乱数を来店客1人ごとに引き、0.3未満なら「買う」と決めれば、1人が買う確率0.3を再現できます。これを1日の来店人数ぶん、さらに100日ぶんくり返せば、売れ数がどう散らばるかを実際に並べたように確かめられます。このように乱数で何度も試して答えを見積もる方法は、モンテカルロ法と呼ばれます。
2-3代表値とばらつき
はちみつバターロールを1週間並べた売れ数は、月曜から順に14、20、18、22、26、18、50個でした。50個の日曜は、商店街の夏祭りの日です。店長は電卓をたたいて言いました。「1日平均24個か。じゃあ毎日24個焼こう」。ミナトは表を見直します。24個以上売れたのは、7日のうち2日だけでした。
たくさんの数をひと目で見るには、まず整理します。売れ数を「10〜19個」「20〜29個」のような区切りに分け、それぞれに入った日数を数えた表を度数分布表、それを棒グラフにしたものをヒストグラムといいます。1週間分の売れ数なら、10個台が3日、20個台が3日、50個台が1日で、右の端に1本だけ離れた棒が立ちます。
次に、データ全体を1つの数で表します。この数を代表値といい、よく使うものが三つあります。値をすべて足して個数で割ったものが平均値(平均)です。1週間の合計168個を7日で割って24個になります。値を小さい順に並べてちょうど真ん中にくる値が中央値(メジアン)で、7日分なら4番目の20個です。データの個数が偶数のときは、真ん中の2つの平均値をとります。最も多く現れる値が最頻値(モード)で、2回現れた18個です。
同じ1週間から、24個、20個、18個と三つの答えが出ました。店長の24個が実際の売れ方より多めに出たのは、祭りの日の50個が合計を押し上げたからです。平均値は飛び離れた値(外れ値)に引っぱられやすく、中央値と最頻値はほとんど動きません。祭りの日を除いた6日で考えると、平均値は約19.7個、中央値は19個、最頻値は18個で、三つが近い所に集まります。
代表値が同じでも、散らばり方は違うことがあります。月曜から金曜までの平日5日の売れ数(小さい順に14、18、20、22、26)は、平均値が20個です。各値と平均値との差(偏差)は−6、−2、0、2、6で、そのまま足すと0になってしまうので、2乗して足します。36+4+0+4+36=80を5で割った16が分散です。分散の単位は「個の2乗」で扱いにくいので、平方根をとって元の単位に戻した4個を標準偏差といいます。売れ数はおおむね「20個から4個くらい上下する」と読めます。
標準偏差の求め方は、手元のデータをどう見るかで二通りあります。調べたい集団の全部がそろっていて、それ全体の散らばりを知りたいなら、上のように個数(5)で割ります。こうして求めたものが母標準偏差です。一方、5日分を「これからも続く売れ数」のごく一部と見て、そこから全体の散らばりを見積もるなら、個数より1少ない数(4)で割ります。80÷4=20の平方根で約4.47個となり、これを標本標準偏差といいます。一部だけから見積もると散らばりを小さめに見がちなので、1少ない数で割って補います。表計算ソフトでは関数が分かれていて、Excelなら母標準偏差がSTDEV.P(古い名前はSTDEVP)、標本標準偏差がSTDEV.S(古い名前はSTDEV)です。
平均値と標準偏差がそろうと、1つの値が集団の中でどのあたりにあるかを測れます。平均値が50、標準偏差が10になるように換算した値が偏差値で、50+10×(値−平均値)÷標準偏差で求めます。平日5日の中で26個売れた日は、50+10×6÷4=65です。テストの偏差値と同じ計算で、「平均値より標準偏差の1.5倍だけ多かった日」という位置が分かります。
ここから基本情報!分布の形を表す数と図
散らばりの大きさのほかに、分布の形そのものを数で表すこともあります。1週間の売れ数のヒストグラムは、右側に祭りの日の棒が1本だけ長く伸びていました。分布が左右のどちらに偏り、どちらの裾が長いかを表す指標が歪度です。左右対称なら0になり、右の裾が長いと正、左の裾が長いと負の値になります。右に裾が長い分布では、たいてい平均値が中央値より大きくなり、1週間の売れ数(平均値24個、中央値20個)もその例です。
裾の重さ、つまり平均値から大きく離れた値の出やすさを表す指標が尖度です。正規分布を基準にして、それより裾が重い(極端な値が出やすい)か、軽いかを表します。山のとがり方を表すと説明されることもありますが、値を大きく左右するのは裾のほうです。正規分布の尖度を3とする定義と、そこから3を引いて0とする定義があるので、値を比べるときはどちらの定義かを確かめます。
分布の形を図で比べるには箱ひげ図が便利です。データを小さい順に4等分する位置で箱を描き、箱の中に中央値の線を引き、箱の外へ最小値と最大値までひげを伸ばします。1週間の売れ数なら、箱は18個から20個台の半ばまでの狭い範囲に収まり、上のひげだけが50個まで長く伸びます。商品ごとに箱ひげ図を並べると、どれが売れ数の読みにくい商品かがひと目で分かります。
基本情報の範囲ここまで
結局、店長は平日は20個を基本にし、平日5日の標準偏差4個を見込んで、売れ行きのよい日に備えて24個まで焼けるよう生地を用意することにしました。祭りの日は、例外として別に考えます。
2-4尺度
試食会のアンケート用紙を表計算ソフトに打ち込んだミナトは、「好きなパンの番号」の列で平均を出してみました。1が食パン、2がクロワッサン、3があんパンという番号です。答えは2.4でした。「クロワッサンとあんパンのあいだが好き、ってこと?」。打ち込んだ本人が首をかしげています。
数字の形をしたデータでも、どんな計算に意味があるかは、その数字が何を表しているかで決まります。データを、その性質から4つに分けたものを尺度といいます。下の表の上から下へ進むほど、意味のある計算が増えます。
| 尺度 | 意味があること | こむぎ堂の例 |
|---|---|---|
| 名義尺度 | 同じか違うか(区別) | 好きなパンの番号、お客さま番号 |
| 順序尺度 | 区別+大小・順番 | 「とてもおいしい」〜「おいしくない」の5段階、人気の順位 |
| 間隔尺度 | 区別+順番+差 | 発酵室の温度(℃)、西暦の年 |
| 比例尺度 | 区別+順番+差+比 | 売れ数、重さ、値段 |
名義尺度の数字は、名前の代わりに付けた札です。食パンに1、クロワッサンに2を付けたのは区別のためで、番号を付け替えても中身は変わりません。足したり平均したりしても意味がなく、ミナトの2.4はこれにあたります。使えるのは「何人が選んだか」を数えることと、最も多い番号(最頻値)を見ることです。
順序尺度になると、大小に意味が生まれます。5段階の「4」は「3」よりおいしいと感じたことを表します。ただし、「5と4の差」と「2と1の差」が同じ大きさだとは限りません。人気の1位と2位の差が僅差でも大差でも、順位は1つしか違わないのと同じです。
間隔尺度では、目盛りの間隔がそろっているので差に意味があります。発酵室が28℃から32℃に上がったら、4℃上がったと言えます。ただ、0℃は「温度が無い」状態ではなく、目盛りの便宜上の0なので、「30℃は15℃の2倍暖かい」とは言えません。比例尺度は、0が「何も無い」ことを表す尺度です。売れ数が10個から20個になれば2倍売れたと言え、比にも意味があります。
アンケートの5段階評価は順序尺度ですが、実際の集計では平均を出すこともよくあります。それは、段階の間隔がほぼ等しいとみなして間隔尺度のように扱っている、という前提の上での計算です。ミナトは番号の列の平均を消して、パンごとに選んだ人数を数える表に作り直しました。
2-5相関
7月、こむぎ堂は夏だけの「冷やしクリームパン」を出しました。ミナトが売れ数を日ごとに記録していると、暑い日ほどよく売れているように見えます。店長が言います。「それなら、アイスコーヒーをたくさん仕入れた日にも売れているから、アイスコーヒーと一緒に置けばもっと売れるんじゃない?」
二つの量のあいだに関係があるかを調べるには、まず、横軸に気温、縦軸に売れ数をとって、1日を1つの点として打ちます。この図を散布図といいます。点が右上がりに並べば、気温が高い日ほど売れ数も多いという傾向があり、片方が増えるともう片方も増える関係を正の相関といいます。散布図や数値を使って、二つの量の関係の強さと向きを調べることを相関分析といいます。
関係の強さを1つの数で表したものが相関係数です。−1から1までの値をとり、点が右上がりの直線にぴったり並ぶほど1に近く、直線的な傾向が見られないほど0に近くなります。7月の記録では、気温と冷やしクリームパンの売れ数の相関係数は0.8ほどで、強い正の相関でした。相関係数が測るのは、直線的な関係だけです。気温が上がるほど売れ、暑すぎる日にはかえって客足が落ちる、といった山なりの関係があっても、相関係数は小さく出ることがあります。
ここから基本情報!右下がりの関係
逆の向きの関係もあります。冬に出しているシチューパンは、気温が高い日ほど売れません。散布図の点は右下がりに並び、相関係数はマイナスの値になります。片方が増えるともう片方が減るこの関係を負の相関といいます。−1に近いほど、右下がりの直線にぴったり並んでいる、つまり関係が強いことを表します。相関係数が−0.8なら、0.3よりも強い関係です。符号は向き、0からの離れ具合は強さを表します。
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店長の案を確かめるために、アイスコーヒーの仕入れ数と冷やしクリームパンの売れ数で散布図を作ると、やはり右上がりに並びました。けれども、二つが一緒に動くからといって、アイスコーヒーを仕入れたからクリームパンが売れた、とは言えません。片方がもう片方の原因になっている関係を因果関係といい、相関があることと因果関係があることを区別する考え方を相関と因果といいます。
この例では、二つを結ぶものの正体は気温です。暑い日には、アイスコーヒーの仕入れも、冷やしクリームパンの売れ数も、どちらも増えます。直接の因果関係がない二つの量が、共通の原因(交絡因子)に引っぱられて、見かけの上で相関して見えることを擬似相関といいます。コーヒーの隣にパンを置いても、気温が上がらなければ売れ数はそれほど変わらないはずです。
2-6回帰分析と多変量解析
夕方の天気予報が、明日は30℃になると伝えていました。冷やしクリームパンは焼いてから冷やす時間がかかるので、数は前の晩に決めておかなければなりません。店長はミナトに聞きます。「暑い日ほど売れるのは分かったけど、30℃なら何個?」
相関が分かっても、「何個」という答えは出ません。答えを出すには、一方の値からもう一方の値を見積もる式を作ります。このとき、予測したい量(売れ数)を目的変数、予測の手がかりにする量(気温)を説明変数といいます。説明変数から目的変数を予測・説明する式を、データから求める方法が回帰分析です。
説明変数が気温1つだけの回帰分析を単回帰分析といいます。散布図の点の真ん中を通るように、点から直線までの縦のずれの2乗の合計が最も小さくなる直線を引きます。これを回帰直線といいます。7月の記録から求めた直線が「売れ数=2×気温−20」だったとすると、30℃の日は2×30−20=40個と予測できます。傾きの2は、「気温が1℃上がるごとに、売れ数がおよそ2個増える」という意味です。
売れ数を動かすのは気温だけではありません。土曜と日曜はお客さんが多く、同じ気温でも平日よりよく売れます。気温と「土日かどうか」のように、説明変数を2つ以上使って1つの目的変数を予測する方法を重回帰分析といいます。説明変数を増やせば、気温だけでは説明できなかった売れ数の違いの一部を説明できるようになります。
目的変数が数ではなく、「買う/買わない」のような2つのどちらかのときもあります。試食したお客さんが翌週また買いに来るかを、来店の回数や試食の点数から予測したいとしましょう。直線の式のままだと、予測が1を超えたりマイナスになったりして、確率として読めません。そこで、式の値を0から1のあいだに収まる曲線で変換し、「また来る確率」を予測する方法を使います。これがロジスティック回帰分析(ロジスティック回帰)です。確率が0.5を超えたら「来る」と分類するように、2つに分ける問題にも使われ、機械学習の手法としても扱われます。
ここから基本情報!たくさんの変数をまとめる
試食会のアンケートには、甘さ、香り、食感、見た目、大きさ、値段の手ごろさの6項目があり、それぞれ5段階で点を付けてもらっています。重回帰分析のように、多くの変数をまとめて扱う統計の手法を多変量解析といいます。6項目の点数は互いに相関しているので、6つを別々に眺めても全体の傾向がつかみにくくなります。
多くの変数を、情報をできるだけ失わないように少ない数の新しい軸にまとめる手法が主成分分析(PCA)です。データの散らばりがいちばん大きい向きに1本目の軸(第1主成分)をとり、それと直角な向きの中で次に散らばりの大きい向きに2本目の軸をとります。6項目が、たとえば「味の総合点」と「お得感」の2つの軸にまとまれば、お客さん一人ひとりを2つの数で表して平面に並べられます。変数の数を減らす(次元削減)ので、機械学習の前処理にも使われます。
見る向きを逆にした手法が因子分析です。甘さ・香り・食感の点がそろって高い人が多いのは、その裏に「味の好みに合うかどうか」という、直接は測れない共通の原因(因子)があるからだ、と考えます。観測した変数どうしの相関から、そうした因子がいくつあり、各項目にどれくらい影響しているかを見積もります。
基本情報の範囲ここまで
翌日、こむぎ堂は予報どおり30℃になり、冷やしクリームパンは40個用意して37個が売れました。回帰直線は「売れ数がちょうどこうなる」と保証するものではなく、記録から求めた傾向をもとに見込みを立てるための式です。外れた3個ぶんのずれは、気温だけでは説明できない、ほかの何かから来ています。
2-7推定と検定
はちみつバターロールのことを、ミナトはまだ決めかねていました。10人中7人は、でたらめでも6回に1回は起こる結果です。そこで次の土曜、初めて来たお客さんも含めて、試食を20人に頼みました。夕方、ミナトが札の数を数えると、「おいしい」は15人でした。
店長が本当に知りたいのは、試食した20人の答えではなく、こむぎ堂に来るお客さん全体のうち何割が「おいしい」と感じるかです。調べたい集団全体を母集団、そこから選んで実際に調べた一部を標本といいます。標本から母集団の性質を見積もることを推定といいます。
見積もり方は二つあります。20人中15人なので、母集団の割合も0.75(75%)だろう、と1つの値で示すのが点推定です。分かりやすい反面、どれくらい外れうるかが分かりません。そこで、「本当の割合はおよそこの範囲にある」と幅をもたせて示すのが区間推定です。よく使われる近似の式で95%の信頼区間を求めると、およそ56%から94%になります。この95%は、同じやり方で標本をとって区間を何度も作ると、そのうち約95%の区間が本当の割合を含む、という意味です。20人では幅がかなり広く、人数を増やすほど区間は狭くなります。
ここから基本情報!もっともらしさで選ぶ推定
点推定の0.75には、別の考え方から同じ答えにたどり着く道があります。「おいしいと答える本当の割合がpだとしたら、20人中15人という結果が出る確率はいくつか」を計算し、それをpの関数とみたものを尤度といいます。手元の結果がどれくらい起こりやすいか、という「もっともらしさ」の値です。
| 本当の割合p | 0.5 | 0.6 | 0.7 | 0.75 | 0.8 | 0.9 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 20人中15人が出る確率 | 0.015 | 0.075 | 0.179 | 0.202 | 0.175 | 0.032 |
表のとおり、尤度はp=0.75のときに最も大きくなります。このように、尤度が最大になるパラメータの値を推定値として選ぶ方法を最尤推定といいます。割合の推定では、最尤推定の答えは標本の割合(15÷20)と一致します。尤度は、pを決めたときの確率としては計算しますが、pの確率ではない点に気をつけます。pを0から1まで動かして尤度を足し合わせても、1にはなりません。
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推定で幅が分かっても、ミナトの最初の問い「たまたまではないのか」には、まだ答えていません。この問いに答える手順が仮説検定です。仮説検定では、確かめたいことの逆をまず仮定します。「お客さんが『おいしい』と答える確率は1/2で、好みが半々に分かれる普通のパンだ」という仮説で、これを帰無仮説といいます。本当に主張したい「1/2より多くの人がおいしいと感じる」は対立仮説です。帰無仮説を「この結果のもとでは成り立ちにくい」として捨てる(棄却する)ことで、対立仮説を採ります。
判断の基準は、先に決めておきます。帰無仮説が正しいとしたらめったに起こらない、とみなす確率の線を有意水準といい、5%(0.05)がよく使われます。そのうえで、帰無仮説が正しいとしたときに、実際に出た結果か、それ以上に極端な結果が出る確率を計算します。これがp値(有意確率)です。今回は「多い側」だけを確かめたいので、「おいしい」がそれ以上に多くなる側だけを数えます。
日曜の試食会は、10人中7人以上になる確率なので、2-1で数えた約0.17がp値です。0.05より大きいので、帰無仮説は棄却できません。土曜の試食会では、20人中15人以上になる確率を同じように数えると約0.021です。0.05より小さいので帰無仮説を棄却し、「おいしいと答える人は半分より多い」と判断します。
同じことは、結果を見る前に線を引いておいても判断できます。20人なら、帰無仮説のもとで15人以上になる確率は約0.021、14人以上になる確率は約0.058です。0.05を下回るのは15人以上の側なので、「15人以上なら棄却する」と決められます。このように、結果がそこに入ったら帰無仮説を棄却する範囲を棄却域といいます。10人なら棄却域は9人以上で、日曜の7人は入っていませんでした。
検定の判断も、外れることがあります。本当は帰無仮説が正しいのに、たまたま極端な結果が出て棄却してしまう誤りを第1種の誤りといい、その確率は有意水準以下に抑えられています。反対に、本当は対立仮説が正しいのに、帰無仮説を棄却できない誤りを第2種の誤りといいます。対立仮説が正しいときに、正しく帰無仮説を棄却できる確率を検出力(検定力)といい、1から第2種の誤りの確率を引いた値です。
仮に、本当の割合が0.75だったとしましょう。20人に聞いて棄却域の15人以上に入る確率、つまり検出力は約0.62です。10人に聞いた場合は、棄却域の9人以上に入る確率は約0.24しかありません。日曜の試食会は、パンが本当においしくても4回に3回は「偶然と区別できない」と出る人数でした。検出力は、標本を大きくすると高くなります。
月曜の朝、ミナトは二つの試食会の数字を店長に見せました。10人では偶然と見分けられなかったこと、20人では偶然とは言いにくくなったこと、そして本当の割合は広く見て56%から94%のあいだらしいこと。店長はしばらく考えてから、「来月から、はちみつバターロールを毎日並べよう」と決めました。焼く数は、平日の売れ数の散らばりから決めた20個を基本にします。
日曜の夜にミナトが抱いた「10人中7人って、信じていい数字なのかな」という問いには、二段の答えがありました。7人という結果そのものは、偶然でも6回に1回は起こるので、それだけでは判断できない。けれども、それはパンがおいしくないからではなく、10人では違いを見分ける力が足りなかったからです。人数を増やして同じ手順で確かめ直したことで、店長の勘は数字で裏づけられました。
残っている問いもあります。試食で「おいしい」と答えた15人のうち、何人が毎週買いに来てくれるかは、この検定からは分かりません。ミナトは、来月の売れ数を記録する表を、もう作りはじめています。