1-1知的財産権の全体像
10月の火曜の朝、店長が新作のパンを焼き上げました。細長く巻いた生地を三日月の形に曲げた、バターの香るパンです。名前は「三日月こむぎ」に決まり、袋に印刷するロゴはミナトが作ることになりました。ミナトは画像検索で見つけたかわいい月のイラストを、そのまま印刷用のデータに貼りつけます。そこへ常連のお客さんが「隣町のパン屋にも、似た名前のパンがあったよ」と教えてくれました。店長は、生地を三日月に巻くために自分で工夫して作った型を手に取ります。「この型も、まねされたら困るんだよね」。袋の印刷の締め切りは金曜です。ミナトは相棒に打ち込みました。「名前と、絵と、型。それぞれ、誰のものってことになるの?」
相棒の返事は、三つを分けることから始まりました。名前と絵と型は、どれも形のある「もの」としては袋や紙や木の型にすぎません。値打ちがあるのは、その中身の工夫や表現や目印のほうです。人の知的な活動から生まれ、財産としての値打ちを持つこうしたものを知的財産と呼び、それを持ち主が独り占めして使えるように法律が与える権利を、まとめて知的財産権と呼びます。
知的財産権は、権利が生まれるしくみで大きく二つに分かれます。一つは、絵や文章や音楽のような作品を守る著作権です。作品を作った時点で自動的に生まれ、どこにも届け出る必要がありません。もう一つは、特許庁に出願し、登録されることで生まれる権利で、産業財産権と呼びます。以前は工業所有権と呼ばれていて、指しているものは同じです。
産業財産権は、特許・実用新案・意匠・商標の四つの権利の総称です。こむぎ堂の三つの悩みを当てはめると、店長の型の工夫は特許か実用新案、袋の形のようなデザインは意匠、「三日月こむぎ」という名前は商標の話になります。ネットで拾った月のイラストは、誰かが描いた作品なので著作権の話です。四つの産業財産権は、出願して登録されるまで守られない点で共通し、その点で著作権と分かれます。
ここから基本情報!知的財産を支える国の仕組み
知的財産をつくり、守り、使うことを国として進めるための基本の方針を定めた法律が知的財産基本法です。2002年(平成14年)に作られました。この法律は、知的財産を「発明、考案、意匠、著作物、商標、営業秘密など」と幅広く定め、国・大学・事業者の役割を決めています。
同じ法律にもとづいて内閣に置かれているのが知的財産戦略本部です。知的財産に関する国の推進計画を作り、その実行を進めます。法律が方針を決め、本部が計画を立てて動かす、という分担です。
特許法・実用新案法・意匠法・商標法の四つの法律は、まとめて産業財産権法と呼ばれます。どの法律も、創作やブランドを守ることで産業の発達につなげることを目的に掲げています。
四つのほかにも、登録して生まれる権利があります。半導体チップの中の回路素子と配線の配置(レイアウト)を守る回路配置利用権で、根拠は「半導体集積回路の回路配置に関する法律」です。経済産業大臣に申請して設定登録を受けると生まれ、存続期間は設定登録の日から10年です。
大学の研究から生まれた発明などを、特許として企業に使ってもらう仕組みを後押しする法律もあります。正式名を「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」といい、仲立ちをする技術移転機関(TLO)の名を取ってTLO法と呼ばれます。1998年(平成10年)に作られました。
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1-2著作権と著作物
ミナトは、月のイラストを見つけたページをもう一度開いてみました。作者の名前も、©の記号も、どこにも書いてありません。「何も書いてないなら、自由に使っていいってことだよね」。相棒は短く聞き返しました。「その絵、誰かが描いたものだよね」
作品を守るための法律が著作権法です。著作権法は、守る対象の作品を著作物と呼び、「思想や感情を創作的に表現したもので、文芸・学術・美術・音楽の範囲に属するもの」と定めています。絵、写真、文章、音楽、映画、そしてコンピュータのプログラムも著作物です。反対に、ただの事実やデータ、アイデアそのものは著作物になりません。パンの作り方の手順そのものは一般に著作権では守られず、その手順を自分の言葉で書いた文章や、焼き上がりを撮った写真が著作物になります。
著作物を作った人(著作者)が持つ権利が著作権です。著作権は、作品が作られた時点で自動的に生まれます。申請も登録も、©の表示もいりません。このしくみを無方式主義と呼び、日本はこの考え方をとっています。ネットのイラストに名前が書いていなくても、描いた人の著作権はすでにあります。著作権は原則として著作者が亡くなった後70年まで続きます。
音楽や映像、イラスト、電子書籍のように、作品を電子データにしたものをディジタルコンテンツと呼びます。紙の絵を写すと線がぶれますが、データは何度コピーしても元とまったく同じものができ、ネットを通じて一瞬で大勢に配れます。作り手にとっては作品が広まりやすい反面、無断のコピーも同じ速さで広まるので、権利をどう守るかが課題になります。
ここから基本情報!プログラムの著作物と、作品から作った作品
プログラムが著作物として守られるのは、人が読み書きするソースプログラムだけではありません。ソースプログラムをコンパイラで翻訳した、コンピュータが実行できる機械語のオブジェクトプログラムも、同じプログラムの著作物として守られます。一方で、プログラムを書くのに使うプログラム言語や、その使い方の約束(規約)、処理の手順の考え方(解法、つまりアルゴリズム)は、著作権法の保護の対象外と定められています。データベースも、情報の選び方や組み立て方に創作性があれば著作物になります。
月のイラストをなぞって線を変え、パンの形に作り替えてロゴにしたらどうでしょう。元の著作物を翻訳・編曲・変形・翻案(筋や表現の本質を残して作り替えること)して新しく作った著作物を二次的著作物と呼びます。二次的著作物を作るには、元の作品の著作者の許諾が要ります。さらに、出来上がった二次的著作物を使うときにも、元の作品の著作者が二次的著作物の作者と同じ種類の権利を持ちます。作り替えたからといって、元の作者の手を離れるわけではありません。
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権利を持つ人の許諾を得ないで、著作物をコピーしたり、ネットに載せたり、作り替えたりすることを著作権侵害といいます。侵害された権利者は、使うのをやめるよう求めること(差止め)や、損害の賠償を求めることができ、悪質な場合は刑事罰の対象にもなります。月のイラストを無断で袋に印刷して売れば、店の名前の入った袋が侵害の証拠として町中に配られることになります。
作品を世の中に届ける人にも権利があります。歌手や演奏家、レコード会社、放送局などは、作品そのものの著作者ではありませんが、著作権とは別に著作隣接権という権利を持ちます。歌手の歌声を無断で録音して配れば、作詞・作曲家の著作権だけでなく、歌手の権利も侵害します。
反対に、誰でも自由に使ってよい作品もあります。保護期間が過ぎた昔の名画のように、著作権などの知的財産権が存在しない、または消滅した状態をパブリックドメインと呼びます。パブリックドメインの作品は、許諾なしにコピーしたり、作り替えたり、配ったりできます。
1-3著作者人格権と著作財産権
ミナトはイラストの作者を探し当て、作者のページに利用の条件を見つけました。「お店での利用は1点3,000円で可。作者名を表示すること。絵を作り替えることは不可」。店長は首をかしげます。「お金を払うのに、形を変えちゃいけないの? 買い取るのとは違うのかな」
店長の疑問の答えは、著作権の中身にあります。著作権は一つの権利ではなく、いくつもの権利の集まりです。その集まりは大きく二つに分かれます。一つは作者の気持ちや名誉を守る権利で、作者本人だけのものとして、ほかの人に売ったり譲ったりできません。もう一つは作品から生まれるお金の面の値打ちを守る権利で、こちらは売ったり、使ってよいと許したりできます。
作者のページの条件を並べると、二つのどちらに当たるかが見えてきます。1点3,000円で使わせるのは、お金の面の権利を許諾する話です。名前を出してほしい、作り替えないでほしいという条件は、作者の気持ちや名誉を守る側の話で、お金を払っても消えません。
ここから基本情報!著作権の中身の名前
作者の気持ちや名誉を守る側の権利を著作者人格権といいます。著作権法は「著作者の一身に専属し、譲渡することができない」と定めています。中身は三つです。
まだ世に出していない作品を、公表するかどうか、いつどんな方法で公表するかを決められるのが公表権です。作品を公表するときに作者名を出すかどうか、出すなら本名かペンネームかを決められるのが氏名表示権です。作品の内容や題名を、作者の意に反して変えられたり切り取られたりしないのが同一性保持権です。月のイラストの作者が付けた「作者名を表示すること」は氏名表示権、「作り替えは不可」は同一性保持権にもとづく条件です。
お金の面の値打ちを守る側の権利は、著作財産権(狭い意味での著作権)と呼ばれ、作品の使い方ごとに分かれた権利の集まりです。こちらは譲ったり、使用を許諾したりできます。
いちばん基本になるのが、印刷・コピー・録音・録画などで作品を写し取ることを許したり禁じたりできる複製権です。袋にイラストを印刷することは複製に当たります。インターネットでの配信や放送のように、作品を公衆に向けて送ることについての権利が公衆送信権です。
公衆送信権には、作品をサーバにアップロードするなどして、誰かが求めればいつでも送られる状態にする送信可能化も含まれます。店のWebサイトにイラストを載せた時点で、まだ誰も見ていなくても、送信可能化に当たります。「アクセスがなかったから問題ない」とはなりません。
作品の現物やコピーを人に渡すことについても権利があり、作品の種類で名前が分かれます。映画の著作物のコピーを公衆に売ったり貸したりすることについての権利が頒布権です。映画以外の著作物の原作品やコピーを公衆に売り渡すことについての権利が譲渡権で、一度権利者の許しを得て売られたものを、買った人がさらに売ることまでは止められません。映画以外の著作物のコピーを公衆に貸すことについての権利が貸与権で、レンタルのCDや本はこの権利者の許諾を得て貸し出されています。
会社やお店の仕事として従業員が作った作品は、誰が著作者になるのでしょうか。会社などの発意で、その仕事をしている人が職務として作り、会社などの名義で公表するものは、作ったときの契約や勤務の規則に別の定めがなければ、会社などが著作者になります。これを職務著作(法人著作)と呼びます。プログラムの場合は、会社の名義で公表しなくても会社が著作者になります。
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お金の面の権利は買い取ることもできますが、作者の気持ちを守る側の権利はどこまでも作者に残ります。店長の「買い取るのとは違うのか」には、そう答えることになります。イラストを買い取っても、作者の意に反して形を変えれば、問題になりえます。ミナトは、月の絵を作り替えずに使うか、ロゴは自分たちで描くかを考え始めました。
1-4許諾なしに使える場合
水曜の昼、近所の高校の先生から電話がありました。こむぎ堂の新作のチラシを、家庭科の授業で配って、オンラインの授業でも画面に映したいそうです。同じ日、店長はパン作りの名著の一節を店のSNSに載せて、感想を添えたいと言い出しました。ミナトは考え込みます。「毎回、作った人に許可を取らないといけないのかな」
著作物を使うたびに必ず許諾を得なければならないとしたら、授業も研究も報道も回りません。そこで著作権法は、決められた目的と条件を満たせば、権利者の許諾を得ずに著作物を使える場合を、一つずつ定めています。これを権利の制限と呼びます。どれも「この目的なら、この範囲まで」と線が引かれていて、何をしてもよいという意味ではありません。
先生の頼みは、その代表例に当たります。営利を目的としない学校などの教育機関では、授業を担当する先生と授業を受ける生徒が、授業に必要な範囲で、公表された著作物をコピーしたり、ネットで送ったりできます。オンラインの授業や遠隔授業で教材を送るのも、この中に入ります。ただし、ネットで送る場合は、原則として学校を設置する者が権利者に補償金を払うことになっています。また、生徒が1冊ずつ買うはずの問題集をまるごとコピーして配るような、権利者の利益を不当に害する使い方は認められません。
ここから基本情報!許諾なしに使える主な場合
店長が名著の一節をSNSに載せたいなら、引用の決まりに従うことになります。公表された著作物は、公正な慣行に合い、報道・批評・研究などの目的の上で正当な範囲であれば、引用して使えます(著作権法第32条)。一般には、自分の文章が主で引用部分が従であること、引用部分がかぎかっこなどではっきり区別されていること、出所(書名や著者名)を示すことが求められます。感想が一言だけで、本の文章が大半を占める投稿は、引用とはいえません。
個人的に、または家庭内のような限られた範囲で使うための私的使用なら、使う本人が著作物をコピーできます(第30条)。ただし、例外の例外があります。コピーガードを外して行うコピーと、違法にアップロードされたものだと知りながら行うダウンロードは、私的使用のためでも原則として認められません(音楽・動画以外では、ごく一部だけの軽微なものなどが除かれます)。
国立国会図書館や、政令で定める図書館などは、営利を目的としない事業として、利用者の調査研究のために、公表された著作物の一部分をコピーして一人に一部ずつ渡すことができます(第31条)。資料を保存するためのコピーも認められています。
入学試験や検定の試験問題として、公表された著作物をコピーしたりネットで送ったりすることも、必要な範囲で許諾なしにできます(第36条)。前もって作者に許諾を求めると問題が漏れるおそれがあるため、と説明されます。営利を目的として行う場合は、通常の使用料にあたる補償金を権利者に払います。
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権利の制限には、反対向きの決まりもあります。自分で楽しむだけのつもりでも、違法にアップロードされた音楽・動画・漫画などを、そうと知りながらダウンロードすることは、原則として違法です。アップロードした人だけでなく、受け取る側にも責任が生まれる場面です。
生成AIの広がりで、新しい場面も増えました。ミナトがロゴの案を画像生成AIに出してもらったとします。AIが学習のために大量の作品を読み込むことと、AIが生成した絵を袋に使うことは、別々に考えます。生成された絵が既存の作品とよく似ていて、その作品をもとにしたと認められれば、人が描いた場合と同じく著作権侵害になりえます。AIの生成物に著作権が生まれるかどうかは、人がどれだけ創作に関わったかによるとされています。
ここから基本情報!AIの学習と著作権
著作権法第30条の4は、著作物に表現された思想や感情を、自分で味わったり人に味わわせたりすることを目的としない使い方なら、必要な範囲で、方法を問わず著作物を利用できると定めています。作品を鑑賞するのではなく、データとして処理するための使い方で、非享受利用と呼ばれます。
その代表が情報解析で、法律では「多数の著作物その他の大量の情報から、その情報を構成する言語、音、影像などの要素に関する情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うこと」と定義されています。AIの学習のために大量の文章や画像を読み込ませることは、この条文で説明されることが多い使い方です。
ただし、この条文にもただし書きがあります。著作物の種類や用途、使い方からみて、著作権者の利益を不当に害する場合は認められません。文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」(2024年)は、情報解析に使いやすい形に整理して売られているデータベースを、買わずに複製して学習に使う場合を、その例に挙げています。また、作品を味わう目的が少しでも含まれていれば、そもそもこの条文は使えません。特定の作者の作品だけを集めて追加で学習させ、その作品の表現そのものを出力させようとする使い方は、この味わう目的も併せ持つと考えられています。画風が似ているだけなら、画風はアイデアにとどまるので、それだけでは侵害になりません。
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1-5特許と実用新案
木曜の朝、店長の型の話を聞いた町工場の社長が、店に寄りました。のし棒に溝を付けた木の型で、生地を転がすだけで三日月に巻ける形が一度で付きます。社長はしばらく型を回して眺めてから言いました。「これ、特許になるかもしれないよ。まだ誰にも見せていないならね」
新しい技術の工夫を守る法律が特許法です。特許法は、発明を守ると同時に公開させて世の中で使えるようにし、産業の発達に役立てることを目的にしています。発明した人が特許庁に出願し、審査で認められて登録されると、特許権が生まれます。特許権を持つ人は、その発明を仕事として使うこと(作る・使う・売るなど)を独り占めでき、ほかの人が使うには許諾が要ります。存続期間は、原則として出願の日から20年です。
審査では、主に三つのことが確かめられます。産業に利用できること、出願より前に世の中で知られていないこと(新規性)、その分野の専門家が簡単には思いつけないこと(進歩性)です。社長が「まだ誰にも見せていないなら」と念を押したのは、新規性のためです。出願の前に商店街のイベントで型を実演して広く知られてしまえば、新しい発明とは認められにくくなります(決められた期間内に手続きをすれば、例外として扱われる場合もあります)。
ここから基本情報!特許になる「発明」とは
特許法は、守る対象の発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定めています。自然法則を利用していないもの、たとえば計算の公式そのもの、ゲームのルール、人の取り決めだけで成り立つ商売の方法は、発明に当たりません。溝の形と生地の弾力を利用して形を付ける店長の型は、自然法則を利用した工夫です。
ソフトウェアも、条件を満たせば特許の対象になります。特許法は、プログラムを「物」の発明に含めると定めていて、ネットワークを通じてプログラムを配ることも発明の実施に当たります。こうしたソフトウェアに関する技術的な発明に認められる特許をソフトウェア特許と呼びます。プログラムは、文章としての表現は著作権で、処理のしかけとしてのアイデアは特許で、と二つの法律で守られることがあります。
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商売のやり方そのものは、特許になりません。「予約の多い日は前の晩に生地を仕込む」といった段取りは、人の工夫ではあっても、技術ではないからです。ところが、その商売の方法をコンピュータやネットワークを使って実現する仕組みなら、特許が認められることがあります。こうした特許をビジネスモデル特許(ビジネス方法の特許)と呼びます。たとえば「キャンセルが出たら、待っている客に順番に自動で知らせて、先に応じた人の予約を確定する」仕組みを、サーバの処理として具体的に組み立てたものは、その対象になりえます。
特許ほど高度でなくてもよい、もっと身近な工夫を守る法律もあります。物の形や構造、組み合わせの工夫を守るのが実用新案法です。実用新案は、特許のような中身の審査を経ずに登録されるので、早く権利を得られます。その代わり、存続期間は出願の日から10年と短くなっています。店長の型のように、物の形そのものに工夫がある場合は、実用新案も候補になります。
ここから基本情報!発明と考案の違い
実用新案法が守る対象を考案といい、「自然法則を利用した技術的思想の創作」と定められています。特許法の発明の定義から「高度のもの」を除いた形で、高度さは求められません。また、守られるのは物品の形状・構造・組み合わせに関する考案だけで、製造方法のような「方法」の工夫は対象外です。
考案が登録されると実用新案権が生まれます。ただし、中身の審査をしていないので、権利が本当に有効かは登録の時点では確かめられていません。そこで、まねをした相手に権利を行使する前に、特許庁が作る実用新案技術評価書を示して警告しなければならないと定められています。
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1-6意匠と商標
金曜の朝、印刷の締め切りの日です。袋は、知り合いのデザイナーが考えた半月の形の紙袋に決まりました。名前のほうは、ミナトが特許庁の検索サービス(特許情報プラットフォーム、J-PlatPat)で調べました。隣町の店のパンは「みかづきロール」で、名前を商標として登録してもいませんでした。「三日月こむぎ」という登録も見当たりません。
製品の見た目のデザインを守る法律が意匠法です。物の形や模様や色、またそれらを組み合わせたもので、見て美しさを感じさせるデザインが対象になります。いまの意匠法は、物だけでなく、建物の形や内装、機器の操作画面などの画像のデザインも守ります。特許庁に出願して登録されると守られ、存続期間は出願の日から25年です。半月形の紙袋が新しい形なら、意匠として登録できる可能性があります。
商品やサービスの目印を守る法律が商標法です。文字・図形・記号・立体的な形・色、またそれらの組み合わせや音などで、自分の商品やサービスを、ほかの店のものと見分けてもらうための目印が対象です。目印に積み重なったお客さんの信用を守ることが、この法律の目的です。商標権の存続期間は登録の日から10年ですが、更新の申請をすれば何度でも延ばせます。目印として使い続けるかぎり、信用も続くからです。
目印は、付ける相手で呼び名が分かれます。パンのような商品に付ける目印がトレードマークで、「三日月こむぎ」の袋のロゴはこれに当たります。配達や予約のような役務(サービス)を提供するときに使う目印はサービスマークと呼ばれます。こむぎ堂が「こむぎ堂の朝パン便」という配達サービスを始めて、その名前を看板や画面に出すなら、それはサービスマークです。商標法は、どちらも商標として守ります。
ここから基本情報!意匠と商標の定義
意匠法は、守る対象の意匠を「物品の形状・模様・色彩またはこれらの結合、建築物の形状等、または画像であって、視覚を通じて美感を起こさせるもの」と定めています。意匠登録によって生まれるのが意匠権で、登録した意匠と、それに似た意匠を仕事として使うことを独り占めできます。そっくりの袋だけでなく、似た形の袋もまねできなくなります。
商標法は、商標を「文字、図形、記号、立体的形状、色彩、それらの結合、音などの標章で、仕事として商品や役務について使うもの」と定めています。商標登録によって生まれる商標権は、出願のときに指定した商品や役務の範囲で、その商標を独り占めして使える権利です。「三日月こむぎ」を「パン」について登録すれば、ほかの店はパンに同じ名前や似た名前を付けて売れなくなります。
どんな言葉でも登録できるわけではありません。「食パン」のように、その商品のふつうの名前をふつうに書いただけのものや、産地・品質・原材料を表すだけのものは、目印として役に立たないので登録できません。また、同じ商標を別々の人が出願したときは、先に出願したほうが優先されます。
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ここまでの権利を並べると、守るもの、権利が生まれる時、続く期間がそれぞれ違います。
| 法律 | 守るもの | 権利が生まれる時 | 存続期間 |
|---|---|---|---|
| 著作権法 | 作品(絵・文章・音楽・プログラムなど) | 作品を作った時(届け出は要らない) | 原則として著作者の死後70年まで |
| 特許法 | 高度な技術の工夫(発明) | 審査を経て登録された時 | 出願の日から20年 |
| 実用新案法 | 物の形・構造・組み合わせの工夫 | 登録された時(中身の審査なし) | 出願の日から10年 |
| 意匠法 | 見た目のデザイン | 審査を経て登録された時 | 出願の日から25年 |
| 商標法 | 商品やサービスの目印 | 審査を経て登録された時 | 登録の日から10年(更新できる) |
1-7不正競争防止法とその他の権利
金曜の閉店後、店長は厨房の棚から一冊のノートを下ろしました。三日月こむぎの生地の配合と、焼く温度と時間が書いてあります。棚は誰でも手の届く場所で、先月やめた見習いの職人も、よくこのノートを開いていました。その職人は、いま隣町の店で働いています。
配合のノートは、著作物でも、登録した発明でもありません。それでも、このノートが他の店に持ち出されて使われたら、こむぎ堂は困ります。著作権法や産業財産権法では守りきれないこうした情報や、商売の公正な競争を損なう行為を取り締まるのが不正競争防止法です。
不正競争防止法が守る代表が営業秘密(営業機密)です。秘密として管理されている、製造の方法や販売の方法などの、事業に役立つ技術上または営業上の情報で、世の中に知られていないものを指します。条件は三つで、秘密として管理されていること、事業に役立つこと、世の中に知られていないことです。営業秘密を盗み出したり、だまし取ったり、不正に手に入れたものと知って使ったりする行為は、差止めや損害賠償の対象になり、重い場合は刑事罰も科されます。
店長のノートは、事業に役立ち、世の中にも知られていません。ただ、誰でも手に取れる棚に置いてあるだけでは、秘密として管理されているとは言いにくいでしょう。三つの条件の一つが欠ければ、持ち出されても営業秘密としては守られないおそれがあります。
ここから基本情報!秘密として管理するということ
営業秘密の三つの条件は、それぞれ秘密管理性・有用性・非公知性と呼ばれます。中でも、店の側の行動で決まるのが秘密管理性です。会社がその情報を秘密にしたいという意思を、従業員が分かる形で示していることが求められます。ノートに「社外秘」と書く、鍵のかかる引き出しにしまう、データならアクセスできる人をパスワードで限る、といった手当てがその例です。
どこまで管理すれば営業秘密として認められるのかを、経済産業省が示したものが営業秘密管理指針です。法律の条文だけでは判断しにくい「秘密として管理されている」の中身を、具体的な考え方として説明しています。
基本情報の範囲ここまで
秘密にはせず、決まった相手にだけ提供するデータを守るしくみもあります。2018年(平成30年)の不正競争防止法の改正で守られることになった限定提供データです。仕事として特定の相手に提供するために、電子的な方法で相当な量をためて管理している技術上または営業上の情報(営業秘密に当たるものを除く)を指します。たとえば製粉所が、契約したパン屋だけに配っている小麦の産地ごとの品質データが、これに当たりえます。契約した相手には渡しているので秘密とは言えませんが、それを不正に手に入れて使う行為は、不正競争になります。
ここから基本情報!不正競争になるそのほかの行為
不正競争防止法は、ほかにも公正でない競争のやり方を挙げています。その一つがドメイン名の不正取得です。不正な利益を得る目的や、相手に損害を与える目的で、他人の商品や店の名前・商標と同じか似たドメイン名を取得したり、持ち続けたり、使ったりする行為を指します。こむぎ堂の名前に似たドメイン名を先に取って、高く買い取らせようとするのが典型です。
映像や音楽、ソフトウェアには、無断の視聴やコピーを防ぐしかけ(技術的制限手段)が付いていることがあります。このしかけを無効にするコピープロテクト外しは、二つの法律にまたがって規制されています。不正競争防止法は、しかけを外すための装置やプログラムを売ったり配ったりする行為を不正競争としています。著作権法では、しかけを外して行うコピーは私的使用のためでも認められず、外すための装置やプログラムを公衆に売ったり配信したりする行為には刑事罰があります。
基本情報の範囲ここまで
法律の条文には書かれていなくても、裁判所の判決(判例)の積み重ねで認められてきた権利もあります。承諾なしに自分の顔や姿を撮影されたり、その写真を公表されたりしないよう求める権利が肖像権です。店のSNSに店内の写真を載せるとき、お客さんの顔がはっきり写っているなら、載せる前に断りを入れるのが筋です。
有名人の名前や姿には、それだけで人を引きつけ、商品を売る力があります。その経済的な値打ちを本人が独り占めして使える権利がパブリシティ権で、こちらも判例で認められてきました。人気の俳優の写真を無断で「三日月こむぎ」の広告に使えば、肖像権だけでなく、パブリシティ権の侵害にもなりえます。
次の週の月曜、「三日月こむぎ」の袋の印刷が届きました。ロゴは、ミナトが焼き上がったパンを見ながら自分で描き直した月です。名前は「パン」を指定して商標登録を出願し、半月形の袋は意匠として出願するかをデザイナーと相談しています。店長の型は、町工場の社長に紹介された弁理士に見てもらうことにしました。配合のノートには「社外秘」と書き、鍵のかかる引き出しに移しました。
火曜の朝に並んでいた三つの悩みは、それぞれ別の法律の話でした。名前は商標で、登録して初めて守られます。拾ってきた絵には、作者名も©もなくても著作権がありました。型の工夫は特許や実用新案で、出願の前に人に見せないことが大切でした。そして、どの登録にも当てはまらない配合のノートは、秘密として管理して初めて営業秘密として守られます。
ただ、ミナトにはまだ気になることがあります。配合はノートだけでなく、店のパソコンの共有フォルダにも表計算のファイルで残っていました。「引き出しには鍵をかけたけど、パソコンのほうは、誰かが勝手に入ってきてファイルを開いたら、どうなるんだろう」。相棒は、それを取り締まる法律が別にあることを教えてくれました。